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私の読む「源氏物語」ー35-胡蝶

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「昨日は声に出して、たしかに、泣きそうである程まあ、如何にもそちらの賑わいに羨しうござりました。

 胡蝶にも誘はれなまし心ありて
       八重山吹を隔てざりせば    
(この胡蝶の「こい」と言う言葉に、まあ、今日は、誘われて、そちらにまいってしまったでござりましょう、あなたに思いやりがあって、私に幾重にも心を隔てずにお付き合いがあるならば)

 と書き記してあった。中宮も紫も勝れた身分と地位のある女で、このような相手をけなすような詠歌には熟れていないのであろう、あまり出来のいい詠み方ではなかった。
 さらに昨日、舟遊びなどをし舞を見物した女房達の中で、中宮付の者には、全員に、趣のある贈り物などをいろいろと与えられた。褒美の品が何であるかは細かいことであるのでここではそのような下し物があったということに止める。
 六条院では朝に夕につけ、別に何のためということもなく、音楽の催しが始終あって、源氏は毎日を満足に過ごしているので、仕えている女房たちも、自然と気にかかることもなく紫方と中宮方との間で手紙のやり取りが続いた。


 花散る里の住む屋敷の西の対に居住する玉鬘は、あの正月の踏歌の時に初めて紫の上や明石の姫と対面してそれ以後は、紫とは手紙を取り交わすようになった。
 玉鬘という女は他人との付き合い方が深いのか浅いのかがよく分からない女である。人からは大層気が利き、親しみやすい性格に見えて、気を遣わなくても好いような性格で、源氏の夫人たち誰もから好意をもたれていた。
 そのような人柄が外にも聞こえているのか、言い寄る男も大勢現れるようになった。しかし源氏は、言い寄る男達の中から玉鬘にふさわしいと思われるような者を簡単には決めることが出来ず、源氏自身も玉鬘の女の魅力に引かれて、仮の父親らしく接することが難しくなった気持ちもあるのだろうか、
「実の父頭中将に、娘のことを知らせてしまおうか」 」などと、考えることもあった。
 源氏の長男の夕霧は、玉鬘の御簾近くまで行って直接玉鬘と会話をしているのであるが、それを玉鬘は大変恥ずかしく感じているが、夕霧と玉鬘の仲が現在のところは姉と弟であるであるということを、お付きの女房達は知っているので別に何とも思わないし、夕霧も生真面目な男であるので、玉鬘に想いを寄せることもなかった。。
 柏木ら元の頭中将今は内大臣の息子達は、夕霧にくっついて、何やかやと玉鬘に対する恋心をほのめかし、玉鬘の前でうろうろするのであるが、玉鬘は、
恋や愛ではなく、実の姉弟である事を知って居るから、内心つらく、
「実の親に子供だと知ってもらいたい」
 と、心に秘かに思っているが、このようなことを源氏には少しも言わず、ただ源氏を信頼している心づかいなど、いじらしくて若々しい。似ているというのではないが、源氏はやはり母親の夕顔にどことなく似ているが、玉鬘の方が母親よりも才気鋭いと見ていた。

 夏の衣替えの四月一日頃、女房達の衣装が当世風に花やかに改まった時分は、空の様子などまでが澄み渡り、世の中が不思議に何処となく風情があるようになり、そんななか源氏はのんびりと、あれこれの音楽の遊の催をして過ごしえいると、玉鬘に、男達の恋文が沢山届くのを、
「思っていた通りだ」
 と面白く思い、何かにかこつけては玉鬘の許にやってきて男達からの恋文を見ていた。そのなかからこれはという人物には返事を出すようにと勧めたりするのを、玉鬘は気づまりでつらいとおもってい。 そんな恋文の中に弟の兵部卿宮が、まだ知ってから時間がたってもいないのに恋いこがれて身もだえしている様子の文を書き綴っている手紙を見つけてにっこりと笑って、玉鬘に、
「私の兄妹の親王達の中で、若い頃から、私と蛍兵部卿とは何の隠し事もなく本当に仲が良かった。また兵部卿も私に何の遠慮もなくすべてのことを打ち明けてくれてお互に格別に親しくしてきたのだが、女のことになると、やはりお互いに隠してしまっていた。しかしこの年になって、蛍宮のこのような恋心をかいま見ると、面白くもありまた妻に先立たれた蛍君のことを思うと感に耐えない気持ちにもなる。ここは貴女からやはり、お返事そ差し上げなさい。少しでも由緒正しい女性であれば、あの蛍宮以外に言葉を交わす事の出来る人は、この世間にいるとは思えません。お人柄はとても優雅なところのあるお方ですよ」
 と、玉鬘に若い女性ならきっと、宮を思い慕って惚れるに違いない様に聞かせるのであるが、彼女は恥ずかしがって下を向いたきりであった。
 右大将で紫の異母姉を正妻に持つ鬚黒は、勿体ぶった尤もらしい様子をした人である。この鬚黒右大将は朱雀院の承香殿女御の兄でもある。諺に言う、
「恋の山路には、孔子の如き聖人でも倒れる」
 ということを真似る様子で、自分の恋心を玉鬘に訴えているのを源氏が読んで、鬚黒までがと面白がって、玉鬘に来た全部の恋文を比較する中で、唐から舶来した空色の紙で、とてもやさしい香りが深くしみ込んで匂っているのを、細く小さく結んだのがある。
「これは、どうしてこんなに小さく結んで」
 と言って、まだ開いていない結び文を開いた。源氏が見ると筆跡はとても見事で、

 思ふとも君は知らじなわきかへり
       岩漏る水に色し見えねば 
(こんなに私が恋い焦がれていても玉鬘あなたは、知るまい、知らないと思う。私の心は涌き返って君(玉鬘)に懸想するが、岩から漏れ出る水のように、懸想には色が特にありませんから)

 書き方も当世風で花やかで酒落ていた。
「これは誰からの文なのですか」
 と聞くが、玉鬘は実の弟の柏木からとは答えることが出来なかった。

 玉鬘が男から来た文に返事を出さないのが気になる源氏は。玉鬘の女房である右近を呼び出して、玉鬘と二人に、
「このように沢山の恋文が姫に寄せられているのだから、この中からこれぞという手紙を選び出して、姫に文を返すようにさせなさい。言い寄ってきた男達の中から、姫を裏切って他の女に走る者が現れるやもしれん、それを男だけが悪者と姫が感じるやも知れぬ、しかしその原因となるのは姫が早く返事を出さないからでもある。だめな男とも言えないよ。
 自分の体験から言うと、私が送った恋文に、返事をしない女を「ああ、味気ない女、風流のない娘よ」と女を恨んだこともある、その時は、相手が情趣を解さない女なのか、もしくは身分が低いのをわきまえない生意気な女だと思ったが、さて、男が、たいして女を恋しているわけでもないのに、ただなおざりに送ってよこす季節ごとの花や蝶にかこ付けた便りに、女は男が苛々してくるほどに返事をしないのは、かえって男心をかき立てるようなものです。この様な時は、男をじらさず、早く玉鬘は返事をすべきである。また、そんな態度にでて男が忘れて文もくれないようになった場合は、女に何の罪もありません。
 何かのついでになんということもない文に、もらった女はすばやく返事をするものと心得ているのも、返事せずにそのまま日にちが過ぎると、きっと非難の原因となるに違いないと考えるからである。