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私の読む「源氏物語」ー30-乙 女

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 実は今日は不心得者のことで、母上にお恨み申したいことがございます。お恨み申すまいと一方では思っているのですが、どうしても言わずにはおけないのです。」
 と、涙を涙を流して袖で拭く。大宮は驚いて化粧した顔でもはっきりと分かるほど顔色をかえて目を大きくして内大臣の泣く姿を見る。
「どのようなことでこの歳を取った母を責めるのですか、」
 と、
「母上に幼い娘をお預けして申し訳なく思っております、私自身で何も世話をすることが出来なくて、私はまずはこの子の姉の弘徽殿の女御を、何とかして帝の妃にとして奔走していまして、それでもこの雲居雁は母上が一人前にしてくださるものと信頼しておりました、ところが意外なことがございましたので、それを小耳に挟んでとても残念に思っています。雲居雁と夕霧のことでございます。
 実のところ夕霧は天下に並ぶ者のない優れた者のようですが、雲居雁と結婚するのは、親戚同士従妹同志が結び合うということはよくあることで、外にもあまりにも浅薄な感じがいたします、低い地位の者同士の縁組でさえお互いすごく考えますのに、あちらの源氏の方のためにも、たいそう釣り合いがとれない不体裁なことです。他人で近く勢力が出来た家に嫁いで、娘が派手に大切にされることが娘にとっても我が家にとっても嬉しいことであります。親戚どうしの、馴れ合いの結婚なので、源氏の大臣も不快にお思いになることがあるでしょう。
 ということもさりながら、二人がこれこれしかじかですと、わたしにお知らせくださって、特別な方法を考え戴いて、少し世間から関心を寄せられる趣向を取り入れていただきたいものです。若い者二人の思いのままに放って置かれたのが、私が母上に対して心外に思うのです」
 と母の大宮に少し強く内大臣が言うと、大宮は夢にも知らなかったことなので、驚愕して、
「なるほど、貴方がそ言うのももっともなことですが、私は全然二人の気持ちを知りませんでした。なるほど、残念ですこちらが貴方以上に嘆きたいくらいです。二人と同じように貴方からわたしが非難されるのは、心外なことです。
 雲居雁を世0話してから、あの娘が特別にかわいく思いまして、あなたがお気づきにならないことも、立派にしてやろうと、内々に考えていたのでしたよ。まだ年端もゆかないうちに、親心の盲目から、急いで結婚させようとは考えもしないことです。
 それにしても、誰がそのようなことを申したのでしょう。つまらぬ世間の噂を取り上げて、あることないことをおっしゃるのも、つまらないことで、根も葉もない噂で、姫の名に傷がつくのではないでしょうか」
 と大宮は言う、
「母上どうして根も葉もない噂でしょうか。仕えている女房たちも、陰ではみな笑っているのですよ、聞いてとても悔しく、腹立たしいのですよ」
 と母の大宮に言って、席を立った。
 夕霧と雲居雁の事情を知っている女房達は、二人がこのように内大臣に思われていることがかわいそうに思った。先夜陰口を聞かれた女房たちは、それ以上に気も動転して、
「どうしてあのような内緒話をしたのだろう」と、一同後悔し合っていた。

雲居雁は父親や祖母乳母達が自分のことでいろいろと頭を悩ませていることも知らず、部屋で好きなことをして遊んでいる。それを内大臣はのぞき見して、娘の屈託なく遊ぶ姿がとてもかわいらしいので、しみじみと眺めていた。
「まだ幼いとは思ってはいたがここまで幼稚な娘とは思っても見なかった。一人前の女と思って行く先のことを真剣に考えていた自分が愚か者だった」
 と呟いて、姫の乳母や女房を叱るのであるが、乳母達はどう返事をしていいか分からない。間をおいて乳母が、
「大臣様、姫様と夕霧様のような間柄になることは、この上ない高い位の帝の大切な内親王様でさえも、世間の知らぬ間に低い位の男の方といつの間にか関係が出来て過ちを起こす例は、昔物語にも数多く語られています、それは二人の気持ちを知って仲介する人が、世間の目の隙を窺ってするのでしょう」
「雲居雁様と夕霧様は、朝夕ご一緒に長年過ごしていらっしゃったので、私たち乳母や女房がどうして、仲のいい小さいお二人を、大宮様のお扱いを越えて二人をお引き離しすることができましょう。でも私たちはお二人の仲むつまじいのを安心して見て参りましたが、大宮様の養育方が一昨年ごろから、はっきり二人を分けて違う環境で育てるお扱いに変わりましたようで、それでも、若い人は、人目をごまかして、どう申しましょうか、大人の男女がなさるようなませた真似をする人もいらっしゃるようですが、このお二人は、けっして浮ついた男女がするような色めいた行動をされることもなく、そのような大事とはちっとも思いませんでした」
 と、お互いにため息をついて大臣に訴える。
 大臣は、女房達の嘆きを聞いて、
「よし、暫くの間、このことは人に知られないようにしてくれ。隠すのは難しいことだと思うが、よく注意して、噂が立てば事実無根だと強くもみ消しなさい。姫は今から自分の所に引き取ろう。大宮の母上はどうしてもう少ししっかりと見ていてくれなかったのだろう恨めしいよ。お前たちは、いくらなんでも、二人がこうなって欲しいとは思わなかっただろう」
 と乳母や女房達に言うので、彼女らは「困ったこととではあるが、姫を自分の屋敷に連れて行かれるとは、嬉しいことをおっしゃる」と彼女たちは夕霧と雲居雁の関係を思ってほっとして、
「まあ、お二人のことをそのように思うなんてとんでもありません。雲居雁様の母上の御前様の按察大納言殿にこの度のことが知れますと、立派なお方であっても、源氏様の臣下の人であっては、これは結構なお話であると考えて望んだり致しましょう」
 と口々にない大臣に告げる。
 当の雲居雁は、本当にまだ子供で、父の内大臣がいろいろと注意され諭すのであるが、少しも理解しないので、悲しくて諭す内大臣は泣き出していまい、
「どうしたら、この娘を傷ものにならずにすむだろうか」
 と、こっそりと乳母たちに相談しながら言葉の端に母の大宮への恨み言を差し挟んでいた。

 一方非難される大宮は、孫の二人はとても可愛いのであるが、やはり赤子の時から手元で育てたのか、また自分の亡き娘葵が遺した忘れ形見であるということからか、二人の中でも、夕霧への愛情がまさっていた。彼女は、小さいときから育てた孫達が恋をするような歳になったのかと、二人が可愛らしくて、息子の内大臣が二人の愛を考えずに情愛なく、ひどい行動をしていると考えて、自分を詰問されたのを、
「私の育て方がそんなに間違っていたのだろうか。もともと深くかわいがりもしないで、また言われるように大事にするでもなく私に預けぱなしで、わたしがこのように世話してきたからこそ、春宮の女御にとも考えるように育ったというのに。思いどおり東宮への入内が適わなくとも、臣下と結ばれるならば、夕霧以外にまさった人がいるだろうか。器量や、態度をはじめとして、夕霧にかなうような男が他にいるのであろうか。夕霧には雲居雁以上の身分の姫君が相応しいと私は思っていますのに」