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私の読む「源氏物語」ー33-玉鬘後半

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「あのような山里で長年住んでいたというので、どんな女であろうかと見くびっていたのだが、かえってこちらが恥ずかしくなるようなくらい美しい娘でした。このような姫君がいると、何とか世間の人々に知らせて、弟の兵部卿宮などが、常々この邸の女達に好意を寄せている心をますます騒がしてみたいものだ。風流人たちが、たいそうまじめな顔ばかりして、この屋敷に訪れる者たちがきまじめな態度で来るのは、彼らの心を揺さぶるような女性がいないからである。玉鬘の存在が知れようものなら、今のように平然とはしていられなくなる男たちの心を見てやろう」
 と、紫は、
「変な親ですこと。まっさきに男の心を狂わすようなことをお考えになるとは。貴女のお気持ちはよくありませんよ」
 と源氏に言う、
「ほんとうにあなたを、昔に今のような自分の気持ちだったならば、あの二条院で男達を狂わすようにし向けてみたかったですね。何も考えなくただ一途に貴女を北の方にしてしまったものよ」
 と言って、源氏が紫に笑いかけると、紫は顔を赤くしている、その姿がまだまだとても若く美しい様子であった。源氏は硯を引き寄せ、手習するように、

 恋ひわたる身はそれなれど玉かづら
       いかなる筋をたづね来つらむ 
(ずっと恋い慕っていたわが身は同じであるが、その娘はどのような縁でここに来たのであろうか)
 ああ、奇縁だ」

 と、そのまま独り言を言うのを紫は、
「なるほど、玉鬘は深く愛した女の忘れ形見なのだろう」
 と源氏の姿を見とれていた。

 源氏は夕霧にも玉鬘のことを説明して、
「このような人を尋ね出したので、お前も姉弟であるから気をつけて親しく訪れなさい」
 と言うので、夕霧は早速花散る里の許にいる玉鬘を尋ねた。夕霧は玉鬘に丁寧に初対面の挨拶をする、
「身分もまだ低い若輩者ですが、こんな弟もいると、すぐにでもお声をかけて戴きたかったですよ。お引っ越しのお手伝いもいたしませずに」
 と、素直に自分お気持ちを訴えるので、側で聞いている筑紫からの女房達は事情を知っているので夕霧の言葉を聞くのが辛いようであった。
 玉鬘は筑紫では大弐の屋敷がこの地方としては思いっきり贅を尽くした住まいではあったが、今自分に与えられたこの六条の花散る里が住む屋敷に比べるとあきれるくらい田舎びていたということが分かった。部屋の内装や調度品をはじめとして、現代風の上品な仕上がりで、親、姉弟として親しくお付き合いさせていただく紫の上、明石の君、夕霧そして中宮の方々の、お姿や仕草が、目もくらむほど優雅に思われるので、玉鬘に従って参っている女房の三条も今から思えばあの筑紫の大弍をなんでもない普通の男であったと、軽々しく思うのであった。まして、玉鬘にしつこう言い寄ってきた大夫の監のふてぶてしい鼻息や態度は、思い出すのも忌ま忌ましいと腹を立てていた。
 玉鬘は筑紫よりいろいろと骨を折ってここ都まで自分を無事に連れてきてくれた、乳母の長男豊後介の気持ちを立派なものだと理解し、右近もそう思っていた。源氏は姫達が移り住んで落ち着いたところで、
「姫の扱いを大まかにしておいたら、姫の暮しに不行届きも生じよう」
 と考えて、玉鬘付きの家司たちを任命して、しかるべき事柄を決める。その家司の一員に豊後介も加えた。
 豊後介は沈滞しきっている筑紫の勤めにはほとほと気乗りがしない毎日であったが、都で源氏の家司に加えられ、気持ちが急にすっかり変わり、なんでどんなにあがいても自分のような者が出入りできるようなことが出来ない源氏大臣の屋敷内を、朝な夕なに出入りし、人を指図して、事務を行う身、となることができたのは、たいそう名誉を得たことと思うのであった。源氏の気配りが、隅々まで行き届いて世にまたとないほどの人物であると、玉鬘一家はたいそうもったいない厚遇を受けていると思っていた。。


 年の暮になるとそれぞれの夫人たちの部屋の飾りが始まる、源氏は玉鬘の部屋の飾りや、仕える女房たちの装束などを、六条やその他外に住む外の夫人たちと同じように考えておいたが、源氏は、
「玉鬘はなかなかの美人ではあるが、衣装選びは田舎者のような趣味でありはしないか」
 と、彼女を山里育ちのように軽く想像して、自分の好みで玉鬘のために仕立てさせたのを、差し上げる折に、源氏からの頼みであるといろいろな織物を、職人達が我も我もと、技を競って織って源氏の許に持って上がった。その衣装は細長や、小袿で色とりどりで、様々な模様であるのを源氏は見て、
「たいそうたくさんの衣装ですね。それぞれの方々に、羨みがないように公平に分けてやるとよいですね」
 と、紫の上に告げると、紫は直ちに六条の御匣殿で仕立て上げた物や、紫の許で仕立てさせたもの、すべてを源氏の前に並べるのであった。
 そのすべてを見て源氏は、こと衣装に関しては紫は特別の才能がある、そこらでは見られない色合いや、艶っぽい染めを出させるので、このような女はめったにいないと思うのであった。
 絹や布を砧で打ってつやを出す仕事をするあちらこちらの擣殿から進上したいくつもの擣物を源氏は見比べて、濃い紫や赤色などを、いろいろと選んで、女房達にいくつもの御衣櫃や、衣箱に入れるように言う。その場に年配の女房たちが伺候して、
「これは、あのお方に」
「あれはあのお方に」
 と取り揃えながら入れていく。紫の上もその作業を見ながら、女房達に
「どれもこれも、優劣は付けかねるようなもののようですが、選ぶときにはお召しになる方のことをよく考えて、その方の姿に似合うように選んで差し上げなさい。お召し物が似合わないのは、みっともないことですから」
 と注意しうるのを、源氏も笑って紫に、
「何気ない風でそれとなく、着物の色や柄で他の人たちのご器量を想像しようという考えですか。では、紫はどれを自分に合うと思いですか」
 と紫に言うと、紫は、
「そのようなことは、鏡で見ただけでは、どうして決められましょうか、貴方がお決めになればよろしい」
 と、源氏に答えたものの恥ずかしそうにしていた。 紅梅の文様がよく浮き出ている葡萄染の御小袿と、いまはやりの流行色のとても素晴らしいのは、紫用に。
 桜の細長に、艶のある掻練を取り添えたのは、明石の姫君の御料である。
 浅縹の織りだした海辺の波や藻や貝などを織りだした海賦の織物で、織り方は優美であるが、鮮やかな色合いでないものに、たいそう濃い紅の掻練を付けて、夏の御方の花散る里に、鮮明で曇りなく明るい赤色の襲に、山吹の花の細長は、あの西の対の玉鬘に差し上げよと源氏が言うのを、紫の上は見ぬふりをして源氏が選んだ衣装から玉鬘のことを想像する。紫は、
「父親の元の頭中将今は内大臣が、はなやかで、ああ美しい男と見える一方で、優美なところが欠けているのに似た娘だろう」
 と、幾分妬み心もあって推量するのを、紫は人に知られないようにと顔色には出さないが、源氏が紫を見ると、紫は平静ではないなと思うのである。