私の読む「源氏物語」ー16-
「この懐紙は、右大将源氏の筆跡である。以前にも、こちらの許しを受けないで二人が逢っていたのであるが、桐壺帝の大事なお子と思って我慢して、できれば我が家の婿殿にしようかと、言いました時は、心にも止めず、無視するという失敬な態度を取り不愉快に思ったが、これも二人の前世からの宿縁なのかと思って、朱雀帝にはすでに男に犯されていることを知っておいでになっても、お見捨てになるまいと信頼して、いまのように帝の側に差し上げながら、やはり源氏とのことを考えられてか、尚侍とはなったが晴れ晴れしい女御にはなさらない。このことを物足りなく残念に思っているのに、再び、このような男女の仲になるとは、本当に情けない気持ちになってしまった。男が女狂いをする習性とは言いながら、源氏もけしからんご性癖であるよ。朝顔の斎院にも手を出そうとして、こっそりと手紙のやりとりなどをして、斎院への懸想は帝への冒涜でもある、二人は怪しい様子だと人が噂をしているのも、国家のためばかりでなく、この家としても決して良いことではない。まさか源氏がこのような思慮分別のないことはし出かさないだろう、今日のの知識人として、天下を風靡している様子、格別のようなので、源氏大将のお心を、疑ってもみなかった」
などと話すと、弘徽殿の宮は、右大臣以上にきつい気性なので、非情に怒り、、
「帝と申し上げながら昔から周りの殿上人に軽く思われて、左大臣も、大事に育て上げた一人娘の葵を、源氏には兄である東宮、今の朱雀帝には差し上げないで、弟の源氏がまだ幼い者の元服の時に夫人としてしまい、また朧月夜を帝のお側にと私は心づもりしていましたところ、源氏と深い仲になり、誰もが皆、二人の関係が悪いことであるとは思わず、皆が、あの源氏に味方していたのを、その当てが外れてしまい、こうして尚侍として出仕しているのが、私は気の毒で、何とか今の身分であっても、他人に引けをとらないようにと、心がけていましたが、そうすれば左大臣一党の手前もあかすことになるし、などと思っておりましたが、あの妹はそんな私の気持ちも察せずに、こっそりと自分の気に入った方に、心を寄せていったのでしょう。斎院との噂は、帝の女に手を出すぐらいだから源氏にとっては何でもないことでしょう。源氏が帝にとって不安な存在に見えるのは、藤壺の子である東宮の後ろ盾となっている源氏にとって春宮の御治世が早く来るのを格別期待している人なので、もっともなことでしょう」
と、容赦なく言うので、右大臣は弘徽殿の言葉を聞きながらあまりに露骨な言い方に、「どうして、話してしまったのか」と、思わずにいられないので、
「まあ仕方ない。暫くの間、この話を漏らすまい。帝にも言わないでほしい。源氏はこのように罪があったとしても帝は自分を見捨てにならないと、いい気になっているのでしょう。内々に私が源氏が帝にとって不安な存在に見えるとお諌めしましてそれでも事が治まらなければ、その責めは、ひとえにこのわたしが負いましょう」
と言って弘徽殿の気を静めようとしたが、弘徽殿の様子は変わらなかった。
「このように、同じ邸にいてはいる隙間もないのに、遠慮会釈もなく、あのように忍び込んで来るというのは、私たち一族を軽蔑し愚弄しているのだ」と弘徽殿は思い、ますますひどく腹立たしくなって、「この機会に、しかるべき処置をするには、よいきっかけだ」と、いろいろと考えめぐらしていた。
(賢木終わり)
作品名:私の読む「源氏物語」ー16- 作家名:陽高慈雨