私の読む「源氏物語」ー32-玉鬘
少弍は大宰府の次官。帥・大弐の次の位として庶務を仕事とする役で任期は五年である、夕顔の乳母の夫の少弐は任期が終わったので京に帰ろうとするが、自費で旅をするので京までの遠い旅を賄うだけの格別の財力もなかった。そこで時期が来るまでとぐずぐずしたまま旅立ちしないうちに、自身が重い病に罹って倒れた、自分はおそらく死ぬであろうと思ったときに、夕霧の遺児玉鬘姫が十歳ほどに成長して、世にまれなほど美しいのを見つめていると、
「自分がこのまま死んでしまって姫を世話をすることが出来なくなっては、その先どんなに落ちぶれた生活をするであろう。辺鄙な田舎で成長されること自体が、恐れ多いことであるので、早く都にお連れして、父上である頭中将にお知らせ申し上げて、後は姫の運勢にお任せしよう、都は広い所だからどんな幸運が入ってくるか分からない、しかし自分はこの地で果ててしまいそうだ」
と、心配している。彼には娘の他に男の子が三人いるので、息子達に、
「今はただこの玉鬘姫を、都へお連れすることだけに専念しなさい。私の死んだ後の供養など、考えなくてもよい」
と遺言していたのであった。
少弐も乳母も子供達も玉鬘を誰の子供であるとは、館の人たちにも知らせず、ひたすら、
「孫に当たります娘で、大切にしなければならない訳のある子です」
と、尋ねられるとそう答えてその場をしのいで、姫を誰にも会わせないように、大切に世話をしていた。夫の少弐が急に亡くなってしまったので、乳母達は悲しく心細く、なんとかして都へ出立しようとしたが、亡くなった少弍は性格が真っ直ぐな人であったので同僚や部下の者たちから煙たがられ、街の人たちとも仲が悪かった人が多くいて、旅費の調達が出来ないで不本意にも年を越しているうちに、玉鬘は、成人して美しく立派になるに従って、亡き夕霧の母君よりも勝れて美しく、父の頭中将の血筋まで引いているためであろか、上品でとても理想的な可愛らしい姫である。性質ももおっとりとしていて申し分のない娘であった。
いくら隠していても、美しい女がいるということは自然と外に漏れて好色な男達の話題になる。田舎の男どもが、何とかして関係を持ちたいと手紙を玉鬘の許へと送ってくる者が多くいた。こちらの身分も知らないで滅相もないことであると、乳母達一家は相手にしなかった。そしてそんな男達に、
「それは孫は顔かたちなどは、まあ十人並の娘と言えましょうが、可愛そうにひどく体に不具なところがありますので、結婚させないで尼にして、私の生きているうちは面倒をみようと考えています」
と答えていたので、
「亡くなった少弍殿の孫は、体が生まれつき不自由なところがあるそうだ」
「美しい娘なのに惜しいことだわい」
と、人々が言っているのを乳母が聞くのも忌まわしく、
「さて、どんな方法で姫を都にお連れして、父君の頭中将様にお会いしていただこうか。幼い時分姫君を、とてもかわいいと可愛がっていられたから、いくら何でも長年行方をくらましていたからと、放り出すようなことはされまい」
など考えては、仏神に願かけ都への無事帰還が成就しますように祈るのであった。
娘たちも息子たちは、すでに筑紫の地でそれ相応の嫁や婿を取って住み着いてしまっていた。そんなわけで乳母の心は京へと急いでいたが、都帰還はますます遠ざかっていくように乳母には思えるのであった。姫も次第に事の次第が分かる歳になっていくにつれて、自分の運命がとても不幸せに思うようになて、正月、五月、九月、年三回の大精進の日には真剣に祈願して後生の安泰を願うのであった。二十歳ほどになって、すっかり女盛りになり美しく成人し、田舎には勿体ないほどの美人である。
彼女の住む肥前の国では、彼女の周りにいる少しばかり地位の高い家の若者や女好きの男達は、この少弍の孫娘がものすごい美人であることを聞き伝えて、乳母達から断られても断られても、なおも絶えず訪れてきては何とかして姫との交際が認められるようにと嘆願する者が後を絶たない、その処置に乳母達はほとほと困り果てていた。
地方官の位に少弐の下役に監がある。大監は正六位下相当であるが、従五位下に昇進すると、大夫の監と呼ばれた。肥後の国に一族が広くいて、その地方では名声がり、勢いも盛んで大夫の監と呼ばれる武士がいた。大変無骨者であるが好色な心もあって、美しい女性をたくさん集めて妻妾にしようと思っていた。彼は玉鬘の美貌を噂に聞きつけて、
「どんなにひどい体の障害があっても、私はそのようなことには一切頓着しない性格であるから妻にしたい」
と、熱心に乳母に人を通じたり文を送ったりして申し込んできた。乳母はこの荒々しいい武士である大監をとても恐ろしく思い、
「そのようなことを申されるのであれば急いで、この話はなかったことにして、尼になってしまいます」
と、返事を言うと、大監はこれは急いで無理にでもと、強引に肥前の国まで国境を越えて本人が家来の武士達を連れてやって来た。
乳母の息子達を呼び寄せて、この大監は次のように切り出して相談を持ちかけてきた、
「思い通りに娘を私の妻に出来たら、私はおまえ達をほっては置かない、きっと好い地位と生活を保障しよう、どうだ手を組まないか互いに力になろうよ」
などと持ちかけると、長男以外の弟二人は大監の話になびいてしまった。次男は、
「大監の話は最初のうちは、玉鬘とは不釣り合いで彼女がかわいそうだと思っていたが、大監は我々それぞれが後ろ楯と頼りにするには、とても頼りがいのある人物です。この人に悪く睨まれてしまっては、この国近辺では暮らして行けるものではないでしょう」
三男は
「玉鬘が高貴な血筋の姫と言っても、親からは子として扱ってもらえずに捨てられ、また世間からも認めてもらえなければ、高貴な姫と言うだけで何の意味があります。この大監がこんなに熱心に求婚してこられていると言うことは、姫にとってはお幸せというものでしょう」
次男は、
「そうですよ、姫は前世からの因縁でこの肥前のような田舎までお出でになったのです。逃げ隠れなさろうとも、できることといえばそれが精いっぱいでありましょう」
三男は、
「大監がどうしてもと、怒り出したら、どんな仕打ちを受けるか分かりませんよ」
と乳母の前でそれぞれ怖いことを言うので、
「とてもひどい話だ」
と乳母と長男が聞いて、長男は豊後介として勤務していたのであるが、
「玉鬘を大監という者に娶すのは、とても釣り合わず、口惜しいことだ。亡くなられた父君が遺言されたこともあるから、ここはいろいろと手段を考えて、玉鬘姫をどうしてでも都へ上京させよう」
と言う。乳母の娘二人も話を聞いて悲しみに泣き崩れて、
「玉鬘姫の母君が何処でどうされているか分からないどう言って好いのかわからない状態でのなかで、私たちはそのかわりに、人並な結婚をしていただき、お世話申そうと思っていたのに」
「あのような無骨者の田舎者武士と一緒になり、落ちぶれてしまわれるのは残念なことであります」
と言って乳母の家では嘆いているのも知らないで、大監は、
「自分は大変に偉い人物と言われている身だ」
作品名:私の読む「源氏物語」ー32-玉鬘 作家名:陽高慈雨