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私の読む「源氏物語」ー28-朝顔

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「どうも源氏の気持ちには、まじめに打ち込んで結婚までをと恋いこがれているのだ、自分にはただ気紛れですと言っていた。斎宮はなんと言っても亡き式部卿の宮の娘で今の帝とは従姉にである、同じ女であっても世間が見る目は自分と比較にならない位の高い人である。そのような高貴な女に源氏の心が移ってしまったなら自分はなんとみじめであろう」
 さすがに多くいる源氏の女の中で第一の夫人として源氏の愛をほとんど一身に集めてきた紫であったから、今になって源氏を奪われる、しかも自分より位の高い女に、このような仕打ちは我慢が出来ない、外へ対しても堪えがたいことである。紫は人知れずに心配をしていた。さらに紫は、
「すっかり私を捨ててしまうようなことはないとしても、親の庇護もない私を幼少のころから引き取りになり、まだ物事の分からない私を女となさり、そうして親しんできた長年のお互いの情愛から慣れてしまい、そうして私を軽々しく扱われることになるのだろう。」
 など、紫はあれこれと思い混乱してしてしまった。今までにもそれほどでもない源氏の浮気事に、嫉妬した気持ちを愛嬌に言うこともあったが、このたびの源氏の斎宮の宮に対する気持ちには、心底つらいと思いながらも、夫の源氏に対して顔色にも出すようなことはしなかった。。
 このようなときに源氏は部屋の隅から庭を眺めて物思いに耽るのが癖で、やがて宮中に泊まりこみ帰宅することが少なくなり、家にいるときは仕事と言っては、手紙を一新に書いている。長年の感で紫は、
 「なるほど、世間の噂は嘘ではないようだ。せめて、ほんの一言おっしゃってくださればよいのに」
 と、少しくらいは打ち明けて話してくれてもよさそうなものであると、源氏の気持ちが自分から離れていくのを感じていた。

 夕方、帝の叔父に当たる式部卿の宮が亡くなられ帝が喪に服する諒闇の期間であるので、一年の間は例年行われる神事の殆どが中止となり、国民も宮中に習って喪に服していた。そのように物寂しい毎日であるので、源氏はすることもなく、斎宮の宮を思う心が体に漲ってきて耐えることができなくなり、最近このような気持ちになると五の宮を訪問する。この日も、雪がちらついて風情ある黄昏時に、一日がかりで顔や髪を念入りにおめかしして、これも朝からしっかりと香をたきしめた、着馴れた装束を着て出かけることにした。その姿は女を悩ますようにあでやかであった。源氏はそれでも紫に出かけの挨拶は挨拶として、
「叔母の五の宮がご病気でいらっしゃるというのを聞いたので、お見舞いに出かけますよ」
 と言って、軽く膝をついて礼をするが、紫は、振り向きもしないで、養女とした明石の娘をあやして、知らぬ顔でいた。その横顔を見て源氏はこれは普通ではないと感じ、
「あれあれ、久しぶりにご機嫌がお悪いようですね。そうでしょう、須磨の海女の塩焼き衣のように、お互いに親しくなって、ちょいちょいと家を空けていましたが、今日はまたどのようにお考えになったのでしょうかね」
 と軽く源氏は横むいて振り返らない紫に言う、
「お互いに親しくなって何もかかもが分かるようになると、いやなことが多いものですね」
 とだけ言って、顔をそむけて娘を抱いて横になってしまった。源氏はそのまま見捨てて出かけるのも、気も進まないが、すでに使いの者に手紙を託して今日の訪問を五の宮に告げていたので紫をそのままにして出かけた。
「源氏様の女好みは知っていたのに、ここのところ少し気を許しすぎたのでは」
 源氏の足音が遠くなるのを聞きながら紫は思い続けて、臥せっていた。喪中のお宅に訪問すというので、地味な鈍色めいた装束であるが、色合いが上手に重なって、かえって引き立ち、雪の光にたいそう優美な源氏の後ろ姿を見て紫は、
「ほんとうにこのままあの方の心がますます離れて行ってしまわれたならば、どうしようか」
 と、堪えきれない気持ちになる。
 牛車前の前駆の人などもこじんまりとして、
「宮中以外の外出は、億劫になってしまったよ。五の宮が心細い様子でいらっしゃっる、今までは兄の式部卿宮に長年お任せ申し上げて、私は甥であるのに何もして差し上げなかった、式部卿亡き後、これからは頼むなどとおっしゃるのも、もっともなことで、お気の毒な方」
 などと、言い訳がましく源氏はお付きの人々に無理して言う、聞いている供の者は、
「さあどんなものでしょう。昔から女に目がないお方だから、これだけはご主人の玉の瑕のようです」
「変なことが起こらねば良いが」
 などと、互いに呟き合っていた。

 源氏は宮邸の通用門は人の出入りがあるのでいつもは閉じられている正門である西にある重々しい門から入邸しようと、供人を通用門から門内に入れて来訪のことと正門の開門を伝えた。手紙を送っていたのであるが宮邸ではまさか今日とは思ってもいなかったらしく、驚いて門を開けようとする。
 正門に回ってみていると、門番が、寒そうに震えながら、あわてて出てきて、門を開こうとするがすぐには開けられない。この門番以外の男性はいないのであろう。やっとごろごろと門扉を引いて、
「錠がひどく錆びついてしまっているので、開きにくくて」
 とぶつぶつ言うのを聞いて源氏は、
「式部卿の宮が亡くなられたのは昨日今日のことと思っているうちに日にちがたってしまった。このように月日がたつのは早いのに、仮の宿である現世に執着して女を追いかけている、」
 と、つくづくと自分の心を感じている。
 口ずさみに、

 いつのまに蓬がもととむすぼほれ
       雪降る里と荒れし垣根ぞ
(いつの間にこの邸は蓬がおい茂り雪に埋もれた荒れた垣根のふる里となってしまったのだろう)
 やや暫くして、門は無理やり引っ張り開けられて、源氏一行は中に入っていった。

 五の宮の前に座り源氏はまず挨拶をした後、例によって昔のことから話し始める。あれこれと話し出しはじめて、あれこれと終わりがないように話し込んでいるうちに、話題も尽きて源氏は眠くなってくる、聞き手の五の宮もあくびをして、、
「宵のうちから眠くなっていましたので、終いまでお話もできません」
 と言う間もなく、鼾であるのか源氏は聞き知らない音がするので、恋いこがれている斎宮の宮に会えると立ち上がろうとしたところへ、またたいそう年寄くさい咳払いをして、近寄って来る者がいた。源氏に、
「大変しばらくでございました。私のことはお忘れになってはおられまいと、先程来からお待ち申し上げていたのですが。まさか私がこの世に生きているとは思われないのか一向お呼びがなく、桐壺院が私のことを、祖母殿と仰せになってお笑いあそばしました」
 と言って名乗り出てきたので、源氏ははっと思い出した。あの一夜関係を持ち頭中将に見つけられ大変な騒動になった、あの老いた男好きの源典侍であると。
 源典侍は、尼になって、五の宮の弟子として勤行していると、源氏は誰かから彼女の消息を聞いていたが、数えてみるともう七十歳ぐらいになっているのでよもや生きていようとは思っていなかったので、びっくりした。