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私の読む「源氏物語」- 11-

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 好ましく若づくりして振る舞っている表面だけは、まあ見られたものであるが、五十七、八歳の女が、男との情事の後前をも合わせずに老いた肌を出して慌てふためいていて、実に素晴らしい二十代の若者たちの間にはさまれて怖がっているのは、何ともみっともない光景である。このように何人か分からぬように別人のように装って、中将は、恐ろしい様子を見せるが、源氏は、かえってはっきりと中将の奴と見破り、「わたしだと知ってわざと大業にやっているのだな」と、馬鹿らしくなった。「中将だ」と分ると、とてもおかしかったので、中将の太刀を抜いている腕をつかまえて、とてもきつくつねったので、中将は悔しいと思いながらも、堪え切れずに笑ってしまった。
「ほんと、正気の沙汰かね。冗談も出来ないね。さあ、この直衣を着よう」
 と源氏が言うと、中将は直衣をしっかりとつかんで、全然放さない。
 「それでは、一緒に」
 と源氏は言って、中将の帯を解いて脱がせると、脱ぐまいと抵抗するのを、そうはさせないと引っ張り合ううちに、開いている所からびりびりと破れてしまった。中将は、

 つつむめる名や漏り出でむ
         引きかはし
   かくほころぶる中の衣に
(隠している浮名も洩れ出てしまいましょう、引っ張り合って破れてしまった二人の仲の衣から)
 明るみに出ては困るでしょう」
 と中将が言うと、源氏は、

 隠れなきものと知る知る夏衣
 着たるを薄き心とぞ見る
(この女との仲まで知られてしまうのを承知の上でやって来て、夏衣を着るとは、何と薄情で浅薄なお気持ちかと思いますよ)

 と源氏も負けずに詠み返して、恨みっこなしの引き破られただらしない恰好で、揃って帰っていった。

 源氏は、「実に残念にも見つけられてしまったことよ」と思って、内裏の自分の部屋で臥せっていた。典侍は、情けないことと思ったが、源氏が忘れていった指貫や、帯などを、翌朝届けてきた。

 恨みてもいふかひぞなき
         たちかさね
   引きてかへりし波のなごりに
(恨んでも何の甲斐もありません、次々とやって来ては帰っていったお二人の波の後では

 底までもしっかり現れてしまって」

 と典侍の歌が添えられていた。「面目なく思っているのであろう」と源氏は歌を読み、憎らしいが、典侍が困りきっているのもやはりかわいそうなので、返事に、

 荒らだちし波に心は騒がねど
 寄せけむ磯をいかが恨みぬ
(荒々しく暴れた頭中将には驚かないが。その彼を寄せつけたあなたをどうして恨まずにはいられようか)

 とだけ書いて送った。典侍が寄越した帯は、中将のであった。自分の直衣よりは色が濃いと、自分の直衣と見比べていると、端袖がないのに気が付いた。なんというはずかしいことだろう、男のある女と寝るとこんなことが始終あるのであろうと源氏は反省した。頭中将の宿直所のほうから、
「これを、まずはお付けあそばせ」といって、包んで寄こしたのを、「どうやって、持って行ったのか」と憎らしく思う。「この帯を獲らなかったら、大変だった」と思う。同じ色の紙に包んで、

 なか絶えばかことや負ふと危ふさに
 はなだの帯を取りてだに見ず
(仲が切れたらわたしのせいだと非難されようかと思ったが、縹の帯などわたしには関係ありません)

と歌を書いて中将の許に届けさした。折り返し、中将から

 君にかく引き取られぬる帯なれば
 かくて絶えぬるなかとかこたむ
(あなたにこのように取られてしまった帯ですから、こんな具合に仲も切れてしまったものとしましょうよ)
 なんといっても責任がありますよ」

 と、あった。

 昼近くなってから、それぞれ二人は帝の前に参内した。とても落ち着いて、知らぬ顔をしていると、頭の中将はとてもおかしかったが、公事を多く奏上し宣下する日なので、二人とも実に端麗に真面目くさっている。だが時たま二人目が合うとお互いについほほ笑んでしまう。人のいない隙に中将が近寄って、
「秘密の女遊びは懲りたでしょう」
 と言って、とても憎らしそうな流し目である。源氏は、
「どうして、そんなことがありましょう。そのまま帰ってしまったあなたこそ、お気の毒だ。本当の話、嫌なものだよ、男女の仲とは」
 と言い合い、
「犬上の鳥籠の山なるいさや川いさと答えよ我が名洩らすな(犬上の鳥籠の山の麓を流れる名取川ではないが、浮き名を取ってはいけないから、人から聞かれたら、「さあ、どうでしょうか」と答えて下さい。決して私の名を口外しないように」
 と、古今集の歌を詠って互いに口固めしあう。
 さて、それから後、ともすれば何かの折毎に、中将は話の種とするので、源氏はますます、あの厄介な女のためにと、思い知たであろう。典侍は、相変わらず源氏にまこと色気たっぷりに恨み言をいって寄こすが、興醒めだと逃げ回っていた。
 中将は、源氏夫人の妹葵の君にも言わず、ただ、「何かの時の脅迫の材料にしよう」と思っていた。高貴な身分の妃から生まれた親王たちでさえ、源氏を帝の待遇がこの上ないのを憚って、とても遠慮してつき合いをしているのに、この中将は、源氏の弱みを握っているので「絶対に他の者のように遠慮はしない」と、ちょっとした事柄につけても源氏に対抗しなさる。
 この中将一人が、葵の上と母親が同じなのであった。源氏は帝のお子というだけだ、自分だって、同じ大臣といえ、信望の格別な方で、妻の内親王腹にもうけた子息として大事に育てられているのは、どれほども劣る身分とは、思いにならないのであろう。人となりも、すべて整っており、どの面でも理想的で、満ち足りていらっしゃるのであった。このお二方の競争は、変わっているところがあった。けれども、煩わしいので省略する。


 七月に、新しい帝の皇后が決まるようであった。源氏は、参議宰相に昇進した。帝は、弘徽殿の腹の子に譲位しようと思う気持ちが次第に大きくなってきた。藤壺の腹に出来た子供を春宮に、と考えるが、後見をする人たちがいない、この子の母である藤壺の縁者は皆親王方である。皇族が政治を執るということが一般的にあり得ないというのが決まりのようであったので、せめて母宮藤壺だけでも不動の地位皇后に付けて、若宮の力にと帝は考えたのであった。
 このことを知った東宮の母親である弘徽殿は、ますます心穏やかでない、それはもっとものことである。帝は弘徽殿に、
「お前の子の春宮の御世が、もう直ぐになったのだから、疑いなくお前は皇太后の地位である。安心されよ」
 と慰めるのであった。「なるほど、春宮の御母堂として二十余年におなりの女御を差し置き藤壺女御を先に皇后とされることは難しいことだ」と、例によって、世間の人も噂するのであった。
 藤壺が皇后となって初めて参内する夜、源氏宰相が警護で付きそう。同じ宮家であっても、先の帝の皇后を母に持つ内親王で、玉のように美しく光り輝いて、大事に育てられたので、世間の人々も特別に御奉仕申し上げた。言うまでもなく、源氏は輿の中の藤壺を思い、藤壺も輿の中で源氏を思いやり、皇后となったならばますますお互いが手も届かない立場になってどうすることも出来ない、源氏はじっとしてはいられないまでに気が高ぶってきた。