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私の読む「源氏物語」ー28-朝顔

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「内裏に上がっている当時のことは、みんな昔話になってゆきます、遠い昔を思い出すと、心細くなりますが、今源氏様のお声を聞くとなつかしく嬉しい。親もなくし子もなし、淋しく臥せっている旅人と私を思って、これからもお世話してください」
 と言って、物に寄りかかっている様子に、源氏は昔のことを深く思い出して、この人は相変わらずなまめかしいしなをつくって、受け口を作って、しわぶいた声であるが、それでもやはり、甘ったるい言い方で源氏に戯れかかろうとしている。
「身を憂しと言ひこしほどに今はまた人の上とも嘆くべきかな、お互いに年を取りました、それゆえ、お相手としては五分五分ですね」などと戯れの言葉を言うので聞いている源氏は顔を赤らめ、
「それでは私は今、突然に老人になったような言い方だね」
 と彼女に答えて苦笑するが、心の内では、源典侍を哀れであるとおもった
「彼女が内裏で女盛りのころに、帝の寵愛を競いあった女御、更衣が多くいたが、ある方はお亡くなりになり、またある方は見るかげもなく、はかないこの世に落ちぶれていらっしゃる方もある。私の恋い慕った藤壺入道の宮などの御寿命の短さ。あきれるばかりの世の中の無常の中に、その当時、歳からいっても余命残り少なそうで、内裏勤めの心構えなども、頼りなさそうに見えた人が、生き残って、静かに勤行をして過ごしている。やはりすべて定めない世の現実の姿である」
 と思うと、源内侍の今の姿が何となくしみじみと眺められる。その源氏の姿を、源内侍は源氏の心が私に向いている、ときめいておられると、誤解して、嬉しくなって、

 年経れどこの契りこそ忘られね
       親の親とか言ひし一言
(何年たってもあなたとのご縁が忘れられません、
親の親とかおっしゃった一言がございますもの)

 と詠うと、源氏はその老いた体にこびを作る典侍が気味が悪くて、

 身を変へて後も待ち見よこの世にて
       親を忘るるためしありやと
(来世に生まれ変わった後まで待って見てください、
この世で子が親を忘れる例があるかどうかと)

「貴女とのご縁は本当に深いですね。いずれゆっくりと、お話しいたしましょう」
 と源氏は典侍に言って、西にいる斎宮の宮のもとへと去っていった。

 桃園邸寝殿西面に住んでいる斎宮は、夜になって格子を下ろしていたが、源氏が五の宮の所に来ていることを知っていながら格子を降ろすとは、源氏に対する嫌がらせと思うだろうと、一間、二間は下ろさずにいた。月夜であるのでその光がうっすらと積もった雪に輝いて、寒い夜ではあるが趣のある夜の様子である。
「驚いた、あの源典侍の老いらくの懸想ぶり、非常識にもほどがある、とんでもない女に捕まったものよ」
 と、簀の子を渡りながら、去る年内裏で源典侍の誘いにのって一夜体を合わせて交わりを結んでいる最中に、頭中将に踏み込まれ大恥をかいたことを思い出し、苦笑しながら簀の子をわたって西の対へ向かった。
 源氏は女童であった頃斎宮の宮に会ったことがあるが、成人してからの彼女には対面して会ったことがない。だからどのように成人したかは知らない。
ただ、いかに奥深く隠すようにして成人してもお付きの女房や乳母やらが多くいるのであるから、自然と漏れ聞こえてくるのである。源氏の周囲の女房が語ることを聞いているとすばらしい美人だそうである。それで源氏の好き心がますます増大したのである。
 そんな源氏は今宵、たいそう真剣に御簾の向こう几帳の中の斎宮に、
「せめて一言、私を嫌いな男とか、会いたくないとか、宣旨を煩わさずに直接お答えください、あなたを諦めることもできましょうに」
 と、伝奏する宣旨にではなく几帳の中の斎宮に聞こえるように身を乗り出して大きな声で訴える。斎宮は源氏の訴えるのを聞きながら、
私も、自分も源氏様も若くて、もし私たちが愛し合って誰からも咎められることはなかったと思う、亡き父宮なども私が源氏様と一緒になればときっと思っていらしたことでしょうが、だが私は何となく気後れがしてとんでもないことと思い何事もなく終わったのに、こう年をとってもう女の盛りも過ぎ、恋愛なんて似つかわしくない今頃、私が源氏様と愛し合うという言葉を一言お聞かせするのも本当に恥ずかしいことである」
 と考えて、まったく言葉を出ず無言で身じろぎもしなかった。
「こんなに辛いことは未だ味わったことがない、つらい」
 と源氏は思った。
 そうかといって、斎宮は冷淡にはねつけるのもどうかと思って、宣旨を通じての言葉は続けていた。それでますます源氏は心が乱れて悶々とするばかりであった。突き放さずとりとめもない言葉を取次ぎの宣旨からあるのが、かえって源氏の心をじらすことになる。次第に夜がふけて、風の音もはげしくなってきた。斎宮の態度に情けなく気持ちが淋しくなって源氏は涙をぬぐいながら源氏は詠う。

 つれなさを昔に懲りぬ心こそ
  人のつらきに添へてつらけれ
(昔のつれない仕打ちに懲りもしないわたしの心までが、あなたがつらく思う心に加わってつらく思われるのです)
 自然とどうしようもございません、苦しいです」

 と思いついたままに詠う、
 周りの女房たちが源氏の歌を聴いていて
「あまりにお気の毒でございますから」
 と小さくささやいて斎宮にいうので、

 あらためて何かは見えむ人の上に
     かかりと聞きし心変はりを
(今さらどうして気持ちを変えたりしましょう、他人ではそのようなことがあると聞きました心変わりを)
 昔と変わることは、今もできません」

 などと冷たい返歌を源氏に送った。。

 源氏はもうくどき文句がなくなり、真正面から真剣にきれいごとを交えずに愛してる、貴女の体がほしい、抱きたいと投げつけるように言って帰ることにした。聞いていた女房たちは源氏のたいそう若々しい気力にだだ驚いていた。そんな女房たちに源氏は
「こんなことは愚かな男の例として噂にもなりそうなことですから人には言わないでください。犬上のとこの山なるいさや川いさとこたへてわが名もらすな、などというのも恋の成り立った場合の歌で、二人は今まで何事もなかったのですからこんな歌は引けませんね。内緒にしてくださいね」
 と言って源氏はなお女房たちに何事かを頼んで行った。
「もったいない気がしました。宮はなぜああまで気強くなさるのでしょう。少し近く御簾の中に招じ入れても、源氏様はまじめに求婚をしていらっしゃるだけですから、無茶な行動をなさる気遣いはないでしょうのに、お気の毒に」
「軽々しく無体なことをなさるような方とは見えない態度なのに。お気の毒な」
 と言小さな声でいう。
 斎宮は、源氏の人柄の素晴らしいのも、慕わしいのも、分かっているのであるが、
「私が心からあの方を愛して夫としたならば、世間一般の人は私たちは特別だとは見ないだろう、源氏があちこちに囲っていられる外の夫人たちと同じ目で見られるのは確かである。また一方では、私の至らぬ心のほどもきっとお見通しになるに違いない、よく女の人を見る方だから」
 と思うと、