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私の読む「源氏物語」ー39ー野分

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「三条の宮のお祖母様を見舞っておりましたところ、風がとても強くなりましたよと言う、宮の人達が叫んでいるので、六条院が危ないと思い今此方に参ったところです。三条宮ではお祖母様がとても気が弱くなられて、年と反対に若い子供のように怖がっておいでです。心配ですのでまた三条宮に戻らせていただきます」
 と源氏に言う、
「なるほどお前の言うとおりである。年を取って、もう一度若くなる事は、世間の常識ではあるはずがないことであるけれども、お前の言うとおり「若き子のやうに怖ぢ給ふ」なる程、年を取ればそのようになるのであろう」 
 など源氏は、大宮を気の毒に思い、さらに夕霧に、「このように暴風の様子でござりまするけれども、私は「この夕霧が、大宮様の御側にいるから安心である」と考え、万事をこのタ霧に任せまして私は失礼さしていただきます」
 と夕霧に伝言を託した。
途中、暴風はまだおさまらず風が逆巻き雨も烈しく横殴りに降り続ける中を、夕霧は何とかして無事に三条宮に帰れた。夕霧は、何事も礼儀正しく几帳面にする男であるので、常日頃三条宮の祖母の所と父の住む六条院を往復して祖母の大宮と六条に住む父親の源氏と二人に会わない日がない。宮中が物忌の日には宮中から退出することが許されないのが決まりである。その日は殿上人はじめ宮中に勤めている者はすべて泊まり込むのである。そのような特別の日以外、夕霧は多忙な公事や節会などで、当然暇な時間が無いにもかかわらず、仕事の関係で出歩くことが多いときであっても、平素はまず第一にこの六条院に来て源氏に挨拶をした後、三条宮の祖母に会い、それから宮中へと向かうのであった。節会は祝儀などを行う日で元日・白馬・踏歌・端午・相撲・重陽・豊明などの集会で帝より宴を賜わる日なのである。そのような夕霧の毎日であるが、今日は物も取りあえず大急ぎに、彼はあちらこちらと、ゆっくりすこともなく歩き廻って安否を確かめているのは見上げたものであった。三条宮の祖母の大宮は夕霧の顔を見て、
「よう来てくれた、嬉しいよ、なんと夕霧は頼もしいこと」
 と彼が来るのを待ち受けていて、 
「こんな年寄りになるまで、私はこのような暴風にあったことがないよ」
 と大宮はわなわな顫える上に、顫えている。家の外では大木の枝などが折れる音もひどく響いて恐ろしいのである、だから大宮はよけいに男の夕霧を頼もしく思い、
「大木の枝は勿論御殿の屋根の瓦まで残りそうもないと思う程に、暴風がすっかり吹き飛ばしているなかを夕霧は、こうしてよくまあ無事に来られた事であるよ」
 と大宮は恐ろしがりながらも、一方では夕霧が来てくれたことを喜んで彼に告げるのである。
 かつては先の左大臣が元気であったとき、ご機嫌伺いの者が、この三条の宮にあたりも狭しと満ち満ちていた。その大宮の左大臣在世当時の権勢が衰微し参上する者もなく、夕霧を頼りにする今は、世の常とはいえ無情なことである。世間一般からの大宮の信望が無くなっていくというようなことはないけれども、息子である内大臣の母大宮への態度は、世間の信望に較べて少しよそよそしいのであった。
 夕霧中将は夜通し続く荒々しい風の音に、六条で壊れた妻戸の間からかいま見たあの美しく清楚な紫のことが気にかかり何となくもの悲しい気分であった。だから常に頭にある恋しい雲井雁のことは今はさておき、昼かいま見た紫の姿が忘れることが出来ない夕霧は、
「このように紫上の事が忘れられないのは、何とした気持なのであろうか。こんな気持を持つことは、あってはならない飛んでもない料簡である。そのうえ紫上に手を出すような邪心も、どうも心にある。そんな事は、大変恐ろしい事である」
 と自分自身で紫上の事から無理に外の事に思いを紛らわし、別な事に考えを変えるのであるが、それでもやっぱり、その別の考えの中にひょっと紫上の事が思われてくる。夕霧は、紫上は過去にも未来にも有り得ない綺麗なかたであるなあ。とうつろな目で思っていた。紫上も父源氏もこのように美しい人同士の御夫婦であるのに、どうしてそんなに美人でもない花散里が、紫同様な源氏の寵愛を受けて、紫上と肩を並べていなさるのであろうか。紫上と花散里とは、容姿から始めすべてに違って較べようがないのであった。夕霧は、ああ花散里が気の毒であると思った。とどうじに父源氏が花散里を捨てることなく大事にしているのを「この世にも珍しい」とタ霧は思い知らされたのである。
夕霧は人柄が真面目であるから、義母と仰ぐ紫上に横恋慕するというようなことは考えもしないけれども、
「妻として誰を迎えるも同じ事ならば、あの紫上のような女がこの世間に存在すのであれば、その女を妻として迎え、大事に世話して一生を送りたいと思う。そうすればたとい限りある命であるとしても、その寿命も、少しはきっと延びることであろう」
 と、自然に考えはそこに落ち着く。
 明け方になって風もおさまり、雨も降り続くことなく断続的に降るようになった。誰かが、
「六条院では離れ屋が倒れたそうだ」 
 と叫んでいる。これを聞いて夕霧は、
「六条院は風が巻き上がるほど地所が広く、建物の棟も高い造りである、源氏大臣が居られるところの被害は大きいであろう、花散里のお住まいの東の区画は警護する人も少なくてあの方は心細く思っていらっしゃるであろう」
 と夕霧は心配になり、夜明け前のまだほの暗い中を六条院の花散里の許へ向かうのである。道中は横からの雨が冷たく感じ、空模様も物凄いけれども、自分では花散里が気がかりだと心の中では言い聞かせているのであるが、やはり紫上の事が気にかかっている。タ霧は、不思議に浮き浮きした気持がしてしかも、内心には「こんな気持は、一体どうした事であるか雲井雁を恋う心に紫上を慕う心が重なっているよ」
 と思うのはとても不似合なのであると気がつき。「ああ、なんと自分の心は気違いじみている」
 と、紫上への思慕をあれやこれやと煩悶しながら東の花散里の許に先ず参上したら、花散里は昨夜の嵐に疲れてはてておるので、夕霧は、何かと花散里にもう風は心配無用などと言って慰めて、
「六条院の人を呼んで、あちらこちらを修繕するように申してきましょう」
 と花散里に言い残して源氏と紫の居る南の御殿にむかうと、こちらはまだ蔀もあげずに御休みであった。夕霧は蔀の降りた源氏と紫の寝所前の高欄にもたれて庭を眺めると、昨夜の暴風で築山の木々は倒されたり幸いに倒れなかった木も枝がもぎ取られるように折れてそこら中に散らばっていた。草花を植えたところは、今更言うまでもなく散乱し、屋根の檜皮や瓦も飛散し、所々の目かくしの塀の立蔀や透垣のようなものも倒れて廃材を積み上げたようになっていた。太陽の光が僅かに射してくると、暴風の後も、まだ心配しているように見える庭の露はきらきらと光り、空を見ると、大層気持ち悪いように一面に霧がかかっている様子に、タ霧は、雲井雁や紫上の事が気になり、何という事なしに悲しく涙が出てくるのを押しぬぐって、自分が参ったことを知らせようと咳ばらいをすると、
源氏は聞きつけて、紫に、
「夕霧の声であるな、わざとらしく咳ばらいをして、夜はまだ深かろうに」