小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私の読む「源氏物語」ー35-胡蝶

INDEX|2ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

(青柳を 片糸にしてよって や おけや 鶯の おけや 鶯が 縫うという笠は おけや 梅の花笠だよ)縒ってない糸。ここで言う「片糸としてよる」は、片糸を何本か縒り合わせて一本の糸を作ること。青々とした柳の枝の間を軽やかに飛ぶ鶯の姿を、青柳の細枝を寄り合わせて、笠を縫う仕草に見立てた歌である。「おけや」は「おけ」と並んで、催馬楽の代表的な囃し詞の一つ。

 夜も明けようとする中を源氏達の歌う賑やかな声を鳥の囀りのように、秋好中宮は境の築山を隔てて、参加していないことを悔しく聞いていた。
 いつも紫の住むあたりを温和な明るい春の光が満ちているような源氏の邸宅である六条院であるが、若い者達が思いを寄せる姫君のいないのが残念なことと思う者も多かった。ところが玉鬘の存在が噂に上がり、源氏がとても大事にしている絶世の美人であるということが、いつのまにかすっかり世間の評判となって、源氏がかって予想していたとおりに心を寄せる若者達が多いようであった。。
 自分こそ適任者だと自負する者が、直接に逢うことはとても出来ることでないので、いろいろな方法で、源氏にそれとなくほのめかし、または大胆にも口に出して申し出る者もあった。そのような勇気のない若い公達などもいたのであった。そのような若者に混じって、玉鬘がこの六条邸に引き取られた事情を知らないで、兄妹である頭中将の息子の柏木もいた。
 源氏の弟である蛍兵部卿宮も、長年連れ添った北の方を亡くして、ここ三年ばかり独身で淋しくしていたが、兄弟の間柄であるのでなん気兼ねなく玉鬘を妻にと源氏を通して玉鬘に求婚した。
 宮は今朝も、すっかり大層酔うて居る振りをして、藤の花を冠にかざしとして付け、玉鬘に想いを寄せているのでしなやかな身振りで、浮き浮きと騒いでいる姿は、身分柄まこと優雅である。源氏も、かねてから蛍宮の妻にと考えていたので心の底で予想通りの展開になったと思うのであるが、しいて知らない顔をしていた。
 源氏と杯の遣り取りをしているうちに、源氏のさす杯に、酔いが回った様子で、
「姫のことがなければこのままもう失礼したいほど酔いが回っています。とてもたまりません」
 とあんに玉鬘のことをほのめかして源氏の杯を断る。
 紫のゆゑに心をしめたれば
     淵に身投げむ名やは惜しけき 
(私は源氏の弟、玉鬘は私の姪になる。その様な縁故のせいで、私は姫君(玉鬘)に心を一杯にした。思い込んだのであるから、たとい私は淵に投身するとしても、姫君の故ならば評判が立っても、惜しいか、惜しくはない)

 蛍宮は詠んで、兄の源氏に、自分が冠に挿しているのと同じ藤の枝を差し上げた。源氏はにっこりと笑って、

 淵に身を投げつべしやとこの春は
     花のあたりを立ち去らで見よ 
(淵に身を投げるだけの価値があるかどうかこの春の花の近くを離れないでよく御覧なさい)

 と帰ろうとする弟の宮を無理に引き止めるので、宮は帰ることが出来ない、源氏にとって今朝の遊びは、いっそう面白くなった。

 源氏と紫の屋敷で舟遊びから管弦の催しがあった翌日は、秋好中宮の御読経の初日なのであった。御読経とは二月と八月、即ち春秋二期に、四日問に亙って大般若経読誦がある。これを季の御読経と言うのであるが、この春は三月二十日も過ぎたので、都合があって延期したのであろう。そのようなことで昨日の宴会から居続けている上達部や親王達は自邸に帰らず、六条院にめいめい休息所を与えられていたので、宿直装束という夜の装束である直衣から、日の装束という束帯姿の公事に着用する正服装束に着替える人も多くいた。何かの都合で退出する人も何人かいたし、替えの衣装を取りに走らせた者もいた。
 午の刻ころに、皆中宮の住む館の方へと移動した。源氏を始めとして、上達部、親王達それぞれ所定の場所にずらりと並んで着席する。上達部以外の殿上人なども、残らず集まっていた。源氏の勢いで、高貴で、堂々とした立派な御法会が粛々と進行したのであった。
 源氏の妻の紫からは供養のための花が贈られ供えられた。鳥の姿と蝶の姿の衣装を身につけた舞の童女八人を、似通った顔の者を集めて舞台に上げた。仏供養の法会などに演ぜられる、鳥の衣装の童女四人は唐の国から伝来した迦陵頻の舞、蝶の衣装は日本古来の胡蝶楽の舞で、どちらの舞も極楽浄土に関係あるものである、鳥の組には銀の花瓶に桜を挿し、蝶の方は、黄金の瓶に山吹を、花房一杯に咲いた色艶の優れたものを選んであった。
 舞は船上で舞われるので池の隅から漕ぎ出して、皆さんが観覧する前にまで漕いできたときに風が吹いて、瓶の桜が少し散り交う。少しもやが交ったまことにうららかな春の日に、かすんだ水面から現れ出た二艘の舟は、とても素晴らしく優美に見える。昨日の源氏の屋敷では楽箏はわざわざ平張を建ててその中で演奏をさせたのであったが、中宮の住むこちらの館は御殿に続いている渡廊を、演奏する場所にして、楽人はそこに居並んで演奏をしていた。
 童女たちが舞ながら岸に近づいてきて、御殿正面の階段下に寄ってきて、手に持った幾種もの花をさしだし、それを勤行の間香を持って僧の間を回る行香の人々が階段を下りてきて受け取り、閼伽棚に花を捧げた。

 紫は自分から中宮に送る文を、源氏の息子の夕霧を通して中宮に渡してもらった。

 花園の胡蝶をさへや下草に
      秋待つ虫はうとく見るらむ
(春がお嫌いで、春を楽しんで飛び回る花園の胡蝶までを下草に隠して秋が来るのを待っている松虫は、同じように秋が来るのを待っている貴女をうっとうしい奴と見ていることでしょう)
 中宮は、昨年の秋に紫に送った歌

 心から春まつ園はわが宿の
       紅葉を風のつてにだに見よ
(お好みで春をお待ちのお庭では、せめてわたしの方の紅葉を風のたよりにでも御覧あそばせ)

 の返事であると、にっこりとほほ笑んで読んでいた。昨日の舟遊びに源氏に招待された女房たちも、
「花園の胡蝶などと歌に言われる通り、なる程、南の御方の春の景色は」
「中宮様でもとても適うことは出来ませんね」
 と、昨日の紫の庭の花の美しさにうっとりして口々に昨日の模様を中宮に伝えていた。
 鴬のうららかな鳴き声に、迦陵頻の奏楽である「鳥の楽」が加わってはなやかに響きわたり、さらに池の水鳥もあちこちで囀ると、奏楽の拍子早くなり曲の終わりになった。舞も楽も余韻を残して名残惜しく優雅であった。「蝶の楽」の舞は、「鳥の楽」には見られないまるで胡蝶がひらひらと舞い上がって、山吹の垣根の周りの花の中を出たり入ったりして飛び回っているようであった。
 楽が終わると中宮の職員達、また高貴な殿上人たちが、中宮からの褒美を取り次いで、舞姫であった童女に渡していた。鳥の舞姫は桜襲の細長、蝶の舞姫には山吹襲の細長を与えた。この褒美は中宮が前々から準備してあったようである。楽の奏者たちには、歳をいった者には白の単衣一襲、若い人には巻絹などを、身分に応じて与えられた、若い人は戴いた絹巻きをすぐ腰に差すので腰差と言われていた。紫の文を届けた夕霧は、中宮着用の藤襲の細長を添えて、女装束を与えた。中郡の紫への返事は、