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私の読む「源氏物語」- 13-

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 と、りにも美しい源氏の晴れ姿を見て不吉に思っていた。朝顔の姫君は、以前から度々忘れずに交際を求めて文を送ってくる源氏には、普通の男性に見られない誠実さがあると思い、それほどの気持ちを打ち明けてくる人は少々欠点があっても好意が持たれるのに、その上見てみるとこれほどの美貌の主であったかと思うと、この人から愛を打ち明けられているのだと、一種の感激を覚えた。けれどもそれは結婚をしてもよい、愛に報いようとまでの心の動きではなかった。宮の若い女房たちは聞き苦しいまでに源氏をほめた。

 翌日、賀茂祭の当日、左大臣家の人々は見物に出なかった。源氏は、昨日の葵の上と六条御息所とのあの車の場所争いを逐一申し上げる者があったので、源氏は
「何と言うことをやってくれたのだ、情けない」
 と思い、
「やはり、惜しいことに優しさのない人が、何事にも情愛に欠けて、無愛想なところがあるものだ。自身はさほどのことと思わないかも知れないが、妻と妾の間柄では情愛を交わしあうべきではない。と葵は考え、それに従って、下々の者が争いをしたのであろう。御息所は、気立てがこちらが気が引けるほど奥ゆかしく、上品であるのに、どんなに嫌な思いをしたことだろう」
 と、気の毒に思って、お見舞いに参上したが、斎宮がまだ元の御殿にいるので、神事の憚りを口実にして、気安く逢ってはくれない。源氏はもっともなことだと思うが、「どうして、こんなによそよそしくするのだろう」と、つい。不満の言葉が口をついて出た。

 今日源氏は、自宅の二条の院にいて、賀茂祭を見物に出かけようと考えていた。西の対の紫の部屋に渡って行って、惟光に車の用意を命じた。源氏は紫の上づきの童女たちを戯れに
「女房たちも出かけますか」
 と問いかけた。紫が源氏が誘うものと、とてもかわいらしくおめかししているのを、ほほ笑みながら見る。源氏は紫に
「あなたは、さあいらっしゃい。一緒に見物しようよ」
 と言って、紫の髪がいつもより美しく見えるので、かき撫で、
「長い間、切り揃えにならなかったようだが、今日は、髪の裾を切り揃えるのに吉日なのだろうかな」
 と言って、二条邸に仕えている陰陽寮所属の官人、暦の博士を呼び、髪を切り揃えるのに適当な時刻を調べさせたりしている、その間に、源氏は
「まずは、女房たちから出発だよ」
 と言って、紫づきの童女たちのかわいらしい姿を眺めてみる。綺麗に揃えた髪の裾を皆こざっぱりと削いで、髪の裾を糸を浮かせて模様を織り出した紋織の派手な袴にかかっているあたりが、とても好く映っていた。。
 源氏は、紫に  
「あなたのお髪は、わたしが削ごう」
 と言って、髪は豊富で長いのを良しとした
から、
「何と嫌に、たくさん髪があるのだね。これから、どんなに長くなることだろう」
 と、源氏は髪の多い紫の髪を削ぐのに困る。
「とても髪の長い人も、額のところの髪は少し短めにするのだけれど、それでは、あまりそろい過ぎているのはかえって悪いかもしれない、少しも後れ毛のないのも、かえって風情がないだろう」
 と言いながら紫の髪を削ぎ揃え終わって、
髪そぎの祝い言葉である、
「千尋に」
 とお祝いを言う。傍らにいる少納言、
「何と、もったいないこと」
 と源氏に手を合わせて礼を言い、紫の髪に見入る、源氏は、

 はかりなき千尋の底の海松ぶさの
    生ひゆくすゑは我のみぞ見む
(限りなく深い海の底に生える海松のように、
貴女の豊かに成長してゆくのを、わたしだけが見届けよう)

 と歌を贈ると、紫は

 千尋ともいかでか知らむ定めなく
    満ち干る潮ののどけからぬに
(千尋も深い愛情を誓われても私がどうして分りましょう、満ちたり干いたり定めない潮のようなあなたですもの)
 と、紫は何かに書きつけている様子、それがいかにも大人びた様子ながら物慣れている感じがするのが、初々しく美しい、源氏は素晴らしいと思った。

 斎宮の禊ぎの日と同じように一条大路は今日も、見物の車が隙間なく立ち並んでいる。源氏の一行は馬場殿の付近に止めあぐねて、
「上達部たちの車が多くて、何となく騒がしそうな所だな」
 と、場所探しをしていると、まあまあの女車で、御簾の下から派手に袖口を出している所から、扇をひらひらさせて、源氏の供人を招き寄せる者がある、
「ここにお止めになりませんか。場所をお譲り申しましょう」
 と告げた。女から声をかけてくるなんて、
「どのような好色な女だろう」と源氏はつい思う、場所もなるほど適した所なので、車を並べさせてから、
「どのようにしてこの場所をお取りになったかと、羨ましくて」
 と源氏が礼を交えて言うと、車の中の女は風流な桧扇の端を折って、歌を贈ってきた。

 はかなしや人のかざせる葵ゆゑ
    神の許しの今日を待ちける
(あら情けなや、他の女と同車なさっているとは、私は神の許す今日の機会を待っていましたのに)
 注連縄を張って、神域のようにされて」
 と書いてある筆跡を見て源氏は思い出し、あの源典侍だときがつく。源氏は「あきれた、年がいもなく若やいで相変わらず風流めかしているなあ」と、憎らしい気がして、愛想なく返歌を贈る、

 かざしける心ぞあだにおもほゆる
    八十氏人になべて逢ふ日を
(そのようにおっしゃるあなたの心こそ当てにならないものと思いますよ、たくさんの男の人たち誰彼となく靡くものですから)

 源氏の返歌を受け取った源典侍は、「ひどい」と思うのであった。。

 悔しくもかざしけるかな
     名のみして
   人だのめなる草葉ばかりを
(ああ悔しい、葵に逢う日を当てに楽しみにしていたのに、わたしは期待を抱かせるだけの草葉に過ぎないのですか)

 と源典侍は再度歌を源氏に贈った。源氏は紫の上と同車しているので、簾をさえ上げないのを、典侍をはじめとして見物の女達は妬ましく思うのであった。そうして
「先日の斎宮禊ぎの日は、源氏様は「宰相」で端麗でご立派であったのに、今日はくだけていらっしゃること。誰だろう。一緒に乗っている女は、下々の人ではない人に違いない」 と、想像していた。源氏は源典侍との歌のやりとりを思い、
「張り合いのない、かざしの歌争いであったな」と、物足りなく思うが、典侍のように恥知らずでない人。源氏の愛人たち、この女のように大して厚かましくない人は、やはり源氏と女性が相乗りしているのに自然と遠慮して、ちょっとしたお返事も、気安く申し上げるのも、面映ゆいに違いない。

 御息所の苦しみは、過去何年かの物思いとは比較にならないほどのものであった。自分に対する愛はなくなってしまったと決めてしまってはいるが、源氏と別れて娘の斎宮就任について伊勢へ行ってしまうと、源氏とは永遠の別れのような気がして、心細くてたまらなくなる、また自分が源氏に捨てられた女と見られたくない世間体も気になった。