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私の読む「源氏物語」ー15-

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 斎宮から自分への文が、歳から考えるとえらく大人ぶっているので、微笑しながら読んでいた。「お歳のわりに上手く書けている」と感心していた。源氏はこのように少し変わった行動をする女が好みの性格であったから、「御息所の許へ通っていた頃によく見て置いて、もう少し親しくなっていれば良かった。今の帝が亡くなることでもなければ、伊勢から帰ってくることも出来ない。しかし世の中というものには定めというものがないのでこの娘に対面することもあろう」と斎宮からの文だけで源氏の男心が斎宮に向けて疼くのであった。

 斎宮の評判は、優雅で奥ゆかしい人柄、というので伊勢下向を見送る人達の車が集まった。申の刻(午後八時)下向する一行が内裏に入った。
 御息所は出発するため輿に乗り込み内裏の庭をじっと見つめていた。彼女の胸には十六歳で前の春宮の夫人となって参内し、二十歳で夫の春宮と死に別れて内裏を去りそれから十年、三十歳で再び内裏を見る。父の大臣から限りない愛を受けて父の望み通りに高貴な方の夫人となったが、その栄光も僅かで、その後の変わり果てた姿で人生の最後に再び内裏を眺めるとは、と次第に悲しくなってきた。そのかみを今日はかけじと忍ぶれど
  心のうちにものぞ悲しき思わず歌がわいてきた、 
 そのかみを
   今日はかけじと忍ぶれど
  心のうちにものぞ悲しき 
(昔のことを思い出すまいと今日は精一杯努力したが、心の内は悲しみで満ちています)

 斎宮は十四歳でとても可愛らしい。それに立派な装束をまとうと、女の美しさがあたりに照り輝いた。それを見て朱雀帝は感動して別れの記念に櫛を斎宮の頭に挿してあげると、悲しみから涙を流してしまった。
 出発を八省院で待っている女房達の車から、それぞれ着衣の袖口が出ている出衣(いだしぎぬ)が、それぞれの色合いも良く、心憎いほどに目立つ、女房と親しい殿上人たちがその女房の車の御簾ごしに別れの挨拶を交わしていた。 
 やがて暗い仲を行列は出発した。一行が二条大路にさしかかり洞院の大路に曲がる時、源氏の屋敷である二条院の前を通過する、源氏は別れの辛さを文にして榊に結んで行列の御息所に届けた。

 振り捨てて今日は行くとも鈴鹿川
  八十瀬の波に袖は濡れじや
(私を振り捨てて貴女は今日都を離れて旅たたれるが、鈴鹿川の瀬をお渡りになる時袖を濡らして後悔なさらないように)

 と歌を贈ったが、夜のことで暗いし、その上旅立ったばかりの気ぜわしさに、御息所は源氏への返事を次の日に逢坂の関で認めて送った。

 鈴鹿川八十瀬の波に濡れ濡れず
  伊勢まで誰れか思ひおこせむ
(鈴鹿川の瀬を渡る時袖を濡らす濡らさないを心配されても、伊勢の遠方まで心配してくださるお方はいらっしゃいません)

 簡単な返書であったが、見事な筆跡で受け取った源氏は「彼女にもう少し優しさがあったなら」優美な文を見て思うのであった。
 朝露がたいそうに降りびっしょりと濡れた朝の庭を眺め、源氏は、独り言のように歌を詠む、
 行く方を眺めもやらむこの秋は
    逢坂山を霧な隔てそ
(あの人が行く手であるあの山をこの秋は眺め続けよう。霧よ逢坂山を隠さないでくれ)

 西の対に住む今は夫人となった紫の上の許にも行かず、人もそばに近づけないで淋しそうに源氏は庭を眺めていた。
 そんな源氏よりも旅に出た御息所の心中は悲しみで一杯であったろう。

 源氏の父親である桐壺院はこの秋口から病がちであったが、十月に入って病が重くなり重体になった。宮中に勤めている人々は全てが心配をしていた。朱雀帝も公務の忙しいなか急いで桐壺院の見舞いに駆けつけた。桐壺院は病で弱ったからだから力を絞って帝に、藤壺が産んで春宮となった帝の弟のこと、それにやはり弟に当たる源氏のことをよろしくと何回も頼んでいた、
「私が位にあった頃と変わりなく事の大小にかかわらず源氏を後見役と考えてくれ、彼ももう政治のことに関わってもいい年になっているから相談役としても何ら差し支えることがないと思う。必ず世の中に有用な人物となる男である。そんな源氏であるからいろいろと面倒があってと皇族に留め置かないで臣下として朝廷の相談役にしようと考えたのである、その点をよく考えてくれるように」
 と桐壺院は息子の朱雀帝にこの他のこともしみじみと遺言をする。詳細は述べないで置く。
 聞いている朱雀帝も悲しみをこらえて父院が大事を言い残そうとしているのに何回も承知いたしましたと繰り返し答えた。その態度が見事なものであったので桐壺院も我が子の帝の成長ぶりを満足げに見ていた。しかし帝の時間は短く急いで帰られるが朱雀帝は後ろ髪を引かれる思いであった。
 中宮藤壺が産んで春宮となった院の子供も帝の見舞いと共にしようとしたのだが、慌ただしいので日を変えて父院の見舞いに参上した。春宮は歳よりも大きく見えた。彼はまだ五歳である、父親に会えることが嬉しくて桐壺院と色々話をするが、周囲の者たちがそのあどけない姿を見ては涙ぐんでいた。
 中宮藤壺が涙を流しながら夫の桐壺院に逢うその姿を院が見ていて心が乱れてくる。院は春宮にあれこれと教えるのであるが、なにぶん幼い春宮であるので了解しているのか不安でこの子の行く末を思うと悲しくなってきた。
 源氏には帝に仕えること春宮の良き後見人となってくれることを何回も約束させる。
 夜が更けて見舞いの客やそばの女房達がみんな引き上げていった。見舞いの源氏に従って席を立って行く源氏の従者達、騒がしく引き上げていく朱雀帝の行幸と変わらないほどである。まだまだ話したいことがある桐壺院は不満足な気持ちであった。

 朱雀帝の母で桐壺院の正妻である弘徽殿の大后も夫の院を見舞いたいのであるが、中宮の藤壺が院のそばを離れずに看病しているのでいるのに躊躇っているうちに、苦しみもなく眠るように桐壺院は亡くなられた。多くの人が嘆き悲しんだのは言うまでもない。
 位を朱雀帝に譲られたとはいえ、政治のことはまだ自分の手から離さず若い帝をもり立てていたのであるが、院が死去されるとどうしても朱雀帝の義理の父親になる右大臣の勢力が強くなってきた。その空気を上達部や殿上人はいち早く察して今後の内裏の雰囲気を憂慮していた。
 桐壺院が亡くなられてから藤壺中宮や源氏は何一つ考えがまとまらず呆然としていた、葬儀やその後に続くいろいろな法事に参列して故人に祈られる姿は親王達の中でも優れているのであるが、それでも見るからに力を落としているように見え、少しやつれた体に喪服の藤衣を着ている姿がとても清楚に感じた。源氏の身には去年は正妻の葵の上の死、今年は父の桐壺院の薨去という不幸が重なり世の無常を心の中一杯に感じ出家をしようかと考えるのだがそれをさせないほど源氏の周りに俗事が多かった。