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私の読む「源氏物語」ー27ー松風

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 源氏がいっこうに来てくれないし退屈なので明石は源氏から貰った琴を引きだしてきて調子合わせにすこし弾いてみる、するとすこし吹いていた松風が琴の音に和するように響いてきた。母の尼君は柱にもたれていたが琴の音に体を起こして、

 身を変へて一人帰れる山里に
    聞きしに似たる松風ぞ吹く
(尼姿となって一人帰ってきた山里に、昔聞いたことがあるような松風が吹いている)

 明石の君は、

 故里に見し世の友を恋ひわびて
    さへづることを誰れか分くらむ
(故里で昔親しんだ人を恋い慕って弾く田舎びた琴の音を誰が分かってくれようか)

 このように明石から京に源氏を頼ってきた明石の君であるが、一向に訪れのない源氏に毎日が不安と退屈が入り交じって落ち着かない日を送っていた。一方、内大臣源氏は明石の君を都に呼び寄せたことを正妻の紫の上には言っていなかった。せっかく自分の建てた御堂の近くに明石の山荘があるというのに簡単に行けないのでかえって落ち着いていられない。遂に源氏は人目を憚ることもなく、明石の大堰の山荘に出かける決心をした。紫には明石のことを知らせていなかったので、外から紫に聞こえることもあろうかと、女房に手紙を持たせて紫の元に使わして自分の行動を告げた。
「桂の院に造作のことで指示しなければならないことがあるのですが、何やかやとこちらで用事がありましたもので、心ならずも日が過ぎてしまいました。また訪問しようと約束した人まであのあたり近くに来ていて、待っているという連絡が再々あり気の毒でなりません。それに新しく造営しました嵯峨野の御堂にも、まだ飾り付けのできていない仏像のことも指示しなければなりません、そんなことで二三日はあちらの院で逗留することになりましょう」
 と告げる。源氏の書面を読んで紫は、
「桂の院という所を、急にご造営なさっていると聞いているが、誰か女の人をそこに住まわせなさっているのだろうか」といつもの源氏の女遊びを知っているので紫は思った。そう考えると紫はおもしろくないので、「『斧の柄は朽ちなばまたもすげ替へむ憂き世の中に帰らずもがな』という古今六帖の歌を詠い斧の柄まで付け替えるほど大変な仕事なのでしょうか、お帰りが待ち遠しいこと」と、不機嫌である。その様子が源氏に使いの女房から告げられると、
「例によって、難しい御方だ、すこしは私に調子を合わせてくださればいいのに、私は昔の陽に浮気をするようなことは、すっかりなくなったと、世間の人も言っているというのに」、と紫のご機嫌をとるのに苦労して、日が高くなってしまった。

 源氏は隠れるようにして、通常ならば先駆けを走らせてきらびやかな行列を並べて出かけるのであるが、明石のためにもと気を遣って大堰の屋敷に訪れた。夕方近くに到着した。明石の君は最初に源氏にあったときから狩り衣姿であったのでその印象しかなかったのであるが、それでもとても優雅の男の方と思っていたのであるが、久しぶりに会った源氏はきっちり整った直衣姿でその美しいことこの世の者とは明石には思われなかった、今まで心に溜まっていた源氏に対する恨みはいっぺんに飛んでしまい、闇夜の心に灯がともった感じであった。明石は体中に戦慄が走り女の芯が燃え上がった。その火が体の中を走り始めた。
 明石を離れるときに源氏は明石の君が懐妊していることは知っていた、また使いを送ったその報告で女子が生まれたことも知っていたが会うのは初めてであった。  
 二十八歳の秋に明石を去り京に戻ったのであるから丁度三年になる、姫も三歳可愛い盛りである、源氏は女子の子供は初めてのことで可愛くて姫の顔をじっと見据えてる彼の心は普通のものではない深い愛情であった。どうして今まで放って置いたのだろうと悔やまれてならなかった。左大臣邸で育っている十歳になる夕霧のことをふと思った、 
「葵の子で私の嫡男として育っているから世の人達は立派な若君ともてはやされてはいるが、それは私におもねる輩の言葉である。この姫こそ人に抜きんでる素質を持っているのだ」
 と娘を見ているとにこりと微笑みかけてくるのが無心で可愛く、どうしようもなく可愛いのであった。
 乳母として源氏が明石に送った父桐壺院の許で勤めていた女房の宣旨の娘を久しぶりに見ると、明石へ送ったときよりも一層美しくなっていて、この何ヶ月のことを親しく源氏に話すのを聞いていて源氏は、この女もあの明石の浜で苦労をしてきたのだろうと思い、明石の君に、
「ここも人里離れたところですので、通ってくるのも大変ですので、どうですか、私が説明した二条院の東の新宅に移られては」
 と言うのであるが、明石は、
「もう少しこの場所におりまして都に馴れましてから,移させて貰います」
 と返事をするのを、源氏はそれも尤ものことであると承知した。その夜は燃えた女体の明石の厳しい要求に応じる源氏は、彼女が三年の間に豊熟した女の体に変わっていることを感じて、自分も男の火が点いて何回も空閨を満足させようと責めてくる明石にひるむことなく応じて満足させ、三年間の空虚を埋めようと囁きあい約束をいくつも承諾して朝まで殆ど眠ることなく二人は抱き合った。

 源氏は明石の屋敷を見回って元からいる家司や新たに雇い入れた家司達に、修繕をする箇所を指示したり、女主人であるので注意することをしっかりと言いつけた。
 源氏が別邸桂の院へくると言うことを聞き、近所の人が集まってきていたのだが、その人達も源氏が明石の所にいるのを聞いてそちらに移動してきた。源氏は明石の屋敷の修繕にその人達の手を借りることにした。男や女達は野良仕事になれているので庭の補修するように命じた。荒れた庭を見ていた源氏は、
「そこらに倒れてしまっている立石を、また元に戻すことは庭の眺めを良くすることになるが、ここをあまり綺麗にするのもよろしいが、何時までここに滞在するか分からないもので、ここを離れるときに庭の眺めが思いに籠もって苦しくなりますからね」
 と明石にこの先のことを笑いながらまた涙ぐみながら仲良く話していた。
 明石の母の尼君がそんな源氏と娘の明石が仲睦まじくしているのを几帳の隙間からかいま見て、歳を忘れて今までの心労が晴れた心地がして笑みが顔に表れていた。
 作庭の決まりに従って東の渡り廊下の下からわき出る遣り水の周囲を少し手直しを自分から下に降りて命じようと、源氏は着ていた直衣を脱いで袿姿になって水にはいる。その姿がまたうち解けて普段の源氏とまた違ったなまめかしさがある。源氏も気軽な気持ちになって水の中を楽しく模様替えをしていた。尼君几帳の隙間から源氏の姿を楽しそうに見ていた。源氏もふと目の前の部屋を見ると仏壇に供える銅製道具類があるのを見て、あっそうであったかと、明石の母親の尼君が共に京に出てきたことを知った。
「尼君がこちらにお出でになるとは、こんな袿姿では失礼に当たる」
 と急いで直衣姿にかえって、尼君の几帳のところへ挨拶に出向いた。