私の読む「源氏物語」ー35-胡蝶
だいたい、女が物事を控え目にせずに振舞ったり、自分の勝手気ままに、物の情趣を知っている風をしたり、あるいは興味のある事に対しても、たとい見知っているとしても口多く言うと、その様な事が度重なると、その結果女は不幸なことになるようです。
しかし、兵部卿の宮や、黒鬚大将は、いいかげんな気持ちで物事を言う人ではありません。その螢兵部卿宮や鬚黒大将に対して、また、玉鬘が普通以上に、あまりにも無愛想にすることは、人情を知らないように見られのも、玉鬘の態度に問題があります。
二人より以下の身分の人に対しては、その人の思いの強さによって自分の愛情を区別すること。その男の熱意をよく考えた上でへんじをするようにしなさい」
などと源氏がくどくどというので、玉鬘は横を向いて知らぬ顔をしていた。源氏はその横顔がたまらなくとても美しいと感じていた。
玉鬘は撫子襲(表紅梅・裏青)の細長を着て、その下には、この四月の頃の卯の花の色である表は白、裏は萌葱の小袿を着ている、その撫子と卯の花とを重ねた色の配合が、上品で花やかで、そうして、玉鬘の動作などもおっとりとしていた。そうは言っても。都に上った当時は田舎風のままの状態で、しとやかであり、身嗜みなども、注意して嗜んでいたから、大ような、おっとりした方面の人としてだけは、見られていたのであったが、源氏の周りの夫人方や紫の上などの振る舞いを見ているうちに、とても姿つきもよく、しとやかに、化粧なども気をつけるようになって、玉鬘は欠点がない、はなやかでかわいらしい容姿の女になった。源氏はそのような玉鬘を見ている内に、他人の妻となって自分の目の前から姿を消すことが、まことに残念に思わずにはいられないようになっていった。
右近は源氏が自分や玉鬘に語りかけるのを、ほほ笑みながら聞いていたが、
「源氏様は親代わりと言ってはいるが親と言うよりはまだ若いので、ご夫婦になった方が、お似合いで素晴しかろう」
と、思っていたが、源氏の注意することに対して、
「けっして殿方からの恋文などを姫にお見せしたことはございませんが、姫が前々からご存じの方の文は三、四通、突き返しては失礼であるかと思いまして、姫にはお渡しいたしましたが、お返事を書かれることは一向に御座いません、こちらからお勧めしたときだけはお書きになっておられますが、それも本当に辛そうに思っていらっしゃいます」
源氏は手紙の束から一つを取り出して、
「ところで、若者らしい結文は誰からのだ。えらく一生懸命に書いたようであるが」
と、笑いながら結び目をほどいて読もうとすると右近が、
「それは、断ったにもかかわらず、使者が、しつこく言って置いて帰ったものです。内大臣様のお子息の柏木中将様が、姫にお仕えする童女の「みるこ」を、以前からご存知だった、そのつてで置いて行かれたもので御座います。みるこ以外に中将を見た者はおりません」
と右近が説明するし上げると、
「大層、いじらしい事で。柏木中将は官位こそ低いとしても、あの人達などは、どうして、本当に、文をつき返すとか返事もしないという、きまりの悪い目に逢わせてはならない。公卿といっても、その人の位に応じるほどの人物はあまりいない。内大臣の子息であり身分も低い者であるが、そうした人の中でも、たいそう出来た人物である。いつかは玉鬘が姉であることが分かる時が来よう。今ははっきり言わずに、ごまかしておこう。それでも見事な文面の手紙であるよ」
などと、源氏は柏木の文を暫く見ていてすぐには下に置かなかった。
源氏は無言のままで下を向いている玉鬘にさらに、「このようにいろいろと注意するのも、聞いていて貴女は不快に思うことでしょうが、お父上の内大臣に知られるということは、貴女がまだ若くて世間知らずで、何の後楯もなく経験もない、しっかりしない年頃であるのに、筑紫のような離れたところで、長年暮らしていた、そのような貴女が内大臣の異腹の兄姉の中に入ったらどうであるかと、考えております。やはり世間の女がたどる道である人妻になることが、人並みの女の生き方であるのではないか。
そうしていれば当然父大臣にも分かり対面する機会もあるでしょう」
兵部卿の宮は、独身ですが、性格は大変浮気性て、女の許に通う所が多いというし、夫人にも出来ない身分の低い召人という夜の添い寝をする女も、数多くいるということです。
例えそのような男であっても、嫉妬のあまり夫を憎らしいと思わず、男の性と大目に見過されるような妻であれば、穏かに、召人などの多い点を、嫉妬することもなくすましてしまう。その覚悟があるならば、螢兵部卿宮の北の方になり給え。但し、少しでも心に嫉妬があっては宮の北の方としてはとても仕えることは出来ないでしょう。そのような恨み心は自然に、起って来るに相違ないから。嫉妬心や恨み心を起こさないことが大切です。
今一人貴女に言い寄ってきている鬚黒大将は、長紫の上の姉様を北の方にしている人ですが、その北の方が、もうお歳で、添い寝するにも嫌気がさして若い夫人をと求婚しているということです。そのことについては鬚黒の周りの人々は困ったことを言い出したと思っているようです。当然なことなので、私の弟の兵部卿か紫の義理の兄に当たる鬚黒大将か貴女がそのどちらを選ばれるか、私としてはとても推薦をすることが出来ません。
このような婿を選ぶということは、親などにも、はっきりと、自分の考えはこうこうだといって、話しにくいことでありますが、もうそんなに若いのではないから、今回は自分で判断ができるでしょうからお決めになって下さい。わたしを昔貴女の母上タ顔と共に暮らしていたときのように、私を貴女の母君と考えなさい。私も貴女の母親の気持ちでいますから貴女の婿として不満足な事は、母としては不満足に思います」
などと、たいそう真面目な話をする。聞いていた玉鬘は源氏にそこまで言われて
「どうお答えしょうか」
と困ってしまい、答えに窮してしまった。
子供じみた答えは、自分が異常な考え者だと思われるであろうと、
「何の考えもなかった幼少の頃から、私は両親というものを知りませんまま大きくなりました。親という者を宛にしない習慣がついて居りますので。源氏様が「私を母と思いなさい」と言われても、母と思うも、母と思わぬも、経験のない私にはどうしたらよいか、考える事が出来ませぬ」
と、玉鬘が源氏に答えるのが、とてもおっとりしているので、
「なる程、考える事が出来ないと言う通りである」 と、源氏は、納得して、
「そのように親という者が考えられないというのであれば、世間でよく言う、「後の親は実の親」という諺もあることだし、ここは私を親と思い、私のあまり立派とは言えない話に乗ってみてはいかがかな」
などと、事細かに話すのであるが、源氏は、心の底に玉鬘を我が女にしたいということは、きまりが悪いので、口にするわけにはいかない。何となく気を持たせるような言葉を時々はい言うのであるが、玉鬘は一向に気づく様子もなく、源氏はわけもなくため息をつきながら玉鬘の前を離れた。
作品名:私の読む「源氏物語」ー35-胡蝶 作家名:陽高慈雨