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私の読む「源氏物語」ー22-

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 源氏と左大臣の娘亡き葵との間に出来た子供の夕霧は八歳になり誰よりも美貌であり、内裏や春宮の御所に出入りを許されていた。葵の亡くなったことを今でも母親である桐壺院の妹の宮、父親の左大臣は思いだしては悲しんでいた。それでも葵亡き後でも光源氏の力によって色々と大事に扱われ、この何年もの間おちぶれることもなく左大臣一家は栄えていた。源氏は昔と変わりなく左大臣邸を訪れて、節々には子供の夕霧の乳母や、自分が都を離れた間も里にも帰らないでそのまま左大臣の許に残ってくれている葵の生前から働いてくれている女房達に、見込みのある男との縁組や、夫や親兄弟、子供の官職の世話などをして、生活の安定を計ってやることなど、それぞれ便宜を図っていたのでその恩恵を受けた女達は多かった。
 一方二条院の源氏の屋敷にも、源氏が須磨に流れた間の不遇時代にも耐えてそのまま屋敷に残っていた女房達を、気の毒に思い、やっと帰京出来て心がはれやかになると、京を離れる前より夜の伽をしてくれていた、中将女房、中務女房と夜毎に共に臥しては以前同様に体を求めて互いに燃え上がって交わり、愛称を確かめ合うのに忙しく外の女の処へ尋ねるという暇がなかった。 二条院の東にあった亡き桐壺院の屋敷を改築して、「花散里のように苦労して生活している女を住まわせよう」と考えて工事に入っていた。 

 ところで源氏は明石に残してきた明石入道の娘、かの地で源氏と結ばれ、明石を去る日には身籠もっていたがどうしているであろう。と何時も源氏は気にかかっていたのであるが、天皇譲位などと公務、あの着不幸な事件に都に残してきた女達の世話という私事に忙殺されて、明石の君へ文を書くことも出来なかった。
 三月の初めに「出産の日はこのごろであったが」と心配になり源氏は急ぎの使いを明石に送った。使いの者は急いで帰ってきて、
「三月の十六日に女子がお生まれ遊ばしました。安産でありました」
 と主人に報告した。安産の上に、珍しく女の子だという報告を聞いて源氏の喜びは一通りではない、公には出来ないが藤壺との子供の冷泉帝、亡き葵との間の夕霧、そして今明石の君との間に女の子、理想的な子持ちとなった。
「どうして京に迎えて、こちらで出産させれば良かった」と残念に思った。
 インドに発して宿曜経を経典とし、星の運行を人の運命と結びつけて吉凶を占う。この術が古くに中国に伝わり、仏教がわが国に伝えられるのと同じく日本に伝わった」、その教典に
「子が三人生まれ、そのうちの二人は、帝、后と皇位に並び立ち、その人たちより劣った人は太政大臣となり位人臣を極めるだろう」
 と言う予言をかって源氏は聞いたことがあった。きっと叶うであろうと予言者は言った。おそらく天皇の位に昇り政治を司ることになるであろう、と多くの立派な観相学者が源氏に告げたことを、身に浴びた不幸な出来事ですっかり忘れていた。ところが冷泉帝が即位されあの宿曜師が言った予言が一つ実現したと源氏は思いの外に嬉しく思った。
「そうして自分が天皇の位につくことはあり得ない」と確信した。
 源氏は更に思うのである、
「父の桐壺院は多くの親王の仲で特に私を可愛がり下さったが、臣下に下がらされたことは、帝の位から遠ざかったことであって、冷泉帝が即位されて公表することは出来ないが、宿曜師がいう我が子の一人が帝の位につくと言う予言は当たっていた。」
 と心中でこっそりと思っていた。そうしてこの先のことを考えると、
「住吉の神の導きは、明石の君も世にまたとない運命の持ち主で、まともな親とも思われない入道もどうすることも出来ないものではないだろうか。将来は、皇后にも上る娘を下層階級のなかで産み、見ていられないほど可哀想でまた有り難いことでもある。急いで都に迎えねば」
 と源氏は考え、東に工事中の屋敷の改造を急がせた。

 あの明石のような処に立派な乳母となれるような女はいないと源氏は考えて、亡くなった父の桐壺院に勤めていた桐壷院の宣旨の娘で、父は宮内卿兼参議(正四位下相当官)でれっきとした家柄の娘だが、現在両親とも亡くなり、不遇な生活をしている女が、聞くとこによると気の毒な境遇のなかで出産して困っていると語る女房がいて、その伝を求めて紹介する人を呼び我が娘の乳母のことを話をする。
 紹介された宣旨の娘はまだ若く気持ちのいい深窓に育った女であった。毎日を粗末な家で過ごし訪れる人もなく心細く暮らしているので、源氏からの申し出を深く考えずに有り難いことであると、乳母としてお勤めすると申し出た。源氏は不憫なことと思うのであるが、明石に向けて出発させることにした。
 外出のおりに源氏はこっそりと忍びで宣旨の娘の家に立ち寄る。答えはしたものの娘はあのような明石の浦に京を離れて行くのはどうか、結構なお話であるが、色々と悩んだ末に、
「ただおしゃる通りにいたします」
 と源氏に応えた。吉日に急がせて出発することにして、源氏は乳母の宣旨に、
「このことは変に思うかも知れないが、私の考えを実現するためであります。私も何年かかの地で暮らし苦労したが、何かの縁で知り合ったのだから我慢してください」
 などと現地のことを詳しく話をする。
源氏はこの娘を父院の側で働く姿を何回か見ていたが、その当時よりやつれていた。見回してみると家の中も荒れ果てており、庭の大きな木も手入れされずにそのままの姿で醜く立っている。「どんな暮らしをしているのやら」と考える。娘は若いし割合可愛い女なのでつい女癖が出てきて、女をじっと見つめて柔らかく話を続ける。女も有名な源氏に見つめられると心の緊張もゆるみ男を知った体である二人はじゃれ合ってやがて着ているものを一枚一枚脱ぎ捨てて薄着一枚の姿になって女は源氏の体を自分の中心にしっかりと納め、源氏は女の全身を懐に抱いて喜びの頂点に上った。そのまま源氏は女の耳元で、
「明石に行かないで自分の側にいるかい」
「貴方様のお勤めをするのならばお側にいとうございますわ、そうすれば今までの不幸が慰まれます」
 源氏は詠う、

 かねてより隔てぬ仲とならはねど
  別れは惜しきものにぞありける
(以前から特に親しい仲であったわけではないが、別れは惜しい気がするものであるよ) 
 追いかけていこうかな」

 と囁くと女は源氏から離れて、身を繕い

 うちつけの別れを惜しむかことにて
     思はむ方に慕ひやはせぬ
(口から出まかせの別れを惜しむことばにかこつけて、恋しい方のいらっしゃる所にお行きになりませんか)

 とにっこり笑って答える、男慣れした女に源氏もこの女めと思う。

 明石の君が産んだ子供の乳母、宣旨は、京の町を車で出発し、川に出て難波へは舟で下る、そのあと明石まで馬を使った。源氏は彼女と親しい者をいく人か付き添いとして同行させ固く口止めをして置いた。
姫のお守り刀、その他必要な物全てをあつらえて持って行かせた。乳母の所持品も細かい点まで気を配って持たせてやった。