小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私の読む「源氏物語」ー24-蓬生

INDEX|5ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

「東屋の真屋のあまりのその雨そそき我立ち濡れぬ殿戸開かせかすがひもとざしもあらばこそその殿戸我鎖さめ押し開いて来ませ我や人妻」催馬楽「東屋」の歌のように茅葺きの家に女を訪ねるのと同じようである。
「傘をどうぞ、この露の雫は雨よりもひどうございます」
 と惟光が言う。源氏をはじめ供の者の衣服の裾がびっしょり濡れていた。昔もあるかないか分からないような中門であったが今や全く失せてしまっていて、そこを通り抜けるのが何となく不作法のような気がするのであるが、誰ひとりとがめ立てする者がいないので、安心して入っていった。

 末摘花は女房から源氏の君が訪問されたと聞いて、今まで待ちに待った方がお出でになった、それは嬉しくもあるが現在の自分の姿を考えるとお逢いするのが大変恥ずかしく思っていた。太宰府に行った叔母から貰った衣装は気分的に着る気にもならずそのままにしていたのを女房達が香りを染みこませるための唐櫃に入れておいた。その衣装がいい香りを醸し出しているのを、この際はしょうがないと末摘花は着替えてあの煤けた几帳を引き寄せて座り源氏を待っていた。 
 源氏が案内されて末摘花の前に入ってきた。すぐに、
「長年お逢いすることが出来ず、貴女のことを思う気持ちは変わりませんでした。貴女からなんのお便りも戴かずそれが恨めしく思っていました。今まで何回かお探し申し上げたのですが、我が庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門(私の住まいは三輪山の麓にあります。恋しく思ったならば、訪ねてきてください、目印に杉がたっているこの門口へ)と古今集に詠われている杉が目につきましたので、通り過ぎることが出来ず、貴女の私を待たれる思いに根負けいたしました」
 と言って気軽に少し几帳をめくり上げると、彼女は持ち前の恥ずかしいさでなにも答えず扇子で顔を隠していた。源氏はこのような草深い屋敷に入ってきたのはこの女をまだ忘れ去ることが出来なかったからで、彼女が異常な恥ずかしがりである気持ちを考えずに勇気を起こして静かに語りかけた。
「このように荒れ果てたお屋敷の中で長年お暮らしになり、それだけでも大変なことであります、それと同じように。私も貴女を思う心の内は変わってはおりませぬ。そんな貴女の心も知らないで、このように夜露に濡れてお訪ねしたことを貴女はいかがお思いになります。長年貴女を構うことなく消息もしなかったことをお許し願いたい。これからは貴女の思いが叶うように致します。前に約束したことに従わなかった罪を私は負います」
 と源氏の言葉の上手さは立派なものであった。 

 この末摘花と共に夜を過ごすことはどうも気乗りがしないので、もっともらしく口実を作って源氏は帰ろうとした。庭を眺めると「引き植ゑし人はうべこそ老いにけれ松の木高くなりにけるかな」(この松の木を植えた人は歳をとりました、それだけ松の木は高くなりました)後撰集の凡河内躬恒の歌ではないが庭の木がかって自分が訪れた頃よりも背丈が伸びているように感じた。それと共にその間の自分の周りに起こった数々の事件が夢のような気がしていた。

 藤波のうち過ぎがたく見えつるは
     松こそ宿のしるしなりけれ
(松にかかった藤の花を見過ごしがたく思ったのは、その松がわたしを待つというあなたの家の目じるしであったのですね)
 
 数えてみれば逢わなくなって随分になりますね。私の周りや都の方々で変わった悲しい事件が沢山ありました。それも今ではのんびりと、昔、遣唐使を断ってその罪で隠岐の島へ流されなさった小野篁様が古今集に残された歌「思ひきや鄙の別れに衰へて海人の縄たき漁りせむとは」(思いもよらなかったよ。都の人々と別れての田舎住まいにすっかりやつれはて、漁師の網をたぐり寄せて漁をして暮らすようになろうとは)のような時を過ごした私の話をお聞かせ申したい。貴女も長年の苦しみを語りたい相手には私しかこの世ではいないのではないのでしょう。私は間違いなくそう信じていますよ。」
 と話しかける。聞いていた末摘花は、

 年を経て待つしるしなきわが宿を
    花のたよりに過ぎぬばかりか
(長年待っていた甲斐のなかったわたしの宿を、あなたはただ藤の花を御覧になるついでにお立ち寄りになっただけなのですね)

 と詠って少しばかり体を動かす。そのとき源氏の周りに彼女の衣の香りが漂った。
「あのときより少し大人になったかな」
 源氏は香りをかぎつつ思っていた。

 月が山の端に沈む頃になると西の妻戸が開いていて普通屋敷であれば渡殿があって
月が遮られて見えないのであるが、その渡殿も倒れてしまい、差し出ている庇も無くなっているので月光が煌々と入ってきていた。その輝きで室内がはっきりと見渡せる、源氏は部屋を見回した、昔のままの調度品の様子は、屋根に草が生い茂った屋敷にしてはとても雅やかである、昔夫の留守に家の壁を壊して夜通し光をつけて明るくして過ごした妻の話を思いだし、同じような形で末摘花が年を過ごしたと源氏は思い可哀想であった。懸命に遠慮している彼女の態度が上品で、奥ゆかしく思わずにはいられない、源氏は初対面の時からこの女の取柄はこの姿であると思い、忘れてはいけないと思っていたが、数年来の身に起きたさまざまな悩み事に、うっかり疎遠になってしまった間、自分のことをさぞ薄情者だと思っていただろうと、末摘花が不憫に思われてならなかった。
 あの花散里も地味な女で華やかさはないから、欠点が上手く隠されてしまっているのだ、と筆者は思うのである。

 四月の賀茂社の祭りの頃になると源氏の許に祭りに準備にと言っては色々と贈り物が到着していた。源氏はそれをあちこちにいる自分の女に贈り物として分け与えていた。中でも末摘花には心をつかい、常陸宮に親しい人に言われて、下働きの者を向かわせて邸内の雑草を刈り取らせ周囲から中が覗かれないように板垣を作って巡らせるように命じる。源氏は自分がこの屋敷を訪ねるということが一般に知れ渡っても、自分の名誉に関わることであると思い、末摘花を訪ねることはしなかった。しかし文だけは事細かに書いて送り、自分の住まいである二条院の近いところに彼女のための住まいを新築していた。
「この度新しいお住まいを新築いたしています。完成したらそこにお住まい下さい。また貴女が気に入った童女などを召し抱えられてはいかがですか」
 と女房のことにまで気を配っていることを知って、草に埋もれた屋敷に住まいしている者達は天を仰いで感謝をした。
 末摘花と源氏の出会いは彼の戯れであったが、それにしても彼は普通の女性には、目を止めたり噂に聞き耳を立てたりはしないで、世間であそこの誰それと噂されたり、自分の心に止まる女性を求めて歩くと、源氏の周りの者は思っていたのであるが、末摘花のように予想を裏切って、どのような点においても人並みでない女を、立派な女性として扱うのは、どのような考えからなのかみんなは信じられないで、これも前世からの約束なのであろう、と思って源氏の行動をみていた。