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私の読む「源氏物語」ー20-

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 月が出て、大潮のときに海水が近くまで満ちてきた跡がはっきりと分かり、まだ依然として寄せ返す波は荒いのを柴垣の戸を開けて眺めていた。源氏の今住んでいるこの須磨の周りは、その日暮らしの者ばかりで過去将来のことを考えて過ごしている者はいない、そのような貧しい漁師達が嵐を避けて源氏の屋敷に来て、源氏が聞いても分からないことをぺちゃくちゃしゃべり合っている。源氏にとってはひどく珍しいことであるが、このような状況では追い払うこともできない。源氏の耳に、
「この嵐が、今しばらく続いたならば、大潮が上がって来て、残るところなく持って行かれてしまったことよ。神のご加護は大変なものであった」
 と言うのを源氏は聞いて、心細いなどというものではなかった。源氏は、

 海にます神の助けにかからずは
    潮の八百会にさすらへなまし
(海に鎮座まします神の御加護がなかったならば、潮の渦巻く遥か沖合に流されていたことであろう)

 一日中、吹き荒れた風や雷の騷ぎのために、気丈にしていたとはいえ源氏はひどく疲れ思わずうとうととする。大変粗末なところであるので横になるわけにはいかずちょっと壁に寄り掛かってうたた寝をしていた、その夢枕に父の故桐壺院が、生前の姿のままで現れ、源氏に
「どうして、このような見苦しい所にいるのだ」
 と言われて、源氏の手を取って引き立て、
「住吉の神がお導きになっておられる、早く船出して、この浦を去りなさい」
 と叱るように言う。源氏はその言葉がとても嬉しく、
「父上のお姿にお別れ申して以来、さまざまな悲しいことばかり多くございますので、今はこの海辺に命を捨ててしまおうと思っております」
 と父院に答えると、
「とんでもないことを言う。この嵐に遭うということは、ちょっとしたおまえの罪の報いであろうよ。私は、帝に在位中、自分では過失はなかったと確信しているが、それでも私が感じない罪があったと思う。その罪をあの世で償うのに忙しくて、おまえの居るこの世のことを顧みる暇がなかった。だがお前が大変な難儀に苦しんでいるのを見ると、とても我慢が出来ない。そのため海に入り渚に上がりたいそう疲れたけれどこの場にやってきたのだ。この機会に、京に上がって内裏にお前のことを訴えなければならない、これから急いで京に向かう」
 と言って、故院は源氏の前から立ち去りになってしまった。
 源氏は父親に会えて名残惜しく悲しくて、「お供して参りたい」と涙ながらに、見上げると、人影もなく、月が煌々と照り、今のが夢とも思えず、父の姿が残っているような気がして空を見ると雲がしみじみとたなびいているのであった。
 源氏はここ何年か夢の中でも会うことが無く父院が恋しく、その姿をわずかな時間ではあるがはっきりと見た顔だけが眼前に浮かび、「今、自分がこのように悲しみに打ちひしがれて、命を絶とうとまで思っているのを、助けるために天国より天下っていらした」と、しみじみと有り難く思う、そうして「よくぞこんな天災騷ぎがあったことである」と、夢の後はこれから先のことを頼もしくうれしく思った。
 源氏は現実では忘れていたが、夢で父院に会ったばかりにかえって悲しみに心乱れ、胸がぴたっと塞がって、現実の悲しいこともつい忘れ、「夢の中でもう少しお話しがしたかった、返事もしっかりとせずに終わってしまったこと」と残念で、「再びお見えになろうか」と、無理に寝ようとするのだがさっぱり目が合わず、明け方になってしまった。

 渚に小さい舟が到着して舟から二、三人ほど、源氏の住まいの方に向かって歩いてきた。どなたですかと源氏の供の者が尋ねると、
「明石の浦から、前の播磨守入道が、お舟支度して源氏様をお迎えに参上したのです。源少納言長清様がお供でお出ででしたら、お会いして子細を申し上げたい」
 と言う。良清、驚いて、源氏に、
「明石入道とは知人として、長年互いに親しくお付き合いしてきましたが、私事でいささか腹の立つことがございまして、普通の消息はもちろんのこと、これぞという特別の消息でさえも送ることなく、そのまま久しくなっておりましたが、こんな天災の後に何の用でありましょう」
 と言って不審に思っている。源氏が夢のことなど連想して、「早く会え」と良清に言うので、急いで渚の舟まで行って会った。良清は「あれほど激しかった波風なのに、いつの間に舟を出したのだろう」と合点が行かず不思議なことをすると思っていた。入道の使いの者は、源氏が濱へ出て禊ぎをした日の頃のことを言って、良清に、
「去る三月上旬の日我が主人、入道の夢に、人間とは思えない異形の者のお告げがありました、『十三日に私の言うことが真実であることを見せよう。それは、舟の準備をして、必ず、いま吹きすさんでいるこの雨風が止んだら、この須磨の浦に寄せ着けよ』と、前もって告げていたことがございましたので、試しに舟の用意をして待っておりましたところ、激しい雨、風、雷がそのお告げであると気づかせてくれましたので中国の『史記』殷本紀に武丁王が夢に土木工事の人夫である傅説を見てそれを信じ宰相として抱えた話もあるように、異国の朝廷でも、夢を信じて国を助けた例が多くございましたので、貴方がそんなお告げなんか信じないでお取り上げにならないにしても、言われたとおりに舟を出し、この由をお知らせ申し上げましょうと思いました。舟出しましたところ、荒れた海の中で不思議な風が細く吹いて舟を押してくれてこの浦になんなく着きました。これは本当に神のお導きとしか考えられません。こちらにも、もしやなにかお心あたりのこともございましたでしょうか。大変に恐縮ですが、このことをご主人の源氏様にお伝え申し上げてください」
 と言う。良清は聞いて帰り源氏にこっそりと伝えた。
 源氏は良清から聞くと、入道の言葉をいろいろと考えてみた。今の自分は夢でも現実でもいろいろと穏やかでない、そのことを暗示するようなことがあたのではと、過去未来と考え合わせて、
「自分の行動を世間の人々が聞き伝えて後世まで非難されることは間違いないだろう、そのことを恐れて、今耳にしたことが本当の神のお告げであり、それに背いたものなら、また私への非難が倍増して物笑いを受けることになるだろう。この世の人の意向でさえ背くのは難しい。些細なことでも慎重に対処して、自分より年齢もまさるとか、もしくは爵位が高いとか、世間の信望がいま一段まさる人とかには、その人の言葉に従って、その意向を受け入れるべきである。謙虚に振る舞って非難されることはないと、昔の賢人も言い残していた。なるほど、現在までに命の極限までを経験して、またとないほどの困難を体験し尽くした。今さら後世の悪評を避けたところで、たいしたこともあるまい。夢の中にも父帝のお導きがあったのだから、疑うことはない」
 と思い、返事を告げる。
「知らない世界にはまりこみ、経験したこともない困難の極限を体験してきたが、都の方から安否を尋ねて来る人もいない。ただ茫漠とした空の月と日の光だけを、故郷の友として眺めていますが、そこへうれしい釣舟のお誘い。貴方の居られる浦で、私が静かに隠れていられる所がありますか」