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私の読む「源氏物語」ー36ー蛍

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「なんということをなさるのですか宮への応対は無礼極まりない。どんな状況であってもそれに応じた行動をするのが一番相手を傷つけないでよろしい。子供みたいな事をする歳ではありませんよ。外の男を疎んじて、相手にせぬのは問題がないけれども、この蛍兵部卿宮をまで、宰相の君の取次で、返答するようなことは、許されませんよ。返事がしたくなくても、もう少し近くで几帳の中kらでも」
 などと、源氏は注意をするのであるが、玉鬘は困ってしまい、このままでは又自分の横に来るのではないかと、寝ていたところを、そっと抜け出して、東廂と母屋に接近して、東廂の南側に立てられた仕切りにある几帳の所に行って、横になった。

 宮が宰相の君に伝奏を頼んだ長い言葉にも何という答えもしないで、玉鬘はどうしようかと考えているところに、源氏は近づいてきて几帳の一枚の帷子を上げて、ぱっと光るものを几帳の横棒につるした。玉鬘は手に持つ明かりの紙燭を源氏が几帳の中に差し出したのかと驚いた。
 その光る物は螢を薄い袋に源氏は一杯この夕方に捕らえて包んでおいて、それを隠していたのであるが、何気なく、玉鬘の潜む几帳を繕うようにして几帳の中に捕らえた蛍を放した。
 玉鬘は急に目の前がこのように明るく光ったので、驚きあきれて、扇をかざして顔を隠すが、その横顔がとても美しい。
「不思議に輝く蛍の光が几帳の中で輝いたならば、宮もきっと何事かと覗くことであろう。私の娘だと考えるだけで、こうまで熱心に求婚するようだ。玉鬘を一目見れば、彼女の人柄や器量などこんなにまで整っているとは、宮は思ってみなかっただろう。この後玉鬘にさぞ夢中になってしまうに違いない、彼の心を女を思う気持ちで狂わしてしまってやろう」
 と、源氏は企んであれこれと趣向を凝らした。ほんとうの自分の娘ならば、このようなことをして、大騷ぎをすることはない、困った源氏の心であるよ。
 源氏は玉鬘と宮の行動を見ると、別の戸口から出て行ってしまった。

 宮は玉鬘があの辺にいるのだと推量するが、割に近い感じがするので、恋する女が近くにいると胸が高鳴ってどきどきと鼓動を打ち、それでも素晴らしい羅の帷子の隙間から玉鬘が居るのではと覗いてみた。一間ほど先の見通しのよいところに、思いもかけない蛍の光がちらつくのを、美しいと見た。
 宮は少しの間几帳の中を覗いていたが帷子の隙間を締めた。この蛍のほのかな光は、宮と玉鬘の風流な恋のきっかけにもなりそうに見える。蛍の光のかすかな明かりの中に、すらりとした身を横にしている玉鬘が美しかったのを、宮は心に深く刻み込み、なるほど、源氏のこの趣向は宮に特別の効果があったようである。兵部卿宮は感極まって玉鬘に、

 鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに
     人の消つには消ゆるものかは 
(声を立てては鳴かない虫の蛍の思いの火でも、人が消そうとして消せるものでしょうか、私の貴女に対する恋の燃える火のように)
 お分かりになりましたか」

 と宮が玉鬘に詠うと。このような場合の返歌は考える時間がないので、早いだけを取柄に玉鬘は即座に、

 声はせで身をのみ焦がす蛍こそ
      言ふよりまさる思ひなるらめ 
(鳴くこともしないで恋する思いの火で身を焦がしている蛍こそは、軽々しく恋を口に出して言う人間より、もっと深い思いを持っているのであろう)。
 
 と、玉鬘はさりげなく返歌して、自分は奥に入ってしまったので、宮はとてもよそよそしい挨拶であしらわれたのをひどく恨んだ。
 宮はこのままここにいては女好きと思われると、女の許を訪ねるときには男は夜を明かして女と語るか、それともお互いに和み合って共寝するのが普通であるが、宮はそのまま夜をお明かししないで、一晩中、恋に悩んでいるのも苦しいことであるから、新古今和歌集、中務卿具平親王の歌
 ながめつつわが思ふことは日暮しに
       軒の雫の絶ゆる世もなし
(降りつづく雨をじっと見入りつづけて、わたしの思い嘆いていることは、一日中、軒の雫のよぅに、絶える時もない)
 を思い出しながら、かなわぬ恋の悲しみの涙を、五月雨の軒の雫が絶えないように、体も袖も濡れながらまだ暗いうちに六条院を去った。ほととぎすなどもきっと鳴いたことであろうが、耳に入る様子はなかった。玉鬘に仕える女房達は、宮が去った後、
「宮の立ち居振る舞いやお顔はとても優美な方で、ご兄弟とはいえとてもよく源氏の大臣の君に似ていらっしゃる」
 と、女房たちは初めて見る兵部卿宮を褒めていた。昨夜源氏は、すっかり母親のように玉鬘を世話したことすべては知らないが女房達は、
「本当によくお世話されてありがたい」
 と言うのであった。

 玉鬘は蛍宮を無理に会わせようとする源氏の親気分の扱い方を、
「私自身が持って生まれた不運からのこと。父親のない大臣に娘と知ってもらい、世間の人並みである身の上になり、その私に源氏様が懸想するならば、夫人となってここに居られる夫人方も仲間入りさせてもらっても好いのであるが、そうなれば似合いなこととだれもが何も申すことはあるまい。しかし今の私は源氏様が父親である、父と娘が結び合うなんて、人に謗られしまいには世の代々の語り草となるのではないか」
 と、玉鬘は一日中思い悩んでいた。一方で源氏は、
「私は玉鬘を隠し妻などにはするようなことはない」
 と思っていた。がどうしてもこれぞと、目を付けた女性には必ず自分の女に出来なくとも、一旦は言い寄って口説いて見るという源氏の女に対する癖は困ったもので。そのような困ったご性癖があるので、あの秋好中宮などにも、全く、綺麗に未練が無いように見えても、多少の未練は残っている。その証拠に時々中宮に、何となく気を引くようなことを言うのであるが、中宮という手の届かない高貴な身分、とかく変な噂でも立つと事が面倒になるので、真剣に口説くようなことはしないが、この玉鬘は、人柄も親しみやすく現代的な女なので、源氏も彼女の体を奪いたい気持ちが抑えることが出来ず、玉鬘に接するときは時々、女房達が見てきっと疑うのではないかというような行動が、自然に時折あるけれども、源氏としては殊勝にも珍らしく反省、自制しつつ、然し源氏の意に従わせかねない間柄なのであった。

 五月五日には、花散里の住居の東北の一区割にある、馬場の御殿に出かけたついでに、玉鬘を訪ねた。
源氏は大概のことは知っているのであるが、わざと何事も知らないような顔で玉鬘に昨夜のことを、
「昨夜はどうでしたか。宮は夜更けまでいらっしゃいましたか。玉鬘はあの宮はいい方ですが、あまり親しくしてはいけません。あの方はあのように振る舞われますが面倒な悪い癖もあります。だいたい世間に他人の気持そこねたり、変なことをしないと思われるような人物は、まずいないということを覚えておきなさい」
 と、玉鬘が昨夜初めて遠くからでも顔を合わせた螢兵部卿宮を褒めたり謗ったりして注意しているところは、源氏や玉鬘の心の内を知らない女房達から見ると、二人の姿がどこまでも若々しく美しく見えた。