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私の読む「源氏物語」-10-

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「ただ梅の花の色のごと、三笠の山のをとめをば捨てて」(風俗歌の「たたらめの花のごと掻練の赤を好むや、それとも減紫の青黒い感じの紫色を色好むか、春日社の神楽歌をもじって、末摘花の少女を捨てて)と、口ずさんで出ていったのを、命婦は「変な歌を歌って」と思う。事情を知らない女房たちは、
「どうして、独り笑いなさって」と、口々に命婦を非難するので命婦は、
「何でもありません。寒い霜の朝に、掻練りの赤色のような鼻の色がお目に止まったのでしょうよ。ぶつぶつと変な歌を詠われるのが、困ったこと」と言うと、
「あまりなお言葉ですこと。ここには赤鼻の人はいないようですのに」
「左近の命婦や、肥後の采女が交じっているでしょうか」
 などと、合点がゆかず、言い合っている。
 命婦が源氏の返事を姫に差し上げたところ、常陸の宮邸では、女房たちが集まって、感心して見るのであった。

 逢はぬ夜をへだつるなかの衣手に
 重ねていとど見もし見よとや
(逢わない夜が多いのに間を隔てる衣とはますます重ねて見なさいということですか)
 白い紙に、さりげなく源氏が返歌を書いているのは、深みがあって美しい。
 大晦日の日、夕方に、あの御衣装箱に「御料」と書いて、源氏が他の人から貰った衣装一具、葡萄染めの織物の御衣装、他に山吹襲か何襲か、色さまざまに見えて、命婦が差し上げた「先日差し上げた衣装の色合いを良くないと思われたのだろうか」と思い当たるが、「あれだって、紅色の重々しい色だわ。よもや見劣りはしますまい」と、老女房たちは判断する。
「お歌も、こちらからのは、筋が通っていて、手抜かりはありませんでした」
「ご返歌は、ただ面白みがあるばかり
です」
 などと、口々に言い合っている。姫君も、苦心の末に詠み出したものなので、手控えに書き付けて置かれたのであった。

 正月も数日過ぎて、源氏は十九歳になる。今年は正月十四日夜に男踏歌のある予定なので、例によって、各家々で音楽の練習に大騒ぎしていた。男踏歌とは楽人やら舞人が右近の陣から音楽を奏でながら、仙華門をくぐって清涼殿までやっき、そこで、やはり音楽を奏で、舞を舞い、新年のご挨拶などします。そのあとは催馬楽(さいばら)の曲を演奏し、褒美をもらいます。帝もご覧になります。そんな訳で何かと騒々しいのであるが、常陸宮邸が寂しいのが気の毒と、源氏は思いやらずにはいられないので、七日の日白馬の節会が終わって、夜になって、御前から退出したが、淑景舎(桐壷)にある宿直所にそのまま泊まったように見せて、夜の更けるのを待って、末摘花の屋敷に出向いた。
 屋敷はいつもの様子よりは、感じが活気づいており、世間並みに見えた。末摘花も、少しもの柔らかな女らしい感じを身につけていた。「どうだろうか、すっかり見違えるほどの人にできれば」と、源氏は自然と思い続けていた。
 末摘花と一夜共寝して日が昇るころに、わざとゆっくりしてから、源氏は帰ることにした。東側の妻戸をあけると、そこから向こうへ続いた廊下がこわれてしまっているので、すぐ戸口から日がはいってきた。少しばかり積もっていた雪の光も混じって室内の物がとてもはっきりと奥まで見えた。
 源氏がお直衣などを着替えるのを物蔭から見て、横向きに寝た末摘花の頭の形もその辺の畳にこぼれ出している髪も美しかった。
「この女が美しく成長したのを見ることができたら」と思いながら、格子を引き上げた。
 かつて末摘花をまともに全身を見てしまった雪の夜明けに、想像と違った姿に後悔したことを思い出して、ずっと上へは格子を押し上げずに、脇息をそこへ寄せて支えにした。源氏が髪の乱れたのを直していると、非常に古くなった鏡台とか、唐国の櫛箱、掻き上げの箱などを女房が運んで釆た。どういう訳かさすがに普通の所にはちょっと珍しい男専用の髪道具があるのを源氏はおもしろく思った。
 末摘花の御装束を源氏が見て、「今日は世間並みな物を着ているな」と思うのだが、姫は先日の三十日に源氏が贈った衣装を着ていたのである。源氏は一つ一つ自分で吟味して彼女に贈ったのではないのでそうとも知らず、しゃれた模様のある目立つ桂だけを、見たことがある、妙なと思うのである。
 「せめて今年は、貴女のお声を少しはお聞かせ下さい。待たれる鴬はさしおいても、お気持ちの籠もった文をいただくのが、待ち遠しいのです」と、源氏が姫に言うと、
「囀る春は」、
 百千鳥囀る春はものごとに
 あらたまれども我ぞふりゆく
( さまざまな鳥がさえずり鳴く春は、あらゆるものが新しくなっていくのに、私だけが年老いて古びていくことだ) と、ようやくのことで、末摘花は震え声に古今集の歌の一節を言い出した。源氏の薄い愛情のままわたしは年をとってゆきますという意味が込められているのを源氏は知って、
「そうですね。二年目になった甲斐があったよ」と、答えて、微笑み、
「忘れては夢かとぞ思ふ
雪踏み分けて君を見むとは」 (現実であることをつい忘れてしまって、まるで夢かと思います。深い雪を踏み分けて親王様にお目にかかるようになろうとは、思いもしませんでした)
 という古歌を口にしながら帰って行く源氏を見送るが、口を被うた袖の蔭から例の末摘花の鼻が赤く見えていた。やっぱり不細工な女だと歩きながら源氏は思った。

 末摘花の許から源氏が二条の院に帰ると、半分だけ大人のような姿の若紫がかわいかった。源氏は末摘花の赤い鼻を思い出して、
「紅い色の感じはこの人からも受け取れるが、こんなになつかしい紅もあるのだ」
 と見える着物の上に、無紋の桜襲の貴族の幼児服の細長をしなやかに着こなして、あどけない様子で、たいそうかわいらしい。古風な亡き尼君の躾のままで、女子九歳の頃これを成年の印としたお歯黒もまだであったのを、歯を黒く染め、お化粧をしてもらって、眉がくっきりとなっているのも、かわいらしく美しい。そんな若紫を見ていて源氏は、
「自ら求めて、どうして、こうもうっとうしい女を追い回して関係するのだろう。身近にこんなにかわいい若紫というのがいるのに、一緒にいないで」
 と、思いながら、いつもの遊びである、人形遊びを二人でするのであった。
 若紫は絵などを描いて、色を付ける。いろいろと美しく彩色していくのであった。源氏も描き加える。髪のとても長い女性を描き、末摘花に似せて鼻に紅を付けて見ると、絵に描いても見るのも嫌な感じがした。源氏は自分の姿が鏡台に映っているのが、たいそう美しいと見て、自分で鼻に紅色づけして、赤く染めて見ると、これほど美しい顔でさえ、このように赤い鼻が付いていると当然醜い顔であった、若紫はそんな源氏の顔を見て、ひどく笑っていた。源氏が、そんな若紫に、
「わたしが、もしこのような顔になったら、どうですか」
 と、聞くと、紫は
「嫌ですわ」
 と言って、そのまま染み付いておちないようになってしまうかと、心配している。源氏は拭ったように見せかけて、
「少しも、白くならないぞ。つまらないいたずらをしたものよ。帝はどんなにお叱りになられることだろう」
 と、とても真剣に言うと、紫は本気で気の毒に思ったのか、近寄ってきて小さい手で拭うと、