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私の読む「源氏物語」ー32-玉鬘

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 と思って、恋文などを書いてた玉鬘に送ってよこす。筆跡など割合小奇麗に書いて、唐の色紙で香ばしい香を何度も何度も焚きしめた紙に、大監自身は上手に書いたつもりの言葉が、いかにも肥後訛りまる出しなのであった。そうして乳母の次男を味方に従えて自分自身で玉鬘の許へと参上してきた。

 大監という武士は、三十歳ぐらいの男で、背丈は高く堂々と太っていて、見苦しくはないが、乳母達が田舎者と思って見るせいか付き合い難そうで、動作が普段見慣れない荒々しく見えるのが、忌まわしく思われる。かおの色つやもよく、声はひどくがらがら声で、饒舌でしゃべり続けている。普通女の許を訪れるのは夜這いと言って夜の暗闇に隠れて来るものであるが、この男はずいぶんと変わった春の夕暮に来訪してきた。古歌にある「何時とても恋しからずはあらねども秋の夕には怪しかりけり」秋の季節ではないが、おかしな懸想人の来訪と乳母は見ていた。それでも大監の機嫌を損ねまいと、一般には玉鬘を孫娘と言っているので祖母殿として大監と応対した。大監は恋する娘の祖母と思っている、
「故少弍殿がとても風雅の嗜み深くご立派な方でいらしたので、是非とも親しくお付き合いいただきたいと存じておりましたが、そうした気持ちもお見せ申さないうちに、たいそうお気の毒なことに、亡くなられてしまったが、その少弐殿の代わりに私がお孫殿を心からお愛申そうと、恥を忍んで気を奮い立てて、今日はまことにご無礼ながら、あえて参ったのです。
 こちらにいらっしゃるという姫君、格別高貴な血筋のお方と承っておりますので、とてももったいないことでございます。ただ、私めのご主君とお思い申し上げて、頭上高く崇め奉りましょうぞ。祖母殿がお気が進まないでいられるのは、妻妾たちを大勢かかえていますのをお聞きになって嫌がられるのでございましょう。しかしながら、大事な孫娘様をそんなやつらと同じように扱いましょうか。姫君をば、后の地位にもお劣り申させない所存でありますものを」
 美辞麗句を無骨な口から大監は言い続ける。聞いていて乳母の祖母は、
「いえどう致しまして。このようにおっしゃって戴きますのを、孫にとってはとても幸せなことと存じますが、あの娘は薄幸の人なのでございましょうか、人には言えない遠慮致した方が良いことがございまして、自分はとても人様の妻にさせて頂くことができないと、人知れず嘆いていますような次第で、私たちも気の毒にと思って世話しておりますが困り果てているのでございます」
 と言う。大監は、
「またっく、そのようなことなどご遠慮なさいますな。万が一、目が潰れ、足が折れていらしても、私めが直して差し上げましょう。国中の仏神は、皆自分の言いなりになっているのだ」
 などと、大きなことを言っていた。
「何日の時に」と大監は嫁取りの日取りを決めて言うので、乳母は、
「今月は春三月であります、三月は縁組みには忌む月で、」
 などと、季節の末の月は結婚を忌む風習があった田舎めいたことを口実にとにかく言い逃れた。

 帰りかけて降りて行く際に、大監はこのような嫁取りの時のしきたりとして和歌を詠むことを思いだし、心得のない身なのでだいぶ長いとき考えて、

 君にもし心違はば松浦なる
         鏡の神をかけて誓はむ
(姫君のお心に万が一違うようなことがあったら、どのような罰も受けましょうと、松浦に鎮座まします鏡の神に掛けて誓います
 この和歌は、上手くできたと我ながら存じます」

 と言って、大監は微笑んでいるのを受け取った乳母はこの歌をどのようにしようかと、馴れない幼稚な歌であること、と乳母は思い。処置に困って、返歌をするどころではなく、娘たちに詠ませたが、
「私は、どうして好いか分かりません」
 と娘はへんな歌でも送って大監に仕返しされるのが怖くてじっとしているので、乳母は返歌が遅くなってはと、思いつくままに、

 年を経て祈る心の違ひなば
       鏡の神をつらしとや見む 
(長年祈ってきましたことと違ったならば、鏡の神を薄情な神様だとお思い申しましょう)

 と震え声で詠み返したのを、大監は薄情な神と言う言葉に、
「一寸待て、神をつらし、とはそれはどういう意味なのあるか」
 と、不意に大監は乳母に近寄ってきた。その様に怖くなって、乳母は血の気を失った。娘たちは若いので内心恐ろしいのであるが、気丈に笑って、
「姫君が、普通でない身体であるのを承知の上で、大監様のせっかくのお気持ちに背きましたらなら、取り返しのつかない思いになるでしょう、祖母はやはり歳を取りまして耄碌いたしておりますから、神のお名前まで出して、うまくお返しが申し上げられなかったのでしょう」
 と大監に釈明する、大監はそれを聞いて乳母の老いた姿を見て
「おお、そうか、そうか尤もである」
 とうなづいて、乳母や娘に向かって、
「なかなか素晴らしい詠みぶりの歌であるよ。手前らは、あなた方から見れば田舎者だという評判でござろうが、そこらの詰まらない民百姓どもではござらん。都の人がどれほどの者か、和歌というものを十分に知っております。けっして我らを馬鹿にしてはなりませぬぞ」
 と言って、大監はもう一首和歌を詠もうとしたが、考えがつかないのか、この場から去ってしまった。一同はほっと安堵したのであった。

 あの恐ろしい独りよがりの大監に乳母の次男三男がまるめこまれたのが、とても怖く嫌な気分になって、乳母は長男の豊後介に京へ上る手段を催促すると、豊後介は、
「さて、いかような手段がありますやら、私にはこれと言って相談できる方がいません。頼りにする二人の弟たちも、大監に私が組まないと言って仲違いして去ってしまい、この大監に睨まれては、ちょっとした私たちの動きも、見破られて思うには行きますまい。見破られてはかえって酷い目に遭うことだろう」
 と、何とか突破口がないものかと考えあぐんでいたが、玉鬘が人知れず思い悩んでいるのが、とても痛々しくて見ておれず、彼女がこのまま生きていてもしょうがないことであると思い沈んだいるのが、今のこの境遇ではもっともだと思うので、豊後介は思いきった覚悟で策を巡らして一行と共に上京する準備に入った。妹たちも、長年過ごしてきた夫や子供達そのほかの縁者を捨てて、玉鬘にお供して出立する事にした。
 乳母の娘二人のうちの妹だけが上京することにした。昔、童女としての名を「あてき」(貴君)といった娘が父の少弐が、昔、京で兵部省に勤めていたのに因んで今は兵部の君と名乗っているが、玉鬘を添うようにして連れてきて、夜深くなって舟に乗って肥前の国を離れた。大夫の監は、肥後国に帰って行って、四月二十日のころの吉日にと、日取りを決めて玉鬘を嫁に迎えに来ようとしているうちに、乳母の一行はこうして彼の手から無事に逃げ出したのであった。