小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私の読む「源氏物語」ー36ー蛍

INDEX|1ページ/7ページ|

次のページ
 


 源氏は今は太政大臣という高い身分にあるので、以前のように女の噂を聞いては物にしようと、簡単には外出することも出来ない。毎日を無理に心を落ち着かせるように努力して過ごしていた。源氏を頼りにしている夫人たちも身分に応じて、源氏が浮気することがないので心が落ち着き、捨てられるという不安もなく、このままが理想的な暮らしであると思って過ごしていた。
 そのような六条院の暮らしの仲でただ一人西の対に住む玉鬘だけは、思いもよらなかった源氏の欲望に体が奪われそうになり、気の毒に悩み事を抱える身であった。筑紫に住んでいたころ、あの嫌らしい大夫監の欲望からつきまとわられ、身の毛がよだつようなあの田舎じみたしつこさには、この源氏は都風の柔らかさはあるから比較することは出来ないが、仮にも、娘である 自分に、懸想して体を求めてくるという艶めかしい欲望が、そのようなことは源氏を玉鬘の親であると信じている人には、思っても見ない源氏の行動であるから、彼女は周りの誰もが気がつかない自分と源氏の秘め事であると、
「男との関係なんて嫌らしい」
 と彼女一人が悩んでいた。
 玉鬘は二十二にもなり世の中のどのようなことでも分別のつく年頃なので、今回の源氏のことや、あちらこちらから寄せられる恋文のことなどを考えると、母君である夕顔が早くに亡くなった無念さを、改めて惜しく悲しく思い出された。
 源氏も、いったん言葉にし、また気持ちをあらわに彼女を抱きしめ肌に触れたりしたことを、今では苦しく思い、人目を遠慮して玉鬘にちょっとした言葉も話しかけることができず、苦しいのであるが、それでも頻繁に玉鬘の前に現れ、側に女房などもいなくて、彼女が一人静かにしているときは、男の欲をむき出しにした言葉を出して言い寄り、彼女に隙があれば体をも、と言う仕草をするので彼女は胸を痛めるのであるが、自分の置かれている立場を考えるとはっきりと拒むことが出来ないので、源氏を無視して相手にならないようにしていた。
 玉鬘はつねにほほえみを絶やさず、にこやかに人と接する人柄で、身嗜みにも真面目で用心深くしているのであるが、それでも彼女自身の雰囲気があり、温和で可愛いらしい様子ぱかりが外面に現れているのであった。

 玉鬘の許に兵部卿宮から毎日のように文が届けられてくる。蛍宮は真剣に玉鬘に言い寄るのである。宮が彼女に文を送り出してからあまり日数が立たないのに、縁組みを忌む五月雨の頃に入ってしまった。恋の成就もまだであるのに宮は恋人気取りで玉鬘に五月の忌み月になった愚痴を訴へ、さらに、
「貴女のお側近くに上がることだけでもお許し下さるならば、私の心をあからさまに貴女に聞いていただきますのに、そうすれば私のこの思いが少しは晴れることでしょうに」
 と、訴えている宮の文を源氏が見て、玉鬘に、
「よろしいのではないですか此方へお呼びしても。宮が貴女に言い寄られる言葉にはきっと、美しい言葉が並べられて風情がありましょう。そっけない扱いはしなさんな。お返事も、時々は差し上げなさい」
 と玉鬘に注意してさらに、
「宮にはきちんと返事をお出しなさい」
 と返事の文面を教えて彼女に書くように進めるのであるが、源氏の言葉にますます玉鬘は不愉快になり、
「気分が悪い」
 とだけ言って、源氏の言葉に従わない。
 玉鬘に従う女房たちも、目立って里方の家柄が良く、また力ある有カな者などは殆どいない。ただ一人だけ、彼女の母である夕顔の叔父で、参議にまで昇進した者の娘で、性格や学問などもさほど悪くはなく、父に先立たれて悲惨な生活をしているのを、源氏がどこからか聞いて屋敷に呼び出し、宰相の君と言って勤めさしていたのであるが、この娘が筆跡も他所に出しても恥ずかしくない程度に書き、人物もしっかりした女であるので、時々自分に代わって文の返事などを書かせていたのを、玉鬘の許に召し出して、源氏が文章を言って彼女に玉鬘の代筆をさせた。それも源氏は弟の蛍宮がどんな言葉を使って玉鬘を口説くのか見たいので、玉鬘が会ってもよろしい、という内容の文章にしてあった。。
02 
 玉鬘自身は、毎回毎回源氏が綺麗な言葉で自分を靡かせようとするのが嫌で、何となく自分が情けなく思うのであるが、源氏はこの螢兵部卿宮などの懸想の消息文を一心に読み、玉鬘にその内容を話すと、彼女も少しは熱心に宮の文を見ることもあるが、読んでは見るけれども、螢兵部卿宮を、別に好ましく思うのではなく、
「このようにまでして私を自分の女にしようとするつらい源氏様の姿を見ないですむ方法がないものか」
 と、玉鬘は女らしい心で源氏を遠ざける方法を思うのでもあった。
 源氏は自分が蛍宮にした企てを心ときめかして宮が玉鬘の許へ来訪するのを待っていた。そのような源氏の計画を知らないで、兵部卿宮は会ってもよろしいという玉鬘の返事が珍しいこともあるものだとおもいながら、本当にひっそりと隠れて参上した。
 宮が通されたのは妻戸の間に敷物置きみやの座として、玉鬘は几帳だけを隔てとした近い場所に席を定めて座っていた。
 源氏はたいそう気を配って、客を迎える時に、何処からとも知れず匂って来る香、空薫物を奥ゆかしく匂わして、宮と玉鬘の会見の世話をやいている様子は他人が見ると親心ではなくて、手に負えないおせっかい者のようであった。玉鬘の伝奏役として宰相の君が几帳ちかくに控えているのであるが、主人の玉鬘の返事を宮に伝えることがうまくできずにもぞもぞと小さな声で、恥ずかしそうにしているのを、「しっかりお伝えしなさ」と、源氏が宮に分からないように宰相の君の尻をつねるので、彼女はほとほと困りきっていた。

 五月四日ともなれば、新月から糸のような月になり夕方から暗くなる「夕闇」と呼ばれることも過ぎてはいるが、はっきりしない空模様で曇りがちで、そのような状況の中で物静かなしんみりとした宮の姿は、とても優美に見えるのである。玉鬘の部屋の内部から、女房達が動くのに伴ってその辺の空気が動き、彼女たちの衣装にたきこまれた香と客をもてなす空だきの香の薫りが、源氏の衣装にたきこめた薫りと重なって、その辺がとても深く優しい薫り満ちて、兵部卿宮が常々予想したよりも、風情がある玉鬘の生活に、素晴らしいとますます恋心が膨れあがった。
 目当ての玉鬘は出座しないで伝奏役として宰相の君が応対する。その彼女に向かって宮は、玉鬘に恋する心の限りをしゃべり続ける、言葉は思慮も深く落ちついて、単なる女ほしさの好色めいてはおらず、その態度はよくある浮気者とは大層違って立派であった。そのような宮の言葉を源氏は、なかなか立派なことを言うではないかと、ぼんやりと聞いていた。
 玉鬘は、源氏の計画で宮に会うのが嫌なので東面の部屋に引っ込んで几帳台の寝床に入って就寝していたところへ、宰相の君が宮の言葉を伝えに、膝を摺りいざり入って行くその後ろから源氏も几帳を開いてついてはいり、