私の読む「源氏物語」--14-
と、声も抑えきれず泣きだすと、御前に控えている年輩の女房など、とても悲しくて、わっと泣き出すのは、何となく寒々とした夕べの情景であった。
若い女房たちは、あちこちにかたまって、お互いに悲しいことを話し合って、
「殿がお考えになりおっしゃるように、夕霧様をお育て申して、殿をお慰めすることができようとは思いますが、とても幼いお形見で」
と言って、それぞれの中には、
「しばらく里に下がって、また参上しよう」 と言う者もいる。互いに別れを惜しんだりする。みんなそれぞれ悲しい事が多かった。
源氏が桐壺院へ参上すると、
「とてもひどく面やつれしたな。御精進の日々を過ごしたからか」
と、父の桐壺院は源氏の姿を久しぶりに見て気の毒にと心配して、ともに食事をしながら、あれやこれやと気を配って世話をする。源氏は身にしみて父の行動をありがたく思う。
藤壺中宮の方に参上すると、女房たちが、久しぶりに訪ねてきた源氏を珍しく思っている。藤壺に仕えている命婦の君を通じて、藤壺は、
「葵の上が亡くなられて悲しみの尽きないことですが、この私も悲しみの尽きぬ思いの数々をかかえております、時がたつにつけてもどれほどにかお寂しく」
と、源氏に自分も悲しみを持っていることをにおわせて伝えた。源氏は 「無常の世は、一通りは存じておりましたが、身近に体験致しますと、嫌なことが多く思い悩みました。それでも、度々のご弔問に慰められまして、今日までも」
と言って、常に心にある藤壺への恋い心を重ねて、返事をする。今日の源氏の装束は、無紋の袍に、薄墨色の下襲、大将の印巻纓をした喪服の姿は、華やかな時よりも、優美さが勝ってた。
春宮にも、久しく逢ってないことを申し上げて、夜が更けてから退出した。
紫の君がいる源氏の屋敷二条院では、いつ源氏が帰ってきてもいいように掃き清めて、男も女も、源氏の帰りを待っていた。源氏近くに仕える上臈の女房どもは、皆参上して、我も我もと美しく着飾り、化粧している。その姿を源氏が見て、葵の許の女房たちが居並んで沈んでいた様子を、しみじみかわいそうに思い出されずにはいられなかった。
着替えをして、紫が住む西の対に向かった。冬を迎える準備が整った部屋は、明るくすっきりと見え、美しい若い女房や童女などの、身なり、姿が好ましく整えてあって、源氏は「少納言の采配は、行き届かないところがなく、奥ゆかしい」と見ていた。
紫の君は、とてもかわいらしい衣装に包まれていた。源氏は、
「久しくお目にかからなかったうちに、とても驚くほど大きくなられましたね」
と言って、小さい几帳を引き上げて紫を見ると、紫はわざと横を向いて笑っている、その姿が何ともいえない。源氏はその姿を見て、
「火影に照らされた横顔、頭の恰好など、まったく、心の中からお慕いしている藤壺に全くよく似て少しも違うところなく成長していくことだなあ」
と、とても嬉しい。
紫の近くに寄り、久しく会わず気がかりでいた間のことなどを話して、
「最近の話を、ゆっくりと聞かせてあげたいが、あまりいい話ではないので縁起が悪く思われるので、しばらく他の部屋で休んでから、また参りましょう。今日からは、いつでも逢うことが出来ますから、今度は私がうるさく思うでしょうね」
と、源氏は優しく細々と紫に話をする、それを見ていて乳母の少納言は嬉しいと思う一方で、やはり不安である。少納言は「源氏の君には高貴なお忍びの恋人たちが大勢いらっしゃる、本妻がなくなったので、その代わりの方がまたできることだろう。姫君はどうなることやら、また紫を脅かすようなやっかいな女が代わって現れるかも知れない」と思うのも、先走った気の回しようと言えるだろうか。
源氏は東の対に帰って部屋に入り、中将の君という女房に、足などを気楽に揉ませ、床についた。この中将の女房が添い寝をした。
翌朝、源氏は夕霧の元に手紙を送った。お付きの女房が夕霧に代わって綴った詳しい近況の返事を、見るにつけても、尽きない悲しい思いがするばかりである。
源氏は全くすることもなく、物思いに沈みがちであったがそうかといって、どこかの女の所に忍び行くのも億劫で、何をしようかと決断することが出来ない。
紫が、何事につけ理想的にすっかり成長して、とても素晴らしく見えるので、夫婦の契りを結んでも、もうよい年頃だと、源氏は考えていたので、結婚のことを匂わすようなことなどを、時々紫に試しに言ってみるが、彼女は体は成長しているが心はまだあどけなくて、まったく源氏の気持ちが分からない様子であった。
所在ないままに、源氏は西の対で紫を相手に碁を打ったり、旁を出してこれにつぎつぎに偏をつけさせ、ゆきづまった方を負とする「偏継ぎ」をしたりして、毎日を過ごしていると、紫は気性が利発で好感がもて、ちょっとした遊びの中にもかわいらしいしぐさと男を誘う本人が気がつかない女の色気を見せるので、それを見て源氏はただ肉親のように愛撫して満足ができた過去とは違って、愛すれば愛するほど男性として加わってくる悩ましさはもう極限になって、とうとう紫と共寝の床であどけない紫の肌に手を触れ常には触らない女の秘めたところまで手を伸ばした。 紫はいつも共にやすんでいるので変わった源氏の手の動きに抵抗をすることもなく、黙ってなすがままであった。源氏も女を扱うことにも慣れてあわてずゆっくりと紫が驚かないように自然に気持ちが高ぶってくるのを待地ながら事を進めていった。ここで源氏は重大な錯覚をしていた。紫が源氏に抵抗しないのを、彼は紫が女として心も肉体も成長して男の源氏を愛するという気持ちができあがったと考えたことにある。源氏はゆっくりと紫の体をなぜながら自分が初めて男にされた葵との初夜のことを考えていた。あのとき自分は十二歳であり葵は十六歳であった。自分は何も分からないまま葵の手の動きで彼女の思うまま男というものに目覚めさせられ、彼女と体を一つにした。今の紫もそうであろう自分を待っているのだろう。
几帳の外には少納言の女房が控えているてまえ紫に異常な声を出させてはならない。こんなことを知ったら女房はまだあどけない子供になんということをするのだと自分が非難、軽蔑されるのは分かっている。
源氏の肉体はは上りつめていった、紫はまだどのようなことをとは分からないのだろう黙っているが、少しだけ源氏の手を排除しようという仕草が見えた。源氏は無理に思いきって紫の手を取って下へ導きいきり立つものを持たせはだけた胸に紫の肌を抱き寄せて堅く抱きしめた。
「紫、私たちは結婚するのだよ、分かる」
「結婚、」
紫は体を固くして少しあえぎながら小さく答えた。手は源氏のものから離させなかった。
「そう結婚、男と女が一つになるの、あなたの手のものを、あなたが受け入れるの」
「そんなことを、」
声を上げそうになった紫の口を源氏は手で塞ぎ、源氏はまだ紫は結婚ということがどんなことかは十分理解していないと思った、しかし彼は強引にことを静かに進めた。
作品名:私の読む「源氏物語」--14- 作家名:陽高慈雨