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私の読む「源氏物語」ー15-

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 と言って、外の方を遠く見ている横顔、何とも言いようがないほど優美に見える。女房が果物だけでもあがられては、と言って差し上げた。箱の蓋などにも、おいしそうに盛ってあるが、藤壺は見向きもしない。世の中をとても深く思い悩んでいる様子で、静かに物思いに耽っている、その姿は大層いじらしげであった。髪の生え際、頭の恰好、御髪のかかっている様子、この上ない美しい、源氏にはまるで、紫の上にそっくりに見えた。ここ数年来、源氏は紫と藤壺が姪と叔母の間柄ということを少し忘れていたのを、「驚きあきれるまでよく似てることよ」と藤壺の横顔を眺めている、少し思い詰めた気持ちが晴れる心地がした。
 気品高く少し恥ずかしそうな様子なども、源氏はまったく他人とは思えず、やはり、何よりも大事な恋人と大切に昔から慕い続けてきた気持ちから、「普通とは違って、歳とともにますます女の魅力がが増してきた」と、源氏も今までの源氏とは違って数人の女と深い仲になった経験から、藤壺を他に比べるものがない魅力のある女だと思い、そうなると体が熱くなって心が乱れ、そっと藤壺が座っている御帳の中に纏いつくように入り込んで、女の衣の褄を引き動かす。気配を感じ藤壺はすぐに源氏だと分かり、さっと男の匂がしたので、こんな昼間になってなんと言うことを、あきれて不快になり、そのまま体を固くして伏せってしまった。源氏は、
「私を見てくださるだけでも」
 と藤壺の態度が恨めしく、着物を引き寄せると、藤壺はそれをするっと脱ぎ滑らせて、源氏の手から逃げようとするが、思いがけず、髪が着物と一緒に掴まえられていたので、動くことが出来ず、まことに情けなく、二人の宿縁の深さ、思い知り、実に辛いことと体に寒気がはしった。
 源氏も藤壺がこの屋敷に当時の帝桐壺に頼んで体を休めるために里帰りをした時、日頃の気安さから体の関係が出来た、それ以来長年抑えてきた藤壺恋しいの気持ちが、ここに来て緊張が解けてすっかり女を求める欲が湧き上がり、気でも違ったように、女を求める言葉を泣きながら訴えるが、聞いている藤壺はあの可愛らしかった源氏が男となってかくも変わるのかと本当に厭わしい、返事をする気もない、わずかに、
「気分が、とてもすぐれませんので。このようでない時であったら、お聞きしたり申し上げたりも出来ましょうに」
 と源氏に言うのであるが、源氏は次から次へと心の内を言い続ける。
 そうは言っても、さすがに藤壺の心を打つような内容も交じっているのだろう。体の関係があった仲である、年上の女らしく興奮する源氏を抱き寄せたり、またはなしたり、あるいは手を握り合ってじっと眼を見つめたり、源氏がひどく情けなく思っているのを、優しく頬に手を当てて慰めたり、やはり頭のいい女らしくとてもうまく獣心となった源氏をなだめて我が身を守り通しているうちに夜はそのまま明けて行く。 
 これだけ訴えても藤壺は源氏の言葉を聞こうともせず、この上力ずくで体を奪うということも源氏としてはあまりのことと恐れ多く、上品な藤壺をこれ以上攻められないと、
 源氏は、
「この度はこのぐらいで私の心は晴れて治まりました。時々、お会いできて私の苦しみを聞いていただくだけで私は気持ちが落ち着きます。それ以上何の大それた考えもございません」
 などと、藤壺を安心させる。次なる逢瀬を約束させるためである。
 恋人達の秘めて逢う時こうした深刻な関係でなくても、あぶない逢瀬を作る恋人たちはお互い別れることが苦しいものである、まし今回の源氏に藤壺の側を離れることがどうしてもできない。
 夜が明けてしまったので王命婦と弁とが源氏の退去をいろいろに言って頼んだ。藤壺は夜を通しての源氏の言葉と体の攻めで半ば死んだようである。源氏はさらに言葉を続ける、「このように恥も外聞もなく貴女に愁訴する私が、まだ世の中に生きていると聞かれるのも、私としてはとても恥ずかしいので、このまま死んでしまいたいと思いますが、それでは私の魂がこの世に遺りさらに成仏する障害となることでしょう」
 鬼気迫るまでに思いつめているのである。

 逢ふことのかたきを
      今日に限らずは
  今幾世をか嘆きつつ経む
(お逢いすることの難しさが今日でおしまいでないならば、何回でも生まれ変わって貴女を想い嘆き暮らすことでしょう)
 貴女の成仏にも障害となってつきまといます」
 と源氏が藤壺に訴えると、藤壺ももううんざりとして、

 長き世の恨みを人に残しても
   かつは心をあだと知らなむ
(未来永劫の怨みをわたしに残したと言っても、そのような貴方のお心はまた一方ですぐに変わるものと私は知っています)

 藤壺がわざと軽く源氏をいなすように言う様子が、とても優雅に思える藤壺の思っていることは源氏も苦しいことと、女との関係には自身のある源氏としたことが、呆然自失の心地で、藤壺の前から去っていった。

 藤壺に思いのあるだけを告げても遂に藤壺と交わることが出来なかった源氏は、自分の言葉や態度がとても恥ずかしく思い、
「どんだ顔でまた藤壺の前に出られようか、ああ、愛しい藤壺」
 と思うばかりで、別れたあとで送る男からの後朝の文も書くことが出来なかった。
 そのご、内裏、春宮にも参上することなく二条院の我が屋敷に籠もってしまっていた。寝ても覚めても、「本当にひどいお気持ちの方だ」と藤壺のことを思い、先日の藤壺訪問のことが体裁が悪いし、また藤壺恋しく、心が悲しいので、魂が抜けた抜け殻みたいになって、気分までが悪く感じられる。体の底が何となく心細く感じ、「なんということか、現世に生きていると嫌なことばかり多くなるのだろう」と、「世に経れば憂さこそまされみ吉野の岩のかけ道踏みならしてむ」という古今集の歌が頭にあった。出家をしようかとまで考えるが、源氏の妻となった若紫の君がとてもかわいらしく、源氏を心から頼りしているのを、振り捨ててまで出家しようとはとても出来ることではなかった。
 藤壺も、源氏との事があとを引いて、心が平常ではなかった。源氏がわざとらしく籠もっていて、便りもくれないのを、王命婦たちは藤壺を気の毒にと思っている。藤壺も、我が子の東宮の御身の上を考えると、「源氏のあの気持ちを遠ざけてしまったままであると、源氏に対し気の毒な私の態度であるし、源氏が現世をつまらないものと思って、一途に出家を思い立つ事もあろう」と、先日の源氏の態度に怒りがあっても源氏を遠ざけることのできない藤壷の心境である。