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私の読む「源氏物語」ー34-初音

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 源氏の行動を非難する者もいる。源氏も心得ていて二日の早暁には南の自分の屋敷に帰る、明石は、
「特に、こんなにまあ、早く帰邸なさる事もあるまい」
 と、思うほどの朝早くである。明石上の不満は、それとして又、紫上も、源氏が明石方に泊った事を、「元日から目立つことをする、」
 と気まずい態度である。
 明石は源氏が帰った後も、満足しきっていない体をもてあましていた。
 源氏の帰りを待っている紫も、本妻のこの私を差し置いてと、嫉妬心がふくらんでいた。源氏はそのようなことを察して、紫に、
「酒を過ごし、うたた寝をしたまま、寝てしまいました。若い者の様に眠ったら目がさめないのを、貴女が女房をよこして、起してくれればよかったのに」
 と紫に言い訳をしながら機嫌を取る源氏を見てその辺にいた女房達が苦笑いをしていた。源氏はこれ以上は煩わしいことと、部屋に入り寝てしまい昼頃に起き出してきた。

 明けて今日、二日は、摂関白家では臨時に大臣や公卿達を招いて宴席を設け饗応などをした。太政大臣である源氏もそのしきたりに従って大勢の客を招いたので、その応対の忙しさに取り紛らして、元日にもかかわらず明石の許に泊った事を、内心に咎めて、紫上に恥ずかしい気がするのであろう、紫上に顔を見せなかった。殿上を許されている上達部に親王方すべての人が六条院に集まっていた。管弦の演奏があり、主人から来客へ贈る引き出物・祝儀や褒美として衣類をその人の肩にかける禄、かずけもの、どれも二つと無い立派な物であった。この場に集う人たちの大半は、
「私も負けてはいないよ」
 とばかりに顔形や衣装を立派にしている中に 、多少でも、せめて源氏に似ていた人でも一人一人を、取出して見ては、芸能に勝れた人が、沢山居られる当世であるけれども、さて源氏の前に立つとすべての点に優れている源氏にはとうてい及びもつかないのである。困った事である。とうてい源氏の前には現れることが出来ない位の低い者たちでさへ、六条院に参上するときは気の配り様が格別なのであった。その下っ端の者達よりも、上達部の若者達は噂に聞く美貌の玉鬘の婿になろうと、表の顔は何と言う事もないようにして、内心では、どうにかして玉鬘を我がものにと気をつかって緊張して参集しているので、例年に比べると若者の数が遙かに多かった。日が暮れ始める頃になるとか花の薫りを運んでくる夕風が、六条院に吹き込んできて、その風に誘われるように庭の梅が咲き出して、管弦の音色も美しく、此の殿という催馬楽 

この殿は むべも むべも富みけり 三枝の
あわれ 三枝の はれ
三枝の 三つば四つばの中に 殿づくりせりや 殿づくりせりや
(この殿は なるほどなるほどお金持ちになった
 三枝の ああなんと 三枝の はればれしい 三枝の 三棟も四棟も連なった 御殿を建てたよ 御殿を建てたよ)

 を謡い出した。調子を取って歌うのが、大層賑やかである。源氏も自分の幸運を祝って歌ってくれているのがわかるが、自分でも時々声を出して歌うのである。特に、茎の三枝に分れている草を吉兆の草といい、ミツマタ・ヤマユリなどの「三枝」の末の方を歌う源氏は、集まった上達部たちにとって、「三枝の 三づば四つば」は三棟四棟と棟が続く源氏の六条院を象徴しているように聞こえて、源氏の御殿の繁盛が、目出度いと思って聞かれるのであった。管弦は源氏が加わって、受け答えをするようになって、つまらない管弦であってもひきたつから、音色も音調もそして庭の花も、一段と優れて見聞されるのであった。

 源氏の参賀にこのように殺到する馬や車の音を、離れたそれぞれの屋敷で聞いている源氏の夫人たちは紫を除いて、自分たちは六条院という源氏の中に庇護されて、まるで極楽浄土の蓮の花の中にいるのであるが、夫人たちは蓮の花がまだ開かないと思い、まだ仏の姿を見ず、仏の説法を聞かず、仏を供養せず、極楽浄土に往生するものの最下位のものを下品と言いその中をさらに、上生・中生・下生にと分けられた下品下生の人のような気持が悪い様子であった。自分たちが源氏の世界の最高の楽園にいることを認識していなかったということである。
 それ以上にこの六条院にこられなかった二条東の院に離れて生活している夫人達、空蝉や末摘花は、年月とともに、源氏の訪れもなく、退屈な生活が続くのであるが、、「世のつらさの見られない山里としてこの地を見て、憂き世を遁れた」
 というように考えてみると、源氏を薄情な人とどうしても恨むことが出来なかった。源氏が現れないという他の不安で寂しいことは何もないので、仏道修行の空蝉は、それ以外のことに気を散らすことなく精進し、仮名文字のさまざまの書物の学問に、ご熱心な末摘花は、その道に励み、生活面は源氏が十分にしてあげているので確かな基盤があって、まったく本人達の希望どおりの生活である。源氏は六条院での諸行事を終えてから、二人の住む二条東院に訪れた。
 常陸宮の娘である末摘花は、親王の身分があるので、落ちぶれているのが源氏には気の毒に思い、誰が見ても立派にそれ相応の生活をしていると見えるように、たいそう行き届いた扱いをしていた。源氏が知り合った頃の末摘花の盛りに見えた美しい髪も、歳とともに衰えて行き、現在では、以前よりもずっと、古今集の忠峯の歌(九二八)「おちたぎつたきのみなかみ年つもりおいにけらしなくろきすぢなし」(激しい勢いで落ちている滝も、上流は年を取り老いてしまったらしい。髪が白くなって黒い筋が一本もない)という歌そのまま、醜い白髪交りの横顔などを、気の毒と思い、源氏は末摘花と正面から対座することが出来なかった。
 年の末に贈った柳襲は、自分が思ったとおりなるほど不似合いだと見えるのであるが、一つは着ている末摘花のせいでもあろうとも思った。紅色が古くなって黒くなった柔らかい絹の掻練で、さわさわと音のする程に張った一枚の上に、源氏から贈られた柳の織物の袿を着ているだけで,とても寒そうで痛々しい感じである。持っている襲の衣などは、どのようにしたのであろうか、と源氏は思う。 
 ただ特別な鼻の色だけは、霞にも隠れることなく目立っているので、源氏は彼女の前というのについため息をついて、わざわざ几帳を引っ張ってきて自分と彼女の間を隔ててしまった。しかし末摘花は源氏の気持ちを察することもなく、我が夫の源氏は、このようにやさしく変わらない愛情を私に注いでくれていると、気持ちは楽になり信頼している様子は、いじらしいものである。
 顔の醜さの他にも末摘花は普通の身分の人とは違って、気の毒で悲しい身の上の女と、源氏は思うと、彼女がとても可愛そうで、私だけでもこの女を援助しなければと、気にかかるのは、男ではめったにないことである。末摘花の源氏に語りかける声も、たいそう寒そうに、ふるえながら話しをするので。源氏は見かねて、
「衣装のことなどを世話をする女房はどなたですか。このように気の置けない生活をなさってお出でであれば、ひたすらくつろぎなさって、着ている衣装も糊気がなくなり、なかに綿をたっぷりと入れて柔くなった着物が、如何にも暖くて良いよいのです。見栄えだけを考えての身なりは、感心しません」