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私の読む「源氏物語」ー20-

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「取るに足りない身分の田舎者は、都から一時的に下向した人の甘い言葉に乗って、軽く良い仲になって体を与えてしまうこともあるだろうが、どうせ男はひとり前の夫人として思ってくださらないだろうから、女にとってはたいへんつらい苦しみを増すことだろう。源氏の元へととてつもない高望みをしている両親も、私が未婚の間は、当てにならないことを当てにして、将来に希望をかけているようであるが、もし私が源氏の元へ行ったとなるとかえって後々の心配が増ることであろう」と思って、「ただ源氏様がこの明石の浦にいらっしゃる間は、このようなお手紙だけをやりとりさせていただけるのは、普通出来ないことである。長年都の噂にだけ聞いていて、そのような立派な方の様子をちらっとでも拝見することが出来るなんて思いもしなかったことである。それが、よそながらもちらと拝見し、素晴らしいと聞き伝えていた琴の音を風に乗せて聴き、毎日のお暮らしぶりもはっきりと見聞きし、さらにこのようにまでわたしに対して関心いただくのは、この浦の漁師に混じって朽ち果てた私にとっては、過分の幸せだわ」
 などと思うと、明石の君はさらに気後れがして、少しも源氏の側近くに上がることなどは考えもしなかった。
 入道とその妻は、長年高貴な男と娘が結ばれるという念願が今にも叶いそうに思いながら、
「不用意に娘をお見せして、もし源氏様が相手にもしてくださらなかった時は、どんなに悲しい思いをするだろうか」
 と想像すると、心配でたまらず、
「源氏様がどんなりっぱな方であっても、その時は恨めしいことであろうし、悲しいことでもあろう、目に見ることもない仏とか神とかいうものにばかり信頼していたが、それは源氏の心持ちも娘の運命も考えに入れずにしていたことであった」
 と繰り返し思い悩んでいた。源氏は、
「この秋の季節の波の音に合わせて、あの琴の音色を聴きたいものだ。それでなかったら、この濱にいることが何にもならない」
 などと、琴に掛けて娘を早くと入道にいつも催促する。

 入道はこっそりと吉日を調べて、妻があれこれと心配することを取り上げず、腹心となって下働きをする弟子にさえ知らせず、自分の一存で計画して娘の館を輝くばかりに整えて、十三日の月の明るくさし出た時分に、ただ、
「あたら夜の月と花とを同じくは心知れらむ人に見せばや」と後撰集の源信明の歌を文として源氏の許に送った。
 源氏は、「入道目め、風流ぶっているな」と少し思うが、お直衣を着て身なりを整えて、夜が更けるのを待って明石の君の館に出かけていった。車は立派に整えたが、大事過ぎると思って、馬で出かけた。惟光達数人が供としてついった。館は源氏の住む館から少し遠く奥まった所であった。道すがら、広がる明石の浦々を見渡して、恋人と二人で眺めたいと思う入江の月影を見ると、どうしても二条院に残してきた紫のことが思い出され、このまま明石の君の館を馬で通り過ぎて、都に上ってしまいたく思う。

 秋の夜の月毛の駒よ我が恋ふる
      雲居を翔れ時の間も見む
(秋の夜の月毛の駒よ、わが恋する都へ天翔っておくれ、束の間でもあの人に会いたいので)

 と紫恋いしとつい独り詠う。
 明石の君の住まいする小高いところにある家の有様は、木が深く植えられて大きく繁り鬱蒼として家を囲み大変素晴らしい屋敷であった。入道の海辺の住まいは堂々としてあじわいのある屋敷で、こちらの屋敷はひっそりとした住まいの構えで、「ここで暮らしたら、物思いに沈んでしまうことだろう」と源氏は自然に想像されしみじみとした思いに落ち込んでしまう。念仏をあげて修行する三昧堂が近くにあって、鐘の音と松風が響き合って、なんとなく悲しい感じがする、巌の上に立つ松の根が、一つの山水になっていた。屋敷内のあちこちの前栽で虫が声いっぱいに鳴いていた。あちらこちらの様子を源氏は見てみる。明石の君の住む建物は、特に美しく建築してあって、月の光を入れた杉板の戸口は、ほんの気持ちばかり開けてある。「君や来む我や行かむのいさよひに真木の板戸もささず寝にけり」古今集にある夜這いしてくる男を待つ女の歌の通りだと源氏は思った
 少しためらいながら源氏は明石の君に何かと話しかけてみる、聞いている女は「こんなに近くに来られまい」とかってに思いこんでいたので、源氏のすることが何となく悲しくて、堅くなっている。その態度を源氏は、「ずいぶんと貴婦人ぶってお高く止まっている。源氏のこれまでの経験から、簡単に近づくことが出来ないこの女より高貴な身分でさえ、男がこれほど近づき言葉をかけてしまえば、男を許して拒むことはないのであったが、この女は自分がこのように都落ちした咎人と見くびっているのだろうか」としゃくにさわり、いろいろと彼はこの後の自分の行動のことで悩んでいた。「容赦なく無理じいするのも、意向に背くことになる。根比べに負けたりしたら、体裁の悪いことだ」などと、源氏は心乱れて明石の君を恨む。この様子を、本当に物のあわれを理解する人に見せたいものである。
 几帳の紐が風に吹かれて動き近くにあった箏の琴に触れて小さく音をたてたのを源氏が聞いて、娘が今までくつろいだ普段のまま琴を弄んでいた様子が想像され、源氏の気持ちは更に娘の方に高ぶっていった。
「お父上から噂に聞いています琴までも聴かせてくれないのですか」
 などと、いろいろと話しかけてみる。
源氏は歌を贈った
 むつごとを語りあはせむ人もがな
     憂き世の夢もなかば覚むやと
(心を打ち明けて語り合える相手が欲しいものです、この辛い世の夢がいくらかでも覚めやしないかと)
 明石の君は源氏に返歌をする
 明けぬ夜にやがて惑へる心には
     いづれを夢とわきて語らむ
(闇の夜にそのまま迷っておりますわたしには、どちらが夢か現実か区別してお話し相手になれましょう)

 暗闇の中でかすかに伝わってくる女の感じは、伊勢に行った源氏の恋人六条の御息所にとてもよく似ていた。女は源氏の訪問など何も聞かされずにくつろいでいたところを、このように意外な源氏の訪問を受けることになったので、たいそう困って、近くにある女房の控え室である曹司の中に入って、どのように鎖してしまったのか、源氏が開けようとしたが固い、源氏は無理して開けようとはしない。けれども、このまま何時までもこんな状態では居られそうもない。ついには板戸を開けて源氏の許に膝行して現れた。