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私の読む「源氏物語」ー33-玉鬘後半

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「いやいや、この衣装選びは、もらった当人は腹を立てるに違いない。こちらがよいものだと言っても、物の色には限度というものがある。人の器量というものは、誰もが劣っていると見ても、また一方ではやはり奥の深いものであるから、物と人間の美醜とは比較することは出来ないよ」
 と言う。

 あの末摘花の衣装に、表は白、裏は青の柳の織物で白い表には、由緒ある唐草模様を乱れ織りにした、とても優美な物を選ぶが、末摘花には少し派手すぎて似合わないと、源氏は人知れず苦笑した。

 表着は梅の折枝に、蝶や、鳥が、飛び交い、唐風の白い浮き模様の小袿に、濃い紫の艶のあるのを重ねて、明石の御方に。選ばれた衣装から紫は明石の君を想像して彼女が気品がある女と見る。紫は明石のことを憎らしいと思った。

 源氏には空蝉の尼君とはまだ彼女が夫のある身であるにかかわらず、懸想をして夜這いをしたのであるが、もう少しで体の関係が出来る処まで行ったのであたが、彼女の機転で体を交わしたのは別人の女であった。そんな苦い過去があるにもかかわらず、彼女が夫と死に別れ入道した後も世話をし続けているのである。その彼女には尼君であるので薄黒味の濃いい青色の織物が沢山気の利いた小桂を並べてある中から見つけて、それに自分の衣装にと取ってあった梔子色の黄色の下襲を添えて贈った。全員に元日に着ることを手紙に書いてもれなく回した。その意味は
「どのように送り先の女どもが似合っているのを見よう」
 という源氏の魂胆であった。

 六条院の中に住んでいる源氏の女達はすべて、戴いた衣装へのお礼の手紙は立派なものであり、衣装を持って行った使いの者への駄賃である禄も、それぞれ大変気を使った品物を使者に授けていた。しかし、末摘花は、未だにもとの二条院の東院に住んでいて、六条院内の女達よりも遠くに使者は贈り物を持って行かねばならないので、遠くのところをご苦労でしたと、末摘花は少しは考えてもよいのであるが、几帳面な性格であるので、こういう際の定まった形式をそのままで、山吹の袿でそれも着古して袖口がたいそう傷んでいるのを、普通ならば下襲を付けて渡す物であるのに、そういうこともせずに渡された。源氏に対する礼状は、とても香ばしい陸奥国紙で、少し古くなって端の方は黄ばんでいる紙に、
「源氏様の訪問もなく結構な物だけを戴きまして、かえって恨めしゅうございます。

 着てみれば恨みられけり唐衣
      返しやりてむ袖を濡らして  
(着てみると恨めしく思われます、この唐衣はお返ししましょう、涙で袖を濡らして)

 末摘花の筆跡は、特に古風であった。源氏はそれを微笑を浮かべて読み下し、、暫く文面を見つめているので、横にいた紫の上は、どうしたのかしらと源氏の手にする文を覗き込む。
 使いの者に渡した禄が、粗末な物でみすぼらしく体裁が悪い事をしてくれたと、源氏の機嫌が悪かったので、紫はこっそりと源氏の前から退出した。
 末摘花が使者に渡した禄を見て、小声でささやき合って女房達が笑う。源氏は末摘花がこのように古い習慣にとらわれて、現在では体裁の悪いことを平気ですることが、あの女は利口ぶって、やることなすことに自分は手を焼くのだと思うと、源氏は女房達がどう思っているかがはっきり分かるので、気恥ずかしくしている目もとであった。

 源氏はまだ末摘花の文を手にして、
「本当に恥ずかしい女であるよ。古風な歌を詠む人は、『唐衣』、とか『袂濡るる』といった恨み言から離れることが出来ないようですね。自分も、同じように古風な男ですが。一つの歌の型に凝り固まって、現代風の詠み方に変えないのが、立派と言えば立派なものです。人々が集まっている中にいることを、何かの折ふしに、御前などにおける特別の歌を詠む時には仲良く楽しむ『まどゐ』が欠かせぬ三文字なのですよ。恋をする風流な贈答には、『あだ人の』という五文字を、少し気を休める第三句に置いて、上の句と下の句の続き具合が落ち着くような感じがするものです」
 などと源氏は内心では末摘花を嘲りながら笑い、
「多くの草子を読んで、また歌に詠い込む言葉に、精通して、その中から言葉を取り出して、詠み馴れた歌の体裁と調子はあまり変わりがあるものではない。末摘花の父君、常陸の親王がお書き残しになった紙屋院で漉いた紙に書かれた草子を、彼女が読んでみなさいと贈ってよこしたことがあった。和歌で使われる言葉の訳や秘説、詠歌の心得がびっしりと書かれてあって、歌に詠み込むのは避けることが多く書いてあったので、私はもともと歌が苦手としたので、その草紙を読んでますます身動きがとれなくなると思えたので、面倒な草紙であると返してしまった。その娘であるので彼女は歌の心に精通しているはずであるが、この歌は至って平凡でありふれたものであるよ」
 と、源氏はおもしろがっている様子を末摘花が見れば、気の毒なことである。紫の上は夫がこのように末摘花を馬鹿にしているのを見て、真面目に
「どうして、その草紙を返してしまわれたのですか、書き写して、明石の姫君にもお見せなさるべきでしたのに。私の手もとにも、ありましたが何かの中に仕舞ってあったら、虫がみな食ってしまいました。その草紙をまだ見ていない人は、やはり心得が足りないのです」
 と源氏に言う、源氏は、
「彼女の勉強には、あの草紙は必要がないでしょう。だいたい女性は、何か好きなものを見つけて、それに凝ってしまうことは、他人から見るとよいものではありません。と言ってどのようなことにも、不調法というのも感心しないものです。ただ自分の考え内にしっかりともって、精神をふらつかせず、外面はおだやかに振る舞うのが、誰から見た目にも無難というものです」
 などと紫に言う。源氏は末摘花に返歌をしようとはまったく考えていないので、紫は、
「差し上げた衣装を返してしまおう、と書いてありますから、そのようなことをしないようにと、こちらから返歌なさらないのも、何かひねくれているようで礼儀に外れていましょう」
 と、源氏に強く言うので、源氏は思いやりのある心なので、返書を書く。末摘花には気兼ねするところがないので源氏は、とても気安くすらすらと認めた。

 返さむと言ふにつけても片敷の
        夜の衣を思ひやるかな 
(衣を裏返して寝ると夢の中で恋しい人に会える、その衣をお返ししましょうとおっしゃるにつけても、衣を返して独り寝るあなたをお察しいたします)
 ごもっともですね」

 と書き記したように紫は思った。
(玉鬘終わり)