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私の読む「源氏物語」ー20-

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 明石の君からの返事はたいそう時間がかかった。入道が奥に入って催促するが、娘は一向に聞き入れない。源氏の文の見事さに気後れする、お返事をしたためる筆跡も、恥ずかしく、相手の源氏の身分と、わが身の程を思い比べると、比較にもならない思いがして、気分が悪いといって、物に寄り伏してしまった。
 説得に困って、入道が書く。
 「とても恐れ多い仰せ言は、田舎者には、「うれしきを何に包まむ唐衣袂ゆたかに裁てと言はましを」(この嬉しさを何に包んで置いたらよいのだろうか。着物の袖をもっとたっぷり仕立てておくれと言えばよかったのに)(古今集)身に余るほどのことだからでございましょうか。まったく拝見させて戴くことなど、思いも及ばぬもったいなさでございます。それでも、

 眺むらむ同じ雲居を眺むるは
     思ひも同じ思ひなるらむ
(物思いされながら眺めていらっしゃる空を同じく眺めていますのは、きっと同じ気持ちだからなのでしょう)
 というのが私の気持ちでございます。大変に色めいて恐縮でございます」
 と申し上げた。陸奥紙に、ひどく古風な書き方だが、筆跡はしゃれていた。「なるほど、色っぽく書いたものだ」と、源氏は目を見張って見た。文を持参した使者に、立派な女装束などを与えた。
 翌日、源氏は、
「女の人に代わって代筆のお手紙を頂戴したのは、初めてです」と書きだして、

 いぶせくも心にものを悩むかな
    やよやいかにと問ふ人もなみ
(悶々として心の中で悩んでおります、いかがですかと尋ねてくださる人もいないので)
 まだ見ぬあなたに恋しいとも言いかねましてこんな歌があります、
 恋しともまだ見ぬ人の言ひがたみ
     心にもののむつましきかな」

 今度は、源氏はとてもしなやかな薄様に、紙になじむように美しく書いていた。これを見て若い女性が素晴らしいと思わなかったら、感覚がないというものである。明石の君は源氏の文を受け取って、良く出来た文と思いつつ、自分とは比較にならないと思うと自分が情けなくなり、よく考えてみると自分のような女がいるということを、源氏が知って尋ねてくださることは自分が惨めで自然と涙が出てきて、まったく以前からと同じで動こうとしない。それを入道達に責められ促されて、明石の君は、深く香をたきしめた紫色の紙を取り出して濃淡のある墨つきで書き紛らわして、

 思ふらむ心のほどややよいかに
     まだ見ぬ人の聞きか悩まむ
(思って下さるとおっしゃいますが、その真意はいかがなものでしょうか、まだ見たこともない方が噂だけで悩むということがあるのでしょうか)

 その筆跡や、和歌の道など、高貴な婦人方と比べても見劣りがせず、高貴な女と言っても問題がないほどであった。
 受け取った源氏は文を見ている内になんとなく京の事が思い出され、味わいのある文と見ていたが、続けざまに文を送るのも、人目につくと思い、二、三日置きに、することもなくぼんやりとしている夕暮や、もしくは、しみじみとした明け方などに恋文らしくなうよそおって、彼女も同じ思いをしているにちがいないと推量して、お互いに文を交換すると、まあまあ相手としてはうまくいった。
 明石の君の思慮深く気位の高い様子で結婚をはばかる彼女の態度を、源氏は是非とも彼女に会わないと気がすまないと思い、一方では、あの北山で良清がわがもの顔に言っていた様子もしゃくにさわるし、それでも彼が長年心にかけていた女だろうことを、目の前で自分が娶って失望させるのも気の毒に思って、「入道の方から進んでこちらに女房として出仕させるのなら、そういうことで仕方なかったのだということでもして、うやむやのうちに事を運んでしまおうと」と思うが、女は女で、高貴な身分の女以上に、たいそう気位高くかまえていて、源氏がいまいましく思うように仕向けているので、二人の意地の張り合いで日が過ぎて行った。
 京の事を、このように須磨は摂津国、畿内の一国、明石は播磨国、地方の一国である、その須磨の関を越えて、須磨から明石に移った今では、ますます気がかりに思って、「関を越えてしまってどうしたものだろう。紫も驚くことだろう。こっそりと、ここへ迎えてしまおうか」と、気弱くなることも時々あるが、「そうかといって、紫とこんな処で何年も過せようか、今さら体裁の悪いことを」と、思い静めた。

 その年、朝廷では、帝に神仏のお告げが続いてあって、国中に異変が度々あった。そのような中に三月十三日、雷が鳴り閃光がひらめき雨風が激しく降りしきる夜に、帝の夢に、父院桐壺帝が、清涼殿の東庭に面した階段の下にお立ちになり、機嫌がひどく悪く帝を睨み据えるので、帝は畏まって父院の前に座っていた。桐壺院が色々とおしゃることを帝は畏まって聞いている、院は多くのことを語られた。はっきりとは言わないが源氏の身の上のことであったのだろう。
 帝は父院がまだ成仏することが出来ないのだろうとたいそう恐ろしく、またおいたわしいと思い、母の弘徽殿大后に夢のことを話したのだが、弘徽殿は意に介さず、
「雨などが降り、天候が荒れている夜には、日頃思い込んでいることが夢に現れるのです。驚いて軽々しい態度に気を付けなさいませ」
 と帝をお諌めになる。
 父院に睨まれた時帝は父の眼と見合わせたのかもしれなくて、帝は眼病にかかって、堪えきれないほど苦しんだ。ご快癒を願って物忌みを宮中でも大后宮でも、数知れず定めて実行したのであった。
 太政大臣になった右大臣弘徽殿の父親が亡くなった。相当なお歳であったから無理もないことであるが、次々と騒がしいことが前触れなく自然に起こってくる上に、弘徽殿大后もどことなく具合が悪くなり、それが日がたつにつれ体が弱って行くようなので、帝の心配事がつきない。朱雀帝は、
「この異常時はやはり、源氏の君が、まことに無実の罪でこのように都を離れて沈んでいる状態が続くなら、必ずその報いがあるだろうと思っていました。今は、やはり源氏の君を元の右大将に復位してもらいましょう」
 と度々自分の考えを弘徽殿大后に相談するのであるが、
「世間の非難を恐れて簡単に都を離れた人に対して軽々しいようですね。罪を恐れて都を去った人を、「獄令」によれば、流罪罪の者は六年過ぎないと再出仕を許さない、また流罪に処せられないまでも配流された者は三年たたないと再出仕を許さないと定められているにかかわらず、源氏の君はわずか三年も過ぎないうちに赦される、このような処置は世間の人はどのように言いふらすことでしょう」
 と弘徽殿大后は固く帝をお諌めになるので、帝はためらっているうちに月日がたって、帝も弘徽殿も、病がそれぞれ次第に重くなった。

 明石では、いつものように秋の浜風が格別で、源氏は独り寝が本当に何となく淋しくて、入道にそれとなく娘の明石の君の話をもちかける。
「何とか人目に立たないようにして、私の元に差し向けてください」
 と頼んで、娘が来ないことはないと、思っているが、娘は娘で源氏の元に参ろうなんてまったく考えてなどいない。そうして、