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私の読む「源氏物語」ー24-蓬生

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 今まで長年の間、迷惑がりながらもお側を離れなかった侍従が、このように側を離れて行ったことを末摘花はとても心細く感じていた。残った役に立ちそうもない老いた女房までが、
「そりゃあ侍従の取った行動は正しいことです。こんな処にお勤めするのもどうかと思っております、もうとても我慢が出来ませんね」
 とそれぞれ縁故を頼って出ていこうとするのを、止めることも出来ないで末摘花は困ったことだと思うばかりであった。 

 霜月、十一月にはいると雪が降ったり霰が喧しく屋根を叩いたり、積もった雪もよそでは消えてゆくのであるが、この屋敷ばかりは雑草が茂っているのでその陰になったところの雪は積もりぱなしである。越の国の白山を想い出すようなこの家に出入りする雑用の者達もなく、その積もった雪を退屈そうに末摘花は一日中眺めていた。ありふれた難もないことをお喋りして泣いたり笑ったりする相手もなく、夜になると塵まみれの几帳の中で横に臥す者なくて淋しい独り寝に悲しさが増すばかりである。
 源氏は、須磨に離れて会いたくてたまらなかった紫の上に、やっとの思いで帰って来た満足感で、都のあちこちに手を付けた女たちの所などへはまだまだ足を運ぶ気がない、ときどきは末摘花はまだ生きているだろうかと想い出すことはあっても、尋ねてみようとまでは思うこともなく、どちらの女も急いで尋ねることもないと思っている内に年も暮れた。

 四月に入って源氏は花散里を訪問しようと思い紫にわけを話て屋敷を出た。ここのところ毎日雨が降り、その名残の雨というのか、しとしとと降る中にどういうわけか月が面白く姿を現した。昔こんな日に出かけたこともあったと思いだし、何となく趣がある月夜の中を進むと形が崩れてしまって庭が森のようになった荒れた大きな邸宅の側を過ぎていた。
大きな松の木に藤の蔓が巻き付いて花が咲き月の光に照らされて面白い形になっている、風が吹いてさっと匂いがして懐かしい何とも言えない香りが漂っている。橘の香りとは違ってまた違った香りがあるので
源氏は車から身を乗り出して庭を眺めてみた、柳も大層立派に茂っているが、下の生け垣は崩れてしまっているので柳の枝は遠慮なく下まで垂れ下がっていた。
 「見たことのあるような庭の構えだな」
 と源氏は思った。それもそのはず、今源氏が見ている屋敷は末摘花の住む常陸の宮の邸宅なのだった。源氏は思いだして車を止めさせた。いつもの通り従者の惟光は必ず側に従っているので源氏は呼び寄せて、
「ここは常陸宮の屋敷ではないか」間髪を入れずに惟光が、
「さようでございます」
 と応えた。
「かってここに居たあの女はまだ健在であろうか、わざわざ尋ねるのも大げさになるので、お前がちょっと行って尋ねてみてくれ、ただしよく本人かどうかを確かめてから言うのだよ」
 と告げる。 
 その頃末摘花は昼寝の夢から覚めて物思いに耽っていた。彼女は昼寝に亡き父宮が現れて懐かしく、目覚めても尚その余韻が残っていて、雨漏りのする庇の間をあちこちと水を拭き取らせて座る場所を作らせ、いつもとは違って世間並みに成長した姿になって、

 亡き人を恋ふる袂のひまなきに
    荒れたる軒のしづくさへ添ふ
(亡くなった人が恋しくて涙で袂が乾く暇もないのに、荒れ果てた我が家の雨漏りで更に濡らしてしまった)

 と独り歌を口ずさむ姿は、辛くてやりきれないものであった。

 惟光は源氏に言われて末摘花の住む屋敷の中に入ってみた、あちこちと人気があるかと見渡すが全然人の気配がない。「やっぱりそうか、何時も行き帰りに覗いてみて誰も住んでないと思ったがやはりそうであったか」と、引き返そうとすると月が明るく射してきて屋敷の方をよく見ると格子を二間ばかり上げて人の動く気配がした。やっと人を見つけただが少し気味悪いなと思いながらも近づいていき、訪れる声をかけると、老いた声でまず咳をした上で、
「貴方は何方ですか、」
 と問いかけてきた、惟光は名のって、
「侍従の君という方にお逢いしたい」
 と答えた。
「その方は他所に行っていまして今はここには居ません。その跡を継いだ女房は居ますが」
 と老女は惟光に答えた。大変に歳をとった女の声であるが、惟光には聞き覚えのある声であった。
 屋敷の中にいた女房達は狩衣姿の男が突然穏やかな態度で入ってきたので
「狐の化け物か」
 と思うのであったが、惟光が女房達に近づいて、
「私の主人が、こちらの姫君が昔と変わらずにお住まいであったならば、お訪ねしたい気持ちでおります。今宵もこの前を通り過ぎるに当たってこちらのご都合を聞いてこいとのことです。後に心残りがないようにしてくださいませ」
 と女達に言うと、女達は安心したのか笑みを浮かべ老女が代表して、
「こちらの姫様が変わって居られたならばこんなみすぼらしい生活はしていませんよ。そこは良く推察してくださいませ。年が過ぎても気持ちが変わることがない人も居られるということをしっかりとご覧下さいませ。」
 と少しくだけてきてこれまでのことを語り伝えようとするので、長くなりそうなので惟光は、
「少しお待ちを、このことを主人にお知らせして参りますから」 
 と老女に言って源氏の許に戻っていった。

「なんと時間がかかったのだね。どうしたのだ。昔の様子がまったくない、雑草が茂りすぎているからかな」
 源氏は邸内に入ってなかなか出てこなかったので先ずこう惟光に言う。
「しかし大殿こう草深い中で人を捜し出すのは大変でした。やっと探し出した老女が色々と話している内に侍従という女房の叔母が当時少将と言っていました老いた女房でした、声だけは変わっておりませんでした。」
 と惟光はさきほどの少将と言うという老女房との話の様子を源氏に告げた。源氏は末摘花が不憫になって、
「このように雑草に覆われた中で、あの姫はどんな気持ちで暮らしていたのだろうか。どうして今までほっておいたのだろう」
 と自分の情けのない心を反省していた。
「惟光どうしようか。今回のように紫に言い訳を言って出てくるのはなかなか難しくなった、今回のようなついででなくては立ち寄る機会があるまい。多分あの末摘花は独り身であろうと思うのだが」
 と源氏は惟光に言って中に入ろうとするが何となく気恥ずかしく感じる。何とか気の利いたことを言って自分のことを彼女に知らせたいのであるが、先年に会った折りのあの口の重い女のままであれば、歌を贈ってもどうかなと使いを立てるのを取りやめる。惟光も、
「これから先へお入りにならないように、草の露がひどうございますから、露を少し払いのけますからそれからになさって下さい」
 と言うので、源氏は

 尋ねても我こそ訪はめ道もなく
        深き蓬のもとの心を
(誰も訪ねませんがわたしこそは訪問しましょう、道もないくらい深く茂った蓬の宿の姫君の変わらないお心を)

 と独り言のように詠って躊躇していたが車から降りて、少しずつ馬の鞭で露を払いながら中に入っていった。