私の読む「源氏物語」ー15-
「源氏が私に先日のような態度で迫ってくると、ただでさえいろいろとある世の中に、とんでもない噂までが立つことだろう。弘徽殿の大后が、気にくわないことだと言っている后の位も退いてしまおう」と、次第に考えがまとまってくる。故桐壺院が自分を弘徽殿の大后を越えて中宮に立てたのは、我が子東宮の後楯にしようとの考えであった。それが大変なことで弘徽殿の恨みを買う原因となったことを思い出し、「すべてのことが、院が亡くなられたことで変わってしまった。かの国の史記、呂后本紀に書かれてある、漢高祖の戚夫人は、高祖に寵愛され、子の趙王を太子に立てようとしたが、高祖が崩御して後に、呂太后の子孝恵が即位すると、母子ともに囚えられ虐殺された。その戚夫人が受けたような辱めほどではないが、きっと、世間の物嗤いになるようなことが、わが身の上に起こるにちがいない」などと思うと藤壺は世の中が嫌になり、このまま恥をさらして生きては行けないと、思い切って出家してしまうと決意するが、このまま我が子の東宮に逢うこともなく尼姿になるのは悲しく思い、こっそりと参内した。
源氏は、藤壺の行動のどんな些細なことであっても、しっかりと把握していて必ず供をしたのであるが、今回の藤壺の密かな内裏参上も知ってはいたが、気分がすぐれないことを理由に、送りの供奉に参上しなかった。贈り物とかの一通りのお世話は、いつもと同じようにしたのであるが、「すっかり、気落ちしていらっしゃる」と、藤壺との先夜の会見のことを知っている王命婦や弁の女房たちは、お気の毒なご主人様と藤壺の気持ちを察して思っていた。
春宮は、藤壺の目にはたいそうかわいらしく成長して見え、久しぶりの母親との面会に、嬉しいとまつわりついて離れないのを、いとしいと思うのであるが、出家の決意がとても出来そうにないと思うのであるが、久しぶりの宮中の雰囲気を静かに見つめてみると、その変わり様に、しみじみと心細く感じ、院が亡くなられ大后や右大臣がはびこるようになって変わって行くことばかりが多い事を実感した。
弘徽殿大后の藤壺に対する恨み心もとてもひどく煩わしくて、内裏へ参内するのもなんとなく殿上人、女房達のよそよそしさを感じて、体裁悪く、辛いので、このまま自分が亡き院の中宮という立場で居ると、東宮の身の上にも危険があるのではないかと恐ろしく、いろいろなことを考えると藤壺は心が乱れてくるのであった。藤壺は我が子の春宮に
「長い間貴方に逢わないうちに私の姿が変わってしまい嫌な恰好になってしまったら、貴方はそんな母をどう思われますか」
と春宮に言うと、我が子は藤壺をじっと見つめて、
「式部のようになるのですか。どうして、そのようになってしまうのですか」
と、にっこりと笑って返答する。それが何とも言いようがなくいじらしいので、藤壺は自分の出家の悲愴な決意を春宮は幼いので理解しえないことが頼りなく不憫で、
「あの式部は、年老いていますので醜いのですよ。そうではなくて、母は、髪は短くして、黒い衣を着て、お祈りのために夜分、傍に詰めている夜居の僧のようになりますので、貴方と逢うことも、ますます間があくようになりますよ」
と言って藤壺は我が子を抱きしめて涙を流すと、幼い春宮は真剣になって、
「長い間逢えないのは、淋しく母様が恋しいのに」
と言って、涙が落ちたのが恥ずかしく母を離れて、横を向き涙を流している、髪はふさふさと柔らかく美しく、目もとが涙でやさしく輝いて見える様子、大きく成長していくにつれて、まるで、あの源氏の顔を移し変えたようである。歯が少し虫歯になって、口の中が黒ずんで、笑う姿は女として見たい美しさである。そう思うと藤壺は「とても、こんなに似て、心配だ」と、我が子が源氏によく似たのを玉の疵に思い、私との間を世間で噂されるのでは、と恐ろしく思うのであった。
作品名:私の読む「源氏物語」ー15- 作家名:陽高慈雨