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私の読む「源氏物語」ー37-常夏

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源氏の演奏も見事なものであると聞きながら、
「父の内大臣はこれよりも優れた演奏をするのであろうか」
 と、源氏の和琴を聞くにつけても実の親たる内大臣の逢いたさの心がます、しかも何時逢えるかわからない、その上に、和琴の事につけてまで、
「いつになったら、こんなふうにくつろいで父の内大臣が和琴を弾くのを聞くことができるのだろうか」
 などと、考えていた。源氏は琴を弾きながら、
「貫河の 瀬々の柔ら手枕 柔らかに 寝る夜はなくて 親放くる夫 親放くる 妻は ましてうるはし しかさらば 矢矧の市に 沓買ひにかむ 沓買はば 線がいの細底を買へ さし履きて 上裳とり着て 宮路通はむ」
」と、自分が玉鬘と寝る夜はないの意をも匂わせてたいそう優しく歌った。
「親が遠ざける夫」というところは、、玉鬘を、その父内大臣に逢わせぬ心があるから、あてつけの心持で源氏が少し笑いながら、わざわざでもなく、演奏する音は、何とも言いようがなく美しく聞こえる。
「さあ、姫、お弾きなさい、学問や芸事は、下手なことを人に恥ずかしがってはならないものです。ただし、想失恋だけは、どうも、「夫を想うて恋う」という曲名を憚って、心の奥に秘めておいて、他の曲を弾いて紛らす人もあるようですが。厚かましく、誰にでも合奏を頼んで腕を上げるのがよいようです、姫もそのようにしなさい」
 と、源氏は先ず自分との合奏をしきりに勧めるのであるが、玉鬘はかって住んでいた筑紫の田舎で、京女だと名乗りさらに宮家の出であると言っていたお婆さんが玉鬘に琴を教えたので、
「間違った手ほどきを受けたのかも知れない」
 と自信がないので、琴に手を触れようともしない。そうして心の中で
源氏に、
「どうぞ続けてお弾きになって下さい。そうすれば私は、その曲を聞きおぼえることでしょう、と思い、源氏が弾きやめるかと気が気でないので続けて源氏に弾かせたくて、いつも源氏に会うときは源氏から離れて座っているのに、今日は源氏に何時までも演奏をして貰おうと、源氏の側近くに膝でいざり寄って、
「どのような風が吹き加わって源氏様の和琴は、こんなにまあ、美しく響きまのでしょうか。うっとりとします」
 と言って、じっと源氏の演奏を聴いている玉鬘の姿は、篝火の明かりに映えて本当に可愛らしい。源氏は弾く手を休めず玉鬘が、常に源氏の懸想を聞き知らぬ態度をしながら、和琴の音をよく聞き知る様子であるから、皮肉な笑をたたえて、
「耳の感のよい貴女のような人のためには、和琴の音色が、身にしむ程に吹き立てる風も吹き加わりますよ」
 と言って、和琴をさあ弾きなさいというように玉鬘の方に押しやる。玉鬘はそんな源氏を見て、彼の言葉の意味が「玉鬘への自分の懸想を、耳が聡い玉鬘が聞き知らぬのか」という意味の含めた言葉なので、玉鬘は内心がいやな思がする。何とも迷惑なことである。

 女房たちが二人の近くに控えているので、源氏はいつもの猥らな冗談も言えない、
「美しい撫子を十分に鑑賞もせずに、弁の少将達は帰ってしまったな。何とかして、内大臣にも、この花園の撫子を見せたいものだ。本当に、人の命は今日あって明日はわからないから、私の変らない無事の間にい、かつて、貴女の事を、何かの折に父上が話しになったことがあったが、まるで昨日今日のことのように思われます」
 と昔宮中で宿直をしていた雨の日に若い者が集まって女の品定めをした折りに、頭中将であった玉鬘の父親、少し口にしなさったそのことが思い出されて、源氏は感慨無量であった。源氏は、
 撫子のとこなつかしき色を見ば
    もとの垣根を人や尋ねむ 
(撫子のような玉鬘の何時も変らない、なつかしくやさしい姿を見るならば、その撫子のもとの垣根であった母タ顔を、内大臣が尋ね求めるであろうか、尋ね求めるに違いないと思う)

 この内大臣がもとの垣根、貴女の母上が亡くなったのも知らずに尋ね回られるという、うるささに、貴女を内大臣にも逢わせず、貴女をこのように引籠もらせているのが気の毒で」 
 と源氏が言うのを聞いて玉鬘は少し涙ぐみ、、

 山賤の垣ほに生ひし撫子の
   もとの根ざしを誰れか尋ねむ 
(賎しい山家の垣根に、かつて生えた撫子の、もとの素姓(賎しい母からかつて生れた私のその母)を、誰が尋ね求めようか、尋ね求めは致しませぬ)

 何でもないように、源氏に返歌する玉鬘の態度は、なるほどたいそう優しく若々しい感じである。
 「玉鬘の許に来なければよかった」
 と独り言を小さく言って、源氏は玉鬘を思う心が又一段と高くなるのを、苦しくて、やはりとうてい我慢しきれないと思うのであった。

 源氏は玉鬘の住む館の方に足繁く通うのも、女房達がどのように見るかを考えると、良心が咎めるので、玉鬘の許に通うことは極力しないようにして、何かと用件を作り出しては源氏は毎日文を送らない日がない。ただ玉鬘のことだけで彼の気持ちは一杯であった。源氏は、
「どうして、こんなにまで成就することがないとんでもない恋心を持ち心が休むことなく悩み続けるような思いをするのだろう」
 と、源氏はこの恋の苦しみを避けようと自分の欲のまま玉鬘の体を奪ってしまったならば、自分は気が楽になる、そうして私は親が娘と情交を交わしたと世間から私は非難される。非難されることは軽いことであるが、玉鬘の将来のためにも可愛そうなことをすることになる。際限もなく愛しているからと言っても、源氏の心が紫の上を寵愛するに較べると、とても玉鬘は並ぶことが出来ない、と思っていた。
 そんな次第で、源氏はさらに考える、
「紫上に並ばれない劣っている待遇の女達、明石上や花散里なみでは、何程のまあ、幸福や見ばえがあろうか、少しもない、自分は他の一般の人よりは、身分が格別に勝れていて、声望も高いが、私の世話する多勢の女の中に、玉鬘がもしかかわり合い,その女達(明石上や花散里など)の末席に座るとなるとは、世人からの、どんな思わくがまあ、強いであろうか、世間からも、えらいとは思われない。それよりも見栄えのない大納言くらいの身分の妻となって、一筋に妻だけを愛する、と言うような者にはきっと及ばないことだろう」
 と、自分は了解しているので、玉鬘が気の毒になり、
「いっそ、蛍兵部卿宮か、鬚黒大将などの妻にと許してしまおうか。そうして自分も離れ、玉鬘も男の許に連れて行かれたら、諦めもつくだろうか。言っても始まらないことだが、そうもしてみようか」
 と思うこともある。心が乱れて一つの結論が出ないのである。
 そのようなことを考えているのであるが、源氏は玉鬘の許に参上して、美しい女だと眺めていたり、今では琴を教えることを口実にして、玉鬘の横に常に寄り添っているのであった。
 玉鬘も、初めのうちこそ源氏が側近く又は体が触れるようにして琴の手ほどきをしてくれるのを、気味悪く嫌だと思っていたが、
「このように体を押しつけたりなさるが、嫌なことであるとしても、源氏様はそれ以上のことはされないので、もう気にすることはない」