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私の読む「源氏物語」ー23-澪標

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 こんなにまで私を愛していたのだと御息所は源氏が涙を流して語るのを聞きながら、男と女の絆は固いと思い娘の斎宮のこれからのことを源氏に頼む。
「娘は一人心細い有様でこの世に残ることになります、どうか貴方の子供様か縁者の中に入れてくださいませ。後見をしてくれる者もなく、添う男の方もない身の上であります。私ももう少しこの世にいて娘の行く末を見届けたいのですが、しかし私の命ももう僅かになりましたどうかよろしくお頼み申します」
 と、か細い声で源氏に頼み込み涙を流す。「このようなことが無くとも私の心はあなた方から離れるようなことはありませんでしたのに、まして今後は気の付く限りあなた方を後見いたします。全然ご心配なさらないでくださいませ」
 と源氏は御息所を安心させる。
「大変お困りのことをお願いするようですが、父親が健在でも母親が先になくなるのは、子供にとっては哀れなことでございます。まして父親でもない源氏様が娘の面倒を見てくださるならば、その際は愛人としての扱いをなさらないで下さい。愛人となれば他の貴方の愛人達から妬まれ、嫉妬心もおこることでしょう。どうか色恋とは無縁に後見をして下さい、私は娘の生涯独身を望んでいますから」
 と更に源氏に訴えるのを「なんということをおっしゃる」と思うが、実際は源氏は斎宮を自分の愛人にしようと考えていた。
「この歳になって色々と世の中のことを知ってまいりました、けっして昔のような考えでないから心配することはない」
 と話すうちに外は暗くなって、大殿油が灯されて几帳の外から中が窺えるようになった、源氏は「ひょっとすると」と几帳のほころびから中をのぞいてみる、か細い灯火に映る髪を綺麗に削いで脇息による御息所が絵に描かれたように美しく見えた。その光景に源氏はひどく胸を打たれた。御息所の東に看病されているのが斎宮であろうと思った。更によく見ると、机に頬杖をついて母親の病を思い悲しそうな顔をしていた。僅かにしか見えないのであるが、とても美しい人だと源氏には見えた。
 頭髪がなめらかに後ろに流れている様子、醸し出す雰囲気が大変上品で、くりくりとして元気なようで源氏にはそれがはっきりと分かるので、自分の好みにあった女性であると思うのであるが、「あのように御息所が言われるのであるから、ここはぐっと堪えなければ」と思い直していた。
「病のため大変苦しゅうございますので、お見舞い有り難うございます、早々にお引き取り下さいませ」
 と御息所は源氏に告げると人手にゆだねて床に臥した。聞いて源氏は、
「近くまで所用で参りましたので、少しは快復なさるかと思いましたが、大変お苦しそうで、どうなさいました」
 と言って御息所の側に行き覗こうとするので、
「大変ひどい格好でございます、いよいよ私も最期かと思っておりましたところにおいで下さって、私たちの縁の深さを感じました。思っていましたことを貴方にお頼み出来まして私はもう思い残すことは何もありません、貴方を頼りにしています。」
「私のような者に御遺言を託されて光栄に思っております。亡くなられた桐壺院には多くのお子が居られますが、お親しくなさって居られる方が居りませんので、故院がこちらの斎宮を我が子のように考えておられましたので、私もその故院のように斎宮を我が娘と考えて参ります。私も少し歳をとりそれ相応の身にはなりましたが、年頃の娘がございませんので物寂しく思っておりましたところです。」
 と他に慰めの言葉を色々と残して源氏は帰っていった。この後たびたびお見舞いに訪れた。

 源氏が見舞ってから八日ほどたって御息所は亡くなられた。源氏はどうしようもなく世のはかなさを感じ何となく心細く、内裏へ参上しないで御息所の葬儀の準備を誰彼とに命じになっていた。それでも儀式に詳しい者がいなくて、昔斎宮に仕えていた宮司らが儀式のことを指図していた。
 源氏もやがて御息所の屋敷に現れて、娘の斎宮に声を掛けた。
「何も分かりませんのでよろしく」
 と女の事務をする別当を通じて斎宮は応えた。
「お伝えしておかなければならないことがありますから、私とはもう昵懇の間柄と考えられてくだされば私も嬉しいのですが」
 と斎宮に応えて、御息所の女房達を呼び出してあれこれと仕事を命じた。今まで御息所に対して冷たいという評判を、ここで一気に取り返したようである。大変厳かにこの屋敷に仕える者達が多くの事柄を処置していった。
 源氏は自分の屋敷で御簾をおろしたまま僧を呼び勤行をしていた。
 源氏は斎宮の許を度々訪れて何かと世話をする。斎宮もやっと心が解けてきて直接源氏に応えることが多くなってきた。斎宮はもう少し慎ましくしなければと思うのであるが、乳母達が、
「源氏様のお世話はかたじけなく有り難いことでありますよ」
 斎宮にもっと源氏と親しく話をするようにし向けていた。
 雪や霙がひどく降る荒れた日に源氏は、
「姫はいかにして居られますやら、少しだけ様子を」
 と使者を送った。
「今日今の空をどのように御覧になっておいでですか。
 降り乱れひまなき空に亡き人の
     天翔るらむ宿ぞ悲しき
(雪や霙がしきりに降り乱れている中空を、亡き母宮の御霊が、まだ家の上を離れずに天翔けっていらっしゃるのだろうと悲しく思われます)
 周囲の景色に合わせて薄い藍色の紙の黒ずんだのに書いてある。若い人の気に入るようにと考えて書いてある、巧みなものである。
 戴いた斎宮は返事が書きにくく思っていたが、お付きの女房や乳母が、
「代筆は駄目ですよ」
 と取り合ってくれないので、仕方なく娘は鈍い色の色紙を取り出してきて香をしっかりとたきこめて墨の濃淡に気を付けて

 消えがてにふるぞ悲しきかきくらし
    わが身それとも思ほえぬ世に
(消えそうになく生きていますのが悲しく思われます、毎日涙に暮れてわが身がわが身とも思われません世の中に)

 控えめにしかしおおらかに達筆とは言えないが上品な艶やかな手筋と源氏は見た。

 斎宮が決まり伊勢に下向が決まった頃から源氏はこの斎宮に興味を持っていた。
「今は斎宮ではなく、神域の青垣もめぐらさずいつでも逢うことが出来るのだ、思いを素直に申し出て寄っていくだけである」
 と思うのであるが、いつもの癖で思い返しをして、
「われながらみっともないことだ。故御息所が気にしておられた。それが当然のことで、人々も多分自分が女としてしまうだろうと思っているであろうから、ここは予想と反対に清い心で斎宮と接していこう。帝がもう少しものが分かるお歳になれば、内裏に暮らすようにして、いずれは帝の女御として自分はその後見となり」
 と思うのであった。
 大変まめに消息を尋ねる文を送り、大切な用向きには直接自分が尋ねていった。
「遠慮なさらずに、昔からのお付き合いであるので私を父親と思ってご相談下さいませ」
 と源氏は斎宮に申し出るのであるが、奥ゆかしくて恥じらいする人らしく直接声を掛けるなんてとんでもないことと思うような人であるので、女房達も斎宮のこの性質をとても心配していた。源氏は、