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私の読む「源氏物語」ー29-薄雲

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 と心にかかる二つのことを言って、源氏はいま一つは口にしなかった。これは藤壺に対する思いであった。源氏はさらに斎宮に、
「先年私は帝に申し訳ないことをしたと須磨、明石に逼塞していましたが、その折に毎日いろいろと考えていましたことが、都へ戻り幸いこの位置にまで昇ることが出来て、少しずつその考えが実現してきています。ただいまこの二条院の東に新しく建築しました東の院に住まいになっている花散る里は、亡き父院の夫人でありました麗景殿の女御の妹で、姉はついに故院の子供を授かることなく院と別れ、妹とともに寂しく暮らしておいでになったのです。私はそれをお気の毒に重い、妹の花散る里を婦人として迎え、後ろ盾となったのです。彼女は気だてもよく私とも上手く理解しあっています。」
 斎宮は源氏のことばを無言で聞いていた。源氏氏の話す言葉はその声がとても柔らかく体が温かい真綿にでも包まれているように感じる、彼の性格がにじみ出ているのであろうか、亡き母もこのような源氏に惹かれたものだと、彼女はこの歳になると母と源氏の関係がよく分かった、亡き桐壺院の弟で、東宮のままに亡くなった父、後見の亡くなった後はこの源氏の力で自分たちは伊勢に下向するまで品位を保つことが出来たのだと、すぎた昔を思い浮かべていた。源氏の語りはまだ続く、「ただいま私は帝の後見役を賜り、他人からは羨望される役職を戴いていますが、私にとってはそう深い喜びではありません、私にとっては心を通わせる女の方が側にあるほうが私にとって最高の喜びであります。女好きな私の心を静めようとしてもなかなか難しいもので、あなたへの後見するこの私の気持ちをお酌み取りになったことがおありですか。かわいそうな男と思われて同情なさっていただけなければ、生きている介がありません。」 源氏の口説き上手はかねがね耳にしていたのであるがこうまではっきりと言われては、斎宮の宮も答えようがない、隔てている几帳の帷子を押し上げて自分を抱きたいということを言っているのである。無言のまましばらく時が過ぎた。
「そうですかお答えがありませんか、ああ、心苦しい」
 と言って源氏は話を他にそらしてしまった。源氏の心の中には、亡き六条御息所の面影を残す斎宮を抱きしめたい気持ちがいっぱいであった。思いっきり話題を変えた。
「お知りかと思いますが私にはかって須磨に住んでおりましたときに、土地の受領の娘を妻にしておりました。私との間に娘が出来まして只今はこの二条で養っています。この娘を将来入内さして東宮の女御にと考えています。それがなかなか思うに任せません、このことが実現するならもう私はこの世には用事がありません、後は若い人に任せて仏門に入ろうと考えています。ところがなかなか上手く事が運びません、あなたの力添えで事がうまく運び我が家が将来共に繁栄することを願っています。」
 と斎宮の女御に頼み込んだ。
 聞いていた斎宮は小さく一言承知の旨を口に出したが、源氏はそれが優しく聞こえて、そのまま日が暮れるまで世間話をして几帳の前に座っていた。

「私のお願い事はこのくらいにして、一年を通じて四季折々と移り変わる花や木々、空の様子、そのようなものを眺めながら心ゆったりと過ごしたいものですね。春の花が咲き誇る林の中、秋の野花のしとねの中、どちらが優れているかという論争はいつまでもつきない争いです。はっきりとこちらが優れていると言い切ることは出来ません。
 唐国では春の花の錦に匹敵するものはないと、言いきっているようですが、我が国の歌では秋のしみじみとした情感を多く詠われています。私はどちらもその時々に美しく感じて目移りし、花の色や鳥のさえずりをどちらがよいと判断しかねています。
 狭い垣根で囲まれた庭の中でも、春は春の花が一面に咲くように、秋は秋で野の草が庭全体に広がるように、虫もその折々の虫がくさむらで鳴くように捕まえてきて放ち、ここを訪れる人たちに楽しんでいただこうと心を配っております、あなたはどちらの方がお好きですか、春ですか、秋ですか」
 几帳の中で斎宮は、これは大変難しい質問である、答えないで知らん顔は出来まいと、しばらく考えていたが、ふと古今集の歌を思い出し、源氏に、
「そうですね、どちらが優れているのはなかなか申しげ難いことです。古今集に『いつとても恋しからずはあらねども秋の夕べはあやしかりけり』(いつの季節がいいとはとても言い切れないが、秋の夕暮れは不思議に人恋しくなるものです)と詠われています、私も秋のしみじみとした夕暮れに亡き母のことなど思い出されまして、秋は特別に感じています。」
 斎宮のたどたどしいような答えに源氏はその可憐さに魅せられてしまって心を抑えることがでぎず、

 君もさはあはれを交はせ人知れず
      わが身にしむる秋の夕風
(あなたも誰にも分からないように私と心を通わせてください、私は、自分一人でしみじみと身にしみて感じている秋の夕風ですから)
 あなたを思い我慢が出来なくなることがたびたびあります。」
 源氏の男の心を真っ向から押し出した露骨な歌と添えた言葉に、斎宮は成熟した女として源氏の心がしっかりと分かるので、男の気持ちをこれ以上に高ぶらせることはまずいと「どう答えてよいやら」と考え込んでしまった。答え方によっては自分が源氏の思いを受け入れるのを承知したかのように取られ、源氏は几帳を押し分けて入り込みそうなると私は防ぎようがない。 
 源氏は斎宮が何も答えないので、これは彼女は自分の気持ちを察してのことだと思い、自分をいやだと思うのも分かる氏、自分でも「なんと若い人のようにがむしゃらな」と思い返し、沈んでいる姿を斎宮は、人が見たらなんと優美な男であろうと思うが自分は嫌いだと思った。 
 斎宮はそんな源氏が嫌になって今までいた場所から少し奥の方に下がっていった。
 そのような斎宮の行動を察して源氏は、
「なんと私はそんなに嫌われましたか、心の深い方はこのような行動はなさらないものです。それでは私は退散します。どうかこの後私を憎まないでください」
 と源氏は告げて几帳の前を去った。斎宮付きの女房たちは源氏が立ち去った後で、今まで座っていた場所の片付けに集まり源氏の装束に残った香りをかいで、
「どうしてこのような気持ちのいい香りをしておいでなのだろう、柳に桜の花を咲かせたようなおかたですわね」
「不思議な魅力の方ですわ」
と源氏の噂をしきりにしていた。斎宮はそんな源氏が不快であった。

 すっきりとしない気持ちのまま西の対にいる紫の上の許に戻ってきた源氏は、すぐに紫の几帳の中に入らず、庭を眺めるようにして簀の子と庇の間の境あたりに横になった。灯火を少し遠くに掲げて、その辺の女房を呼び寄せて、いろいろとたわいもない話をしていた。しかし頭の中は斎宮の女御に上手くあしらわれた腹立ちでいっぱいであった。
「どうも昔から好きな女をものにしようと力を入れすぎるようだ、若いときのままの悪い癖がまた出たな」