私の読む「源氏物語」ー33-玉鬘後半
姫の母の夕顔は、大変若くおっとりした性格で、体もなよなよと、しなやかで丈夫そうではなかった。しかし、この姫君は気品が高く、動作などもこちらが恥ずかしくなるくらいに、優雅でお体も丈夫そうに見える。そうなると右近は筑紫の地は田舎でなくて奥ゆかしい都のような雰囲気の街であると思ってみるが、今までに筑紫から上京してきた人たちは皆、田舎者で、その点玉鬘の態度との違いが合点が行かないのであった。
そのようなことをしていると日が暮れたので、再び御堂に上って、二日目の勤行しに入って過ごした。
御堂には秋風が、谷から吹き上がってきて、とても肌寒く感じられる上に、玉鬘の一行は右近達にあって感慨無量である、いろいろなことがそれからそれへと連想されて、姫はとても人並みになるようなことは難しいことであると消沈していたのであるが、この右近と話をしている中に、姫の父内大臣の様子、内大臣の外の妻達の子供たちも、皆一人前になっていることを聞くと、姫のような日陰者も将来が頼もしくなるのではと思うのであった。
別れて宿を去るときも、互いに住所を聞き交わしたが、右近はもしも再び姫君の行く方が分からなくなってしまってはと、そのことが心配であった。右近の家は、六条院の近辺だったので、九条に住む玉鬘の家とは程遠くないので、これからしばしば会えることが出来ると嬉しい気持ちであった。
右近は六条の源氏の屋敷に帰参した。玉鬘一行と初瀬で偶然に巡り会ったことをぢょっとでも源氏の耳に入れておこうと、初瀬から帰るやすぐに急いで六条の屋敷に参上した。右近は長谷寺参詣のために里帰りを願い出たのは、源氏が二条から六条の新宅に移る前のことであったので、車で門を入るや、二条の屋敷と違ってとても広々として、源氏の前から退出や参上する車が多く行き来している。高貴な身でもない者が出入りするのも、気が引けるようなまぶしい宝玉のような感じの御殿である。その夜は源氏にも紫の上にも参上しないで、初瀬のことをどう告げようかと思案しながら与えられた自分の部屋で寝た。
翌日、昨夜里から帰参してきた古参の女房、身分の高い若い女房たちの中から、特別に右近が召されたので、何となく気分が晴れがましい。
源氏が右近が参上するのを見て、
「里帰りが長かったが、何事かあったのか。右近にとっては珍しいことであったな。若い娘のように若変っていい男でも出来たのかな。ほれ、心がわくわくするようなことでもあったのであろう」
などと、源氏は例によって右近が簡単に返事が出来ないような、冗談を言うのである。右近は、
「お暇をいただいて、七日以上過ぎましたが、殿がおっしゃるような艶っぽい面白いことなどあるはずがありません。初瀬へ詣でようと山歩きいたしまして、とても懐かしい人にお逢いいたしました」
「右近誰に逐うた、どのような人か」
と源氏は尋ねる。右近は、
「ここで申し上げると、私の主人である紫の上にまだお聞かせ申さないで、先に源氏に申し上げてしまっては、紫の上が後でお聞きになったら、自分と源氏とに差を付けたとお思いになるのではないか」
などと、思い悩んでいると女房が何人か源氏の前に現れたので、右近は、
「そのうちにお話申し上げましょう」
と言って、話を中断させた。
日が暮れて大殿油などを点灯して、源氏と紫がゆったりと並んで座っている様子はたいそう美しく見ごたえがあった。源氏は三十四歳、紫は二十七歳、二人とも今が人生の最上期であるから、益々艶やかになっていく。少し日を開けて再び参上すると、「また一段と美しくなられた」と女房達は感じるのである。
そんな二人を見て右近は、あの玉鬘姫君を素晴らしい、今目の前の紫の上に負けないくらいだと見るのであるが、よくよく観察をすると、やはりこの紫が優れて見える、右近は「運のある方とない方との違いが出てきているのである」と何となく感じていたのであった。
源氏は寝すもうとするが右近を離さず、右近に足をさすらせる。
「若い女房は、疲れると言って嫌がるようだ。やはりお互いに歳を取った者同士は、気が合ってうまくいくよな」
と源氏が言うと、周りの女房たちはくすくすと笑う。女房達は、
「そうで御座います」
「誰が、右近様のように慣れたおつかいに、嫌がりましょう」
「殿がお答えできないようなご冗談をおっしゃるのが、たまりませんので」
などと女房達は互いに源氏に言う。
「紫の上も、右近は歳を取った者であると見ているが、歳とった者同士が仲よくし過ぎると、それはやはり、ご機嫌が悪くなると思うよ。妬み心がないようには見えないから、あまりなれなれしくしては危険なものだ」
などと源氏は右近に足をさすらせて気持ちよさそうに話しかけて笑っている。気持ちもほぐれてきたのか右近の添い寝を望んでいるように見えてきた。
源氏は今は太政大臣という最高の地位にあるので、宮中に上がっても、細々した政務は下の者に任せているので、忙しい身体でもない、世情の変化にものんびりとした気持ちでいるので、源氏はとりとめもない冗談を言っては女房たちの反応を楽しむので、右近のような古参の女房までからかうのである。源氏は右近に改めて、
「お前の言うとても懐かしい人に逢ったというのは、どのような人か。初瀬の山歩きをしたと言うから、尊い修行者と親しくなって、都へ連れて来たのか」
と冗談めかして尋ねると、右近は、
「まあ修行者とは、なんと人聞きの悪いことをおっしゃいます。去る年若くしてはかなくお亡くなりになった夕顔の露と縁のある人と、初瀬で偶然にもお会いしたのです」
と答えると源氏は驚いて、
「そうか、ほんとうに、思いもかけないことがあるものだ。それでこれまでの長い年月どこにいたのか」
と源氏が驚きの顔で右近に尋ねる、右近は初瀬で聞いた乳母の話をそのままには申し上げにくいので、
「どこか辺鄙な山里に、五条のあの屋敷におりました昔からの女房も幾人かは、変わらずに仕えておりましたので、当時の話をいたしまして、たまらない思いが致しました」
などと源氏と紫に向かって右近はお答えると、源氏は、右近に、
「分かった、その辺にしておこう、事情をご存知でない方の前だから」
と紫から隠してしまおうとすると、紫の上は、
「まあ、難しい話をなさって、私は眠たいので、耳に入るはずもありませんのに」
と言って袖で耳を塞ぐのであった。その姿を見て源氏は改めて右近に少し小さな声で、
「その姫の器量などは、あの昔の夕顔に劣らないだろうか」
などと尋ねる、右近は、
「私は母君の夕顔様のようにはあるまいと思っていましたが、お会いしましたら、格別に優れてご成長なさってお見えになりました」
と答えるので源氏は持ち前の女への興味から、
「それはなかなか楽しみの事よ。誰くらいに見えますか。この紫の君とは」
と右近に尋ねると、
「とんでも御座いません、どうして、それほどまでは」
と答えるので、
「そこそこの美人だな。わたしに似ていたら、安心だ」
と、玉鬘の実の父親のように右近に言うのであった。
作品名:私の読む「源氏物語」ー33-玉鬘後半 作家名:陽高慈雨