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私の読む「源氏物語」ー33-玉鬘後半

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勤行の初夜が開けたので、一行は右近の知り合いの僧都の坊に下がった。玉鬘の一行と、心おきなく話をしようというのでる。玉鬘が旅に疲れたうえに自分の身なりをひどく質素にしているのを恥ずかしく思っているのが、かえって立派に見える。右近は、
「私は、思いもかけず高貴な源氏の方にお仕えすることが出来まして、大勢の高貴な方々を見てきましたが、源氏様奥様の紫の上様の美しさに並ぶ方はいらっしゃらないと、長年拝見しておりましたが、また一方に、ご成長されてゆく明石姫君のご器量も、当然のことながら優れていらっしゃいます。源氏様紫の上様が姫を大切にお育て申し上げなさる様子も、又とないくらいですが、このように旅の疲れの上に質素にしていらっしゃる玉鬘姫君が、明石の姫君に決してお劣りにならないくらい美しくお見えになりますのは、めったにないお美しさであります。
 源氏君は、御父桐壺帝の御時代から、多数の女御や、后をはじめ、それより以下身分の女達すべてを見渡されて、今上冷泉帝の御母后藤壺の方と申し上げた方と、明石の姫君とを、『美人とはこのような方をいうのであろう』とお話になることが再々です。 私は源氏様のおっしゃる方々と、明石の姫君とを比べますに、あの后の宮藤壺様は私は存じませんが、姫君はおきれいでいらっしゃいますが、まだ、七歳とお小さくて、これから先どんなにお美しくなられることかと心配です。
 紫の上のご器量は、やはりどなたも及ばないほど美しいと、お見えになります。殿も、紫の上様を美人で優れているとお思いでいらっしゃいますが、妻のことを口に出しては、どうして褒められないので。紫の上に『わたしとのようないい男と夫婦でいらっしゃるとは、あなたは分不相応ですよ』と、ご冗談を申し上げていらっしゃいます。
 源氏の君と北の方の紫の上様を見ていますと、その美しさに寿命が延びるようで御座います、そして、このように美しい方が他にいらっしゃるのだろうかといつも思っておりましたところ、この玉鬘姫君はあのお二方に劣ったところが全くございません。美人と申しても限度があるものですから、どんなに優れて美しい方であっても、仏が頭上から光をお放ちになるような飛び離れた美人という者は居られません。ただ、玉鬘姫のような方をこそ、すぐれたお美しい方と申し上げるべきでしょう」
 と、右近は微笑んで玉鬘を見るので、乳母の老人も胸中にいろいろと思い出しながら嬉しく思うのであった。。

 乳母は右近の話を聞いて、
「このようなお美しい方を、危うく辺鄙な筑紫の土地に埋もれさせてしまうところでしたのを、私たちはとても残念で悲しく、家族や家を捨てて、次男三男やこの子の姉のおもと家族を筑紫に遺して、あまりにも離れていましたのでかえって見知らない世界のような心地がする京に上って来ました。
 右近殿、玉鬘様を早く良いようにお導きくださいまし。貴女のように高貴な宮に仕えなさる方は、自然とそれなりの交際もございましょう。姫の父君内大臣にお知らせ願って、お子様の中に加えていただくようにお考えくださいませ」
 と言う。二人のやりとりを聞いていた玉鬘は、自分のことをあまりにも褒めちぎられるのが恥ずかしく、後ろを向いていた。右近は、
「いいえいいえ、わたしはとるにたりない下の女房で御座います、それでも源氏様は御前近くにお使いになってくださいますので、機会あるごとに、『夕顔様の姫君はどうおなりあそばしたことでしょう』と申し上げるのを、気にかけて下さっておられるのでしょう、『わたしも何とか姫をお捜し申したいと思うが、もし右近が何か彼女の消息を聞いたならば必ず自分に知らせよ』と、源氏様は何回も仰せになっています」
 と言うと、乳母は源氏が昔に変わらずこの姫を我が女にしようとするであろうと右近に、
「源氏の君はご立派な方でいらしゃても、あの方にはれっきとした奥方様たちがいらっしゃると聞いています。右近様まずは実の親でいらっしゃる頭中将の内大臣様にお知らせ申し上げなさってください」
 などと言うので、乳母はなんとしてでも父親に知らせたいと思っていると右近は察して、昔夕顔が源氏に連れ出されてあの河原院で急死した夕顔の最後など昔の事情を乳母に話し出し、
「源氏様は夕顔様を亡くされてのち、忘れることが出来ないで、『夕顔様の代わりに姫をお育て申し上げよう。自分は子どもも少ないので寂しいから、自分の子を捜し出したのだと世間の人にはそう言って』と、夕顔様亡き後から仰せになっているのです。
 私は夕顔様が亡くなられたことで気が動転して考えがまともでなかった、それにいろいろと気を遣わねばならないことが多くあったので、五条のあの屋敷に姫を訪ねて参るわけに行かず、そのうちに乳母殿の旦那が大宰少弍に就任されたことを知りました。赴任の挨拶に源氏様の前に伺候されたときに、ちらっと少弐様のお顔を拝見しましたが、声をかける機会がありませんでした。
 乳母殿が筑紫に下られても姫君はあの、あの昔の夕顔の咲く五条の家にお残してのご出立とばかり思っていました。ああ、私は考え違いをしていました姫君があのような田舎におられたとは、何ともったいない、そのままでは田舎者におなりになってしまうところでしたねえ」
 などと、お話しながら、一日中、昔話や、姫君との再会のお礼の念誦などして送った。

 一行が休んでいるところは、初瀬へ参詣する人々の流れが、見下ろせる少し高台の所である。前方を流れる川は、初瀬川というのであった。右近は、

 二本の杉のたちどを尋ねずは
       古川野辺に君を見ましや 
(二本の杉の立っている長谷寺に参詣しなかったなら、古い川の近くで姫君にお逢いできたでしょうか)
 『嬉しき逢瀬です』」

 と古今集にある「初瀬川古川の辺に二本ある杉年を経てまたもあひ見む二本ある杉」の歌を思い出して右近は玉鬘に歌を贈りさらに、「祈りつつ頼みぞわたる初瀬川うれしき瀬にも流れ合ふやと」古今六帖、川、の藤原兼輔の歌を心にして本当に嬉しかったと玉鬘に告げる。玉鬘も、

 初瀬川はやくのことは知らねども
       今日の逢ふ瀬に身さへ流れぬ 
(昔のことは知りませんが、今日お逢いできた嬉し涙でこの身まで流れてしまいそうです)

 と右近に返歌して、右近のことは自分が幼少であったので覚えてはいないのであるが、それでも自然と懐かしさがこみ上げてきて、歌を返すや大泣きしてしまった。その姿が右近にとってとても好感が持てた。傍らに座る彼女の乳母に右近は、
「姫のご器量はこのように素晴らしく美しくいらしても、田舎者で、ごつごつしていらっしゃったら、どんなにかお名前の玉の瑕になったことでしょう。本当にここまで立派にお育てになった乳母殿のご努力は大変なものです」
 と、右近は乳母殿のおとどに感謝する。