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私の読む「源氏物語」ー35-胡蝶

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「何で私を嫌われます。私は貴女に対しては誰にも非難されないように私の感情を隠しています。ですから貴女もこのような自分の感情を出さずに、何でもないようにお振る舞いなさい。貴女のことを真から大事にしようと思っています上に、私が貴女を思う恋心が加わって、私の貴女への情愛は世に類のないものでありまうのに、ここにある蛍宮や鬚黒のように貴女に恋文を送ってくる者より私を、軽く見下しになってよいものでしょうか。私ほど貴女に深い愛情を持っている人は、世間にはいないはずなので、私以外の情愛の深くない他の男に貴女を渡すことはとても心配でなりません」
 と源氏は玉鬘に言うのであるが、実に変わった親心である。

 玉鬘と源氏が話をしている間降ったり止んだりしていた雨は今は全く降り止み、風に吹かれる竹の葉がさらさらと鳴っているころ、急に雲の間から月がぱあっと明るく照らし出し、夜の風情も落ち着いてしっとりと美しく感じ、女房たちは、源氏達の話が何となく男女の秘めた語らいのように感じて、遠慮して側近くには寄らないようにしていた。
 いつも何回となく会って話をする仲であるが、今夜のように話が男女の仲に及ぶことはめったにないので、源氏は今宵こそいい機会である、つい先ほど玉鬘に自分の気持ちを伝えたからには、これ以上言葉だけでは抑えきれない思いからであろうか、着ている着物を衣擦れの音を出さないようにうまく脱いで、玉鬘の横に添い寝してしまった。玉鬘は源氏が横で体をなでたり袖口から手を差し入れて肌をさすったりするのがとてもつらくて、口に出して言うことも出来ず、この姿を女房達はどう見ているであろうか、初めて受ける男の行動にどうしようもなかった。
「実の親であれば、親から冷たく扱われようとも、このようなつらいことはないであろう」
 と悲しくなって、源氏の愛撫を受けながら悲しくて隠そうとしても涙がこぼれ出しこぼれ出し、とてもつらい様子である、そんな玉鬘の様子に源氏は、
「このように体を硬くして私を受け入れてくれないのが私にとってつらいのです。初めて会った全然知らない男性にも、男女の仲のありかたとして、女は男に身を任せるというもののようですのに、私と貴女はすでにいく年か共に過ごして来た仲ですので、この程度のことをしてどうして貴女は嫌がるのですか。これ以上のことは、けっしてしませんよ。これまで懸命に堪えてきた貴女への愛を、晴らすだけなのですよ」
 と言って、情愛をこめて袖口から差し入れた手で玉鬘の胸を撫でたり軽くもんだりしながらしみじみと、やさしく玉鬘に話しかけるのであった。源氏の今の気持ちは、玉鬘を愛撫しているのではなくはるかの昔夕顔を抱き寄せて愛撫している気持ちであった。
 源氏は自分でも、急にこのようなことをしてと思い、このようなことを何時までもしていては、と気づいて反省し、こんな姿を女房達もおかしなことと変に思うにちがいないので、夜遅くまではいないで帰って行った。帰り際に源氏は玉鬘に、
「そんなに嫌なことでしたら、私はとてもつらいことです。他の人は、私のように無我夢中にはなりませんよ。私の貴女への感情は限りなく底深い愛情なので、誰が私を非難することがありましょうか。今後も貴女が亡き母君を恋しく思われる気持ちの慰めに、ちょとしたことでもお話ししたい。そのおつもりで私にお返事などをして下さい」
 と、源氏は愛情を込めて言うのであるが、あまりの急な男の愛撫に動転した玉鬘は、とても辛くて、
「なにをいまさら」と思っているので無言のままである、源氏は困ってしまいさらに、
「とてもそれ程まで私のことをお怒りとは思いませんでした、ひどくまあ私を憎みなさる様に見えまするなあ」
 とため息をつき、
「決して、態度に現わさないように気をつけてね、人にこんな様子を悟られない様にね」
 と言い置いてこの場を去っていった。
 玉鬘も二十二才になる、歳はもう十分に女盛りであるが、男と女の交わりについては知らないどころかそのような経験ある女から話も聞いたことがなかったので、ただ話し合うということ以上の男女の交わり方を思うこともなく、
「男の手が肌を触るなんてまったく思ってもみない運命を背負った身の上であるよ」
 と、考えるほどとても気分が悪くなるので、側の女房たちは主人がご気分が悪そうでいらっしゃると、不快の原因が分からないのでどうしたらいいのか困っていた。以前は、あてき、と言われ今は兵部の女房となっている、彼女は
「源氏の殿の姫に対する態度が、行き届いて親切であり、勿体ないことです。実のお父上でいらっしゃっても、源氏様ほどの気を遣われることはなく、至れり尽くせりお世話なさることはありますまい」
 などと、兵部達はそっと玉鬘に言うのであるが、玉鬘はますます心外で、こんな不愉快な気持ちで過ごすのはもうどうすることも出来ないが、ここを逃れ出ることも出来ず、わが身の上が情けなく思われるのであった。

 源氏が引き上げていった朝に、玉鬘に後朝の手紙ではないが文が届いた。彼女は夜の間源氏に体と言葉で攻められて気分が悪くて臥せっていたが、女房たちが硯や紙を持ってきて、
「お返事を早くお書き下さい」
 と喧しく催促するので、しぶしぶと文を見る。
源氏の文は、女性に送る文としては穏やかで花やかさがない真面目な白紙に、立派な筆跡で書いてあった。源氏は実際の後朝でないから、花やかな色紙を用いる後朝の文の例とわざと違えたのであった。
「私としてはかって無い女の方からの仕打ちでした、つらくもまた忘れられないような。貴女の女房たちは二人のことをどう思ったことでしょうか、

 うちとけて寝も見ぬものを若草の
      ことあり顔にむすぼほるらむ  
(貴女と私は仲良く楽しんで共寝したのではないのに、貴女は私が貴女の体を無理に奪ったかのように、何故塞ぎこんでいるのですか)
 子供っぽいですね」

 とあり読んだ玉鬘は、昨夜あのようにされたのにそれでも親のような言葉をかけてくる、とても憎らしいと、返事なんかと思うのだが、返事を差し上げなのも、女房達がなんかを勘ぐるであろうと、女房が差し出した上質の紙を避けて、厚ぼったい陸奥紙を取り出して、ただ、
「お文頂戴致しました。気分が悪うございますので、お返事は失礼致します」
 とだけ書いて源氏に送った。
 玉鬘からの返事を見て源氏は、
「この様な、玉鬘の簡明な文書きの態度は、玉鬘は歳を取っているからさすがに折れることなく、すくすくと強い生一本の性格である」
 と簡単な文を見つつ源氏は微笑して、この文面の状態であるから、口説きがいがある気もちがますます大きくなる、源氏の嫌な性格が又起き出した。
 源氏は、玉鬘に恋している事を、言葉ばかりか行動でまでに出したので、以後は打ち明けずに恋い佗びて居る「太田の松」ではなく、うるさく玉鬘につきまとうて恋の言葉を掛けることが多いので、ますます彼女は身の置き所のない感じがして、どうしてよいか分からない物思いの種となってしまった。