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私の読む「源氏物語」ー28-朝顔

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「過ぎ去った昔の日は今となっては夢であります、夢は覚めますとはかないものです。源氏様の今までの私へのお気の配りはありがたいが、もう夢となって果ててしまいました。これからゆっくりとあなた様の気配りを考えることにいたします。」
 聞いて源氏は、せっかくの自分の意気込みが煙となって消えてしまったように思い、情けなくなった。思い直して、

 人知れず神の許しを待ちし間に
    ここらつれなき世を過ぐすかな
(誰にも知られないように貴方との仲を神がお許しになる日を待っていた間に、私はどれだけ辛い日を送ったことでしょう)
 今になって貴女はどんな私の落ち度を責められるのでしょうか、私の今までのことを詳しく聞いてください」
 と少し強引と思われるような言葉を返す。その言葉使いは若い頃に比べるとやや柔らく感じる言い回しであった。しかし今の源氏の身分としては言ってはならないことではないであろうか。

 なべて世のあはればかりを問ふからに
       誓ひしことと神やいさめむ
(一通りのお見舞いの挨拶をするだけでも、誓ったことに背くと神が戒めるでしょう)

 源氏の言葉に返ってきたのはこの歌だけである。「ああ情けないこと、須磨の流浪はもう済んだことではありませんか、未だにそのことを気にしておいでなのですか、そんなことは科戸の風がすべて吹き飛ばしてしまいましたよ。」
 と言う言葉は愛嬌があってよろしい。
「その罪を払う禊を、神は、どのようにお聞き届けたのでございましょうか」
 宣旨の女房が斎宮の言葉も聞かずに源氏に問いかけた。彼女の気持ちは言葉とは反対に源氏のことがとても気になっていた。仕えている斎宮の姫が、斎宮の身分を離れても結婚しようとしない態度は、年月とともに強くなって、ますます引っ込み思案になり男を寄せ付けない、今ここに世の中の女たちが騒がしく愛を得ようと騒いでいる源氏がいるというのにお返事もしないという斎宮の態度を、困ったことと思っているのであった。
「いつまでもこのようなことを話していては、私が本当に女好きの好色者と思われますな」
 小さくつぶやいて源氏は立ち上がった。
「歳をとると、恥も外面も気にしなくなるものですね。こんなにやつれてしまった姿を、今ではご覧くださいませとだけでも申し上げられることだけでしょうか」
 と出て行った源氏の姿が消えると、斎宮の宮ノ前の女房たちが一斉に源氏の噂話を始めた。
 身にしむような星空のもとを帰る源氏、木の葉の鳴る音にも昔が思われる。残った女房らは昔たびたび源氏が訪れた頃のことを一つ一つ思い出しては、おもしろかったこと、心を打った出来事など、今も身にしみて思い出しますと言って斎院にそれぞれが当時の状況を告げていた。

 斎宮とどうにかなると思って訪問したにもかかわらず、素っ気なく追い返された源氏は、腹が立つやら悔しいやらでなかなか寝付かれなかった。悶々とするうちに夜が明けてきて源氏は小者を呼んで早くに格子を上げさした。朝霧立ちこめる庭をじっと眺めていると、秋になり枯れてしまった花々の中に、朝顔があちらこちら蔓を巻き付けてか細く咲いているのを見つけ、みすぼらしくなっているのを小者に折ってこさせた。
「素っ気なくあしらわれて、体裁の悪い感じがいたしました。帰る後ろ姿をどのように御覧になったかと、悔しくて。けれども

 見し折のつゆ忘られぬ朝顔の
      花の盛りは過ぎやしぬらむ
(昔お会いしたあなたがどうしても忘れられません、
その朝顔の花のような貴女は、盛りを過ぎてしまったのでしょうか)

長年貴女を思い続けてきた私の心を、気の毒だとぐらいには、いくな何でも、ご理解されていると、一方では期待しています」
 と斎宮に枯れかけた朝顔を添えて源氏は文を送った。穏やかな手紙の内容なので、斎宮は「返事をせずに気をもませるのも、何か悪いような」とおもうし、取り巻きの女房たちも返事をするものと思って硯を調えて、どうぞ返事をお書きになってと勧めル野で斎宮は筆を執って、

 秋果てて霧の籬にむすぼほれ
      あるかなきかに移る朝顔
(秋は終わって霧の立ち込める垣根にしぼんで、今にも枯れそうな朝顔の花のようなわたしです)

 あまりにも当たっている貴方の例えに、思わず涙がこぼれました」
 とだけ書かれた手紙はたいして思いがこもったものではなかったが、源氏は斎宮の暖かみを感じて彼女の素っ気ない文を手から放すのも惜しいようにじっとながめていた。青鈍色の柔らかい紙に書かれた字は源氏には美しくすばらしい筆跡と感じたようである。
 だいたい文や歌という者は、書いた人の身分や書き方が時代にあったものと、受け取ったときはいい文章、よい歌のよう感じるのであるが、時間がたって改めて記録帳に書き写そうとすると拙い点が見えてくるものである。手紙の文章や歌というようなものは、この物語の控え帳に筆者は大部分省くことにしているので、ここに載せた手紙や歌にも書き誤りがあるであろうと思われる。
 この歳になって昔のように、若者のように恋文書きでもないと源氏は思うのであるが、やはりこのように若い頃からつかず離れずにいる斎宮のことが忘れることが出来ない。しかも自分の欲望を達することもなく不本意なままに過ぎてしまったことを考えるとどうしても彼女を我がものにしなければと、とても彼女を諦めてしまうことは源氏には出来なかった。気分を若くして、真剣になって文を差し出し続けた。

 源氏は五の宮のいる桃園邸に尋ねていっては、寝殿の斎宮がいる反対側、東の対のほうに離れていて、前斎院の女房宣旨を呼び寄せて斎宮の仲を取り持つように相談をしていた。
 斎宮の女房たちはこう度々源氏が尋ねてくるのを見て気が狂うほど源氏をほめて夢中になっているのであるが、朝顔の斎宮だけは冷静であった。彼女は若い頃から源氏に対して友達のような気持ちはあったがそれ以上の感情は持たなかったのであるから、今はもう人を恋する歳でもなくなり、花や草木にかこつけての文にも、すぐに返事を出すようなことは人々からどのように言われるかと源氏に返事を出すことも遠慮して、心を動かすようなことはなかった。
源氏は今まで接してきた女と違う斎宮の性格を、変わった女よ、と思いながらも自分のものとならないのを恨みがましく思っていた。
 このような源氏の行動が世間の耳に入らないはずはない。
「前斎宮を源嗣は口説かれているようだ、一緒に居られる五の宮は、度々送られてくる源氏の文に、結構なことだと思っておられるそうな。結婚されればお似合いと思うのだが」
 こんな世の噂が紫の上に聞こえてくるのも早い、
「そのようなことがあるのならば、私に一番始めにご相談があることであろうが」
 とお思っていたが、それでももしもやと、じっと源氏の行動を見ていると、何となく何かを思い詰めたような様子であると感じた、いつもと違って魂が抜け出たような情けない姿であった。、
「どうされました。噂では前の斎宮の方に懸想されていると言うことですが。」
「少し気持ちを当たってみていただけですよ、小さい時からの知り合いですからね、そんなに深い気持ちはありませんよ」
 と言うことで安心していたのであるが。紫は、