私の読む「源氏物語」ー31-乙 女後半
夕霧は六位の装束である浅葱色の袍が嫌なので、着替えるのも面倒と宮中に参内することもせず、部屋に籠もったままで居るのを、五節という祝いの日であるので特に、位によって色の決まりがない直衣を許されたのでそれではと気を取り直して宮中に参内する。いかにもまだ幼ない面影が残っているのであるが、歳より大人のように、気取って歩く。帝をはじめ周りの大臣達が夕霧を大切にする様子は並大抵でなく、現在の宮中では誰一人いない特別のご寵愛を受けていた。
五節は宮中では大事な儀式である、参内している殿上人はいずれ劣らず、それぞれがこの上なく立派な出で立ちで、五節の舞姫の品定めが始まると、結論は、
「推薦された舞姫の器量は、源氏の大殿と按察大納言の進める舞姫が一段と素晴らしい」という評判であった。なるほど二人は、とてもきれいな娘であるが、おっとりと、可憐な姿は、やはり源氏の推薦した惟光の娘が、一番であった。
彼女はどことなくきれいな感じの現代風で、いかにも五節の舞姫と分かるような飾りをしないで自然の飾りをして現れたので、それがめったにないくらい美しく観客に見えて、このように褒められたようである。しかしみんなは例年の舞姫よりは今年の女達が、皆少しずつ大人びていて、なるほど喪が明けた特別な年であると感じていた。
源氏が着飾ってそこら中に何とも言えぬにおいの香をたきこめた衣装で宮中に参内してきた。舞姫を見ると、昔須磨に流浪していたときに沖を通る船から、関係のあった舞姫の筑紫五節が文を送ってくれた、その少女の姿を思い出した。五節舞の最終日。懐かしくて筑紫五節に歌を贈った。その内容は彼独特の女を酔わす文章であった。付けた歌は、
少女子も神さびぬらし天つ袖
古き世の友よはひ経ぬれば
(あの時は少女だったあなたも神さびたことでしょう、天の羽衣を着て舞った昔の友も長い年月を経たので)
歳月の流れを数えて、ふと思い出した気持ちそのままを、源氏が素直に歌に込めて、胸をときめかせているのも、筑紫の五節には、はかないことである。源氏のお手紙を受け取った筑紫の五節の気持は、そんなところであったが、昔が懐かしく、
かけて言へば今日のこととぞ思ほゆる
日蔭の霜の袖にと けしも
(五節のことを言いますと、昔のことが今日のことのように思われます、日蔭のかずらを懸けて舞い、お情けを頂戴したことが)
源氏が関係した筑紫へ行った五節の舞姫は京に帰ってきていた。五節の舞の舞姫が着用する青摺りの唐衣は、大嘗祭・新嘗祭に奉仕する小忌の祭官が着用する「小忌衣」と呼ばれる白の布に山藍の青色で文様を摺り出した衣装の一つの衣装である。男性は袍の上、女性も表着の上に重ねて着用した。「小忌」とは、不浄を忌む清浄を意味します。
その青摺りの模様の紙を何処からか探してきて、筑紫の五節は誰の筆跡だか頭のいい源氏に分からないようにと書いた、濃く、また薄く、草書体を多く交えているのも大宰大弐の娘という身分のわりには、うまく書けていると源氏は読みながら思っていた。
夕霧も惟光の娘に目がいくにつれて、心の中でいい女だ何とかしようと、ひそかに思いをかけてうろうろして近づく機会を狙ったが、源氏が夕霧を自分の側に寄せ付ずに娘と話し込んでいるので、女に気があると人に見られるのが恥ずかしい年頃なので、女への思いが募るのをぐっと我慢をしていた。女の美貌は言うことなしでしっかりと夕霧の心をとらえていて、雲居雁に会えないその淋しい気持ちを埋めようと、この女を自分の女にしたいと思うのであった。
そのまま皆宮中に残させなさって、宮仕えするようにとの御内意があったが、この場は退出させて、近江守の娘は辛崎の祓い、津守のは難波で祓いをと、競って退出した。大納言も改めて出仕させたい旨を奏上させる。左衛門督は、資格のない者を差し上げて、お咎めがあったが、それも残させなさる。
津守は、「典侍が空いているので」と申し上げさせたので、「そのように労をねぎらってやろうか」と大殿もお考えになっていたのを、あの冠者の君はお聞きになって、とても残念だと思う。
「自分の年齢や、位などが、このように問題でないならば、願い出てみたいのだが。思っているということさえ知られないで終わってしまうことよ」
と、特別強く執心しているのではないが、あの姫君のことに加えて涙がこぼれる時々がある。
兄弟で童殿上する者が、つねにこの君に参上してお仕えしているのを、いつもよりも親しくご相談なさって、
「五節はいつ宮中に参内なさるのか」
とお尋ねになる。
「今年と聞いております」
と申し上げる。
「顔がたいそうよかったので、無性に恋しい気がする。おまえがいつも見ているのが羨ましいが、もう一度見せてくれないか」
とおっしゃると、
「どうしてそのようなことができましょうか。思うように会えないのでございます。男兄弟だといって、近くに寄せませんので、まして、あなた様にはどうしてお会わせ申すことができましょうか」
と申し上げる。
「それでは、せめて手紙だけでも」
といってお与えになった。「以前からこのようなことはするなと親が言われていたものを」と困ったが、無理やりにお与えになるので、気の毒に思って持って行った。
年齢よりは、ませていたのであろうか、興味をもって見るのであった。緑色の薄様に、好感の持てる色を重ねて、筆跡はまだとても子供っぽいが、将来性が窺えて、たいそう立派に、
「日の光にはっきりとおわかりになったでしょう
あなたが天の羽衣も翻して舞う姿に思いをかけたわたしのことを」
二人で見ているところに、父殿がひょいとやって来た。恐くなってどうしていいか分からず、隠すこともできない。惟光はめざとく文を見つけて、
「何の手紙だ」
と言って子供達の手から取り上げた、兄妹はそれが夕霧からの恋文と知っているので、顔を赤らめて答えることが出来なかった。
「なんということをしでかしたのだ」
と惟光は父親の威厳を持って怒鳴りつけると、男の子が逃げて行くのを、呼び寄せて、
「誰からだ」
と尋ねると、
「源氏太政大臣の夕霧の君が、これこれしかじかとおっしゃってどどけるようにいわれたものです」
と言うと、惟光は怒りの顔を急に笑顔に変えて、
「そうか、何ともかわいらしい若君のおたわむれだ。おまえたちは、若君と同じ年齢だが、お話にならないくらい頼りないことよ」
などと夕霧を褒めて、兄妹の母にも見せる。
「夕霧様が、本当に娘のことを一人前の女としてお考えになってくださるならば、この際、内裏に差し上げるよりも、夕霧様に差し上げようものを。源氏の君の御性質から、一度見初めた女性を、絶対に忘れられない、ということが本当に頼りになる方で頼もしいところである。私たちもあの明石の入道のような身分になるであろうかな」
などと言うが、誰もが惟光の言葉に耳をかそうともせずに、娘の内裏出仕の準備にとりかかっていた。
作品名:私の読む「源氏物語」ー31-乙 女後半 作家名:陽高慈雨