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私の読む「源氏物語」ー16-

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 酔いが回っていつもよりは少し乱れた源氏の顔の色つや、際だって見える。羅の直衣に、単重を着ているので、薄い衣服を通して透いて見える肌がますます美しく見えるので、年老いた学者達は遠くから源氏の姿を拝見して、涙を流しながら座って見つめていた。
「高砂」の末句で歌詞は「さ百合花の」であるが、実際歌う時は「さゆりばの」となった「逢いたいものを、小百合の花の」と謡い終わるところで、中将源氏に杯を差し出した。
中将は、

 それもがと今朝開けたる初花に
     劣らぬ君が匂ひをぞ見る
(それを見たいと思っていた今朝咲いた花に
劣らないお美しさの源氏様でございます」

 と詠う、源氏は苦笑して、杯を受けて、

 時ならで今朝咲く花は夏の雨に
   しをれにけらし匂ふほどなく
(時節に合わず今朝咲いた花は夏の雨に萎れてしまったらしい、美しさを見せる間もなく)
 私はすっかり衰えてしまったものを」

 と、陽気に戯れて返歌をする。酔っぱらって変な言葉を言われる、と中将は取りなす、「そんなことを言うものではありません」
 と咎めながら、それもう一つ、と無理に杯を源氏に進める。
 この集まりでは多くの歌が詠まれた、しかしなにぶん正式な会でもないので戯れ歌も多くあり、ここで紹介するのもなんとなくはしたないことである、紀貫之も戒めていることでありそれに従って省略しておこう。だが言っておくことは詠まれた歌のすべて源氏を讃えた内容ばかりで、漢詩もそうであったことを付け加えておく。源氏も自身、たいそう自己満足して、
「周公旦は文王の子武王の弟なり 自らその貴きことを知る
 忠仁公は皇帝の租皇后の父なり 世その仁を推す」
 と和漢朗詠集の丞相の一節を、口ずんだのはなるほど、立派である。「成王の何」と言おうとしたのであろうが、成王を春宮にたとえて実は我が子である、と言おうとしたのか、不義の子東宮のことは、やはり気がかりだろう
 紫の父である兵部卿宮もよく源氏邸を尋ねてこられ、管弦の嗜みのある人なので、源氏や紫と賑やかに楽を奏して楽しんでいた。。

 そのころ、尚侍の朧月夜が内裏から退出して里の屋敷に帰っていた。彼女は瘧病に長く患い一向に治る兆しがないので、自分の屋敷で気楽に加持祈祷などをして貰おうとのことであった。修法などを積んだ加護か、やっと回復したので一家中みんなが喜んでいる時に、めったにない機会だからと源氏と示し合わせて、何とか家人をごまかして無理に、毎夜毎夜逢瀬を楽しんでいた。。
 朧月夜は女盛りで、豊かな体で派手な感じがしていた人が病んでほっそりした感じになったところなどは、実に女の魅力が一杯に発散していた。
 弘徽殿后宮も同じ邸に居るので、目に付いたらと、とても恐ろしい気がしたが、このような危険な逢瀬がかえって女の情念が燃える性癖なので、慎重に源氏と逢っていたのであるが、こんなことも度重なると、何となく雰囲気を感じて不審に思う女房たちもきっといたにちがいないだろうが、関わりになってかえって叱られてはと、厄介なことに首をつっこむまいと思って、弘徽殿の宮には何も言わなかった。
 父の右大臣は、もちろん想像もしていないが、或る日の明け方、雨が急に激しく降り出して雷がひどく鳴り轟いて、右大臣の子息たちや、后宮職の官人たちなどが騒いで、ここかしこに人目が多く、女房どももおろおろ恐がって、源氏と朧月夜が逢い引きしている部屋の近くに集まってきたので、源氏は帰るに帰られなくなり、すっかり夜が明けてしまった。
 夜も明けて明るくなると朧月夜の御帳台のまわりに女房たちがおおぜい並び主人の起床を待っているので、帳台の中の二人は胸がどきどき鳴っている。朧月夜の腹心の女房二人ほ事情を知っているので、どうしたらよいか分からず帳台の外で女房達に混じって座っているものの、これも胸をどきどきさせていた。
 やがて雷が鳴りやんで、雨が少し小降りになったころに、娘の様子を見ようと右大臣が朧月夜の部屋の方に渡って来て、まず最初、弘徽殿の宮の部屋にいたが、次に朧月夜の部屋にやって来た。二人は雨の音に紛れて大臣の足音が聞こえなかったので、大臣が気軽にひょいと部屋に入るなり、御簾を巻き上げながら、
「どうだった、昨夜の荒れ模様はひどかったではないか、心配していたのだがこちらに来ることが出来なかった。中将の女房、頭中将の宮の子守などは、側に付いていましたか」
 などと、早口で言われるのが、大臣とあろう者が軽率なものの言い方や動作であると源氏は自分の置かれている立場を考えずにまず亡き妻の葵の父の左大臣と比較してしまう、危険な時にでも、左大臣の様子をふと思い出していた。そしてつい笑ってしまった。なるほど右大臣の行動は少しはじたなく、娘の朧月夜の部屋にすっかり入ってからおっしゃればよいものを、下っ端の者のように外から声を掛けるなんて、上流人のすることではなかった。
 声を掛けられて朧月夜はどうしようもなく、静かにいざり出る、彼女の顔がたいそう赤くなっているのを、「まだ病が治っていなくて苦しんでいるのだろう」と父の大臣が、
「どうして、まだ顔色がいつもと違うではないか。病が治まったと言うから祈祷を止めたのに、まだ物の怪などがしつこくついているのだ、修法をもう少し続けさせるべきだった」
 と言いながら娘の姿をよく見ると淡い納戸色の男用の夏の直衣の帯が彼女の着物の裾に絡まっているのを見つけて、変だ思う。また一方に、懐紙に歌など書きちらしたものが、娘の几帳のもとに落ちていた。「これはいったいどうしたことか」と、右大臣は驚いて、
「あれは、誰のものか。見慣れない物だね。見せなさい。それを手に取って誰のものか調べよう」
 と言われて朧月夜が振り返って見て、自分でもこれはと、ごまかすこともできないので、どのように父に答えたらよいか呆然としていた。その姿を見て右大臣は、「我が子ながら恥ずかしいと思っているのだろう」と思い、これほど達筆の方は、だいたい察しが付く、娘が誰と夜を過ごしていたのか普通ならばこれ以上娘を追求するのは遠慮すべきである。ところがこの右大臣はまことに気短な人で、
心豊かでない、後先の考えもなく、手渡された懐紙を持たまま、几帳を覗き込むと、まことにたいそう乱れた姿で今まで娘と共に臆面もなく添い臥していた男がいて、今になってそっと掛けてある衣を引っ張って顔を隠したり体を隠そうとする。右大臣はあきれて癪にさわり腹立たしいけれど、このようなことをする男は源氏しかいないと判断して、これ以上面と向かって言うことも出来ず、目の前がまっ暗になる気がするので、この懐紙を持ったまま寝殿に帰っていった。。
 朧月夜君は、呆然自失して、死にそうな気がする。夜着をかぶったままの源氏も、「困ったことになった、とうとう、つまらない振る舞いが重なって、世間の非難を受けるだろう」と思うが、朧月夜の気持ちを察していろいろと慰めるのであった。

 右大臣は、思ったことを胸にしまっておける性格でない上に、ますます老寄の僻み癖までが加わり、今回の娘と源氏の逢い引きを放っておくことはとても出来ず、ずけずけと、弘徽殿の宮に話した。娘の朧月夜と源氏が共寝をしていたことを全て話すと、例の懐紙を見せて、