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私の読む「源氏物語」- 13-

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「ご筆跡は、やはり数多い女性の中で抜きん出ている」と源氏は見ながら源氏は御息所の返事をながめて思いながらも、「理想どおりにこの世はならないものである。性質にも容貌にも教養にもそれぞれ人によって長所があって、それで捨てることができず、ある一人の女に愛を集めてしまうこともできない」
と源氏はあちらこちらの女を思って苦しかった。返事を、もう暗くなっていたが書いた。

「袖ばかり濡れるとは、どうしたことで。私の貴女に対する愛情が深くないことでしょうか。

 浅みにや人はおりたつわが方は
    身もそほつまで深き恋路を
(袖が濡れるとは浅い所にお立ちだからでしょう、わたしは全身ずぶ濡れになるほど深い所に立っております)
 この返事を直接お逢いして申さないで、筆をかりてしますことは、私にとってどれほど苦痛なことだかしれません。」
 などと源氏は書き送った。

 左大殿邸では、物の怪がひどく騒いで、葵の上は大変な苦しみようである。
「六条の御息所の生霊である。その父である故人の大臣の亡霊が憑いている」と噂の聞こえて来た時、御息所は自分自身の薄命を歎くことはあっても、人を咀う心などはない、しかし自分の物思いがつのれば私の魂が身体から抜け出て離れることがあるという、あるいはそんな私の物思いが恨みを告げに源氏の夫人葵の病床へ出没するかもしれない。御息所はこんなふうに葵に取り付いた物の怪を考えることもあった。

 御息所はここ何年も、物思いに取り付かれたままの生活であったが、今のようなこんなにも苦しい思いをしたことはなかった、あの斎宮の御禊見物のちょっとした葵との争い事のさいに、相手が自分を無視し、蔑んだ態度をとった後、私の身体から抜け出るようになった魂。自分は理性を亡くしたように思うせいか、少しうとうととする夢には必ず、自分の魂があの葵の上と思われる人の、清浄にしている病床に行って、あちこち引き掻き廻し、普段とは違い、猛々しく激しい乱暴な心が出てきて、激しく葵の身体を叩く行動が度重なって現れてくる。
「ああ、何と忌まわしいことか。古今集に几河内躬恒が長い間訪ねなかった人が彼を恨んだことを聞いて、躬恒が、『身を捨てて行きやしにけむ思ふより外なるものは心なりけり』(あなたについ御無沙汰してしまったのは、心が私の身から離れてどこかに行ってしまったためでしようか。ほんとうに思うにまかせぬものは心でしたよ)と詠んだ歌の意味がしみじみと自分の心と同じであると御息所は思うのであった。そうして、正気を失ったように思ことが度々ある。
「何でもないことでも、他人の事では、よい噂は立てないのが世間というものなので、まして私の魂が葵に取り付いているということは、噂の絶好の種だ」とお思うと、もの凄く大きな評判になりそうで、
「死んでしまって、後に怨みを残すのは世間にもよく言われることだ。それでさえ、人の身に取り付いては、罪深く忌まわしいのに、まして私は生きている身である、源氏の正妻の葵を恨むというような忌まわしいことを、世間に噂されるのはとても絶えられない辛いことである。もう一切、薄情な方、源氏を私の心から消してしまう」
 と考え直しすが、思うまいと思うのも物思うことであるのではないか、源氏を断ち切ることが果たして出来るのであろうか。 

 齋宮は占いで決定すると、まず賀茂川で御禊をし、次いで宮中の初齋院に入る。そこでおよそ一年潔斎した後、翌年の秋に二度めの御禊を行い、嵯峨野のにある野宮という伊勢神宮の斎王の潔斎所で、伊勢の斎宮に移るまでの一年間、潔斎のためにこもる宮殿に移る。野宮は黒木の鳥居を設け、柴垣をめぐらし、質素に作ってあった。齋宮は決定してから伊勢下向までおよそ足掛け三年かかることになる。六条御息所の娘で斎宮に決定した新斎宮は、去年内裏に入るはずであったが、色々と差し障ることがあって、この秋に入ることになった。そして早くも九月には、そのまま野の宮に移る予定となった、そのため野宮に入る二度目の御禊の準備が急いで行われる。ところが母親の御息所がこのところまるで妙にぼうっとして、物思いに沈んで悩んでいるのを、斎宮寮の官人たち、ひどく重大視して、御祈祷など、あれこれとするのであった。
 彼女はひどく苦しいという様子ではなく、どこが悪いということもはっきりしなくて、日にちだけが経ってゆくのであった。源氏大将も欠かさずお見舞いに伺うのであるが、源氏には御息所以上に大事な葵がひどく患っているので、気持ちの余裕がない。
 葵は、まだその時期ではないと、誰も彼もが油断していると、急に産気づいて苦しみだした、慌てて周りの者達がこれまで以上の御祈祷を尽くしてもらうが、例の多くの執念深い物の怪が大方は退散したが、一つだけ全然動こうとしないのがあった。修練を積んだ霊験あらたかな導師達は、このようなことは珍しいことだと困惑している。とはいっても、たいそう調伏されて、いたいたしく泣き苦しんで、
「少し緩めてください。源氏大将に申し上げる事がある」
 と葵の口を借りて申し出る。
「やはりそうであったか。何かわけがあるのだろう」
 と看病をしている女房達が言って、源氏を近くの御几帳の側に導いた。葵はとてももうだめかと思われるような容態であるので、ご遺言を申し上げて置きたいことでもあるのだろうかと思って、左大臣も妻の大宮も少し下がりになった。それでも加持の僧どもは、声を低めて法華経を唱えている、たいそう有り難い声明であった。

 源氏が几帳の一重の帷子を引き上げて葵を見ると、彼女はとても美しい姿で、お腹はたいそう大きくなっていて臥している、その様子は夫の源氏でなく他人であっても、見れば心動かさずにはいられない神聖な光景であった。まして夫の源氏が葵を悲しく思うのは、もっともである。葵は白い着物に、熱があるのか顔が少し赤らんでとてもはっきりとして、髪がとても長くて豊かなのを、引き結んで横に添えてあるのも、「こうあってこそかわいらしげで優美な点が加わり美しいのだなあ」と源氏は眺めていた。そして葵の手を取って、
「ああ、ひどい。こんなに辛い思いをなさるとは」
 と言って、出る言葉がなくただ涙を流して泣くと、いつもはこんな夫がとても煩わしくて、気が引けて近づきにくい夫のまなざしを、葵はとても苦しそうに見上げて、じっと見つめていると、自分も涙を流していた、そんな彼女の泣く姿を見て源氏は葵の自分に対しての愛情の深さを思うのであった。
 葵ががあまりひどく泣くので、
「遺される両親のことを心配し、また、このように自分を見るにつけても、別れが悲しいと思ってのことだろう」と源氏は思い、
「色々なことを考えて、ひどく思いつめしないで。貴女の病はいくら何でも大したことはありませんよ。万が一のことがあっても、必ず夫婦という者はあの世でも逢えるとのことです、世に言われているでしょう、女は三途の川を渡る時、最初に契った男に背負われて渡ると言われています、そこで再会できるはずだから、きっと貴女と逢うことが出来ますよ。父上の大臣、母上の大宮なども、深い親子の縁のある間柄は、未来に生まれ変わる転生を重ねて、切れはしないということですから、皆様に逢うことができる時があるとご安心なさい」