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私の読む「源氏物語」-10-

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『歳暮れて天地閉じ、陰風破村に生ず、夜けて煙火尽きぬ、霰雪白し紛々たり、幼き者は形蔽れず、老いたる者は躰に温なること無し、悲喘と寒気と併ら入りて鼻の中にして辛し』『白氏文集』「秦中吟 重賦」を詠うのであるが、あの姫の赤鼻が頭に浮かんび、さらに寒そうなあの顔を思い出してふと微笑んでいた。そうしてまた考えた、
「頭中将に、これを見せた時には、どのような譬えを言うだろう。いつも私を探りに来ているので、やがてこのことは見つけられるだろう」 
 仕方がないやと思うのであった。
 常陸宮の姫が世間並の、平凡な顔立ちならば、忘れてしまってもよいのだが、源氏は、はっきりと御覧になった後は、かえってひどく気の毒で、暮らし向きの事に、常に心をかけていた。
 黒貂の皮衣ではない、絹、綾、綿など、老女房たちが着るための衣類、あの老人のための物まで、召使の上下を考えに入れて贈ってあげた。このような暮らし向きのことを世話されても恥ずかしがらないのを、気安く、「そのような方面の後見人としてお世話しよう」とお考えになって、一風変わった、普通ではしないところまで立ち入ったお世話もなさるのであった。源氏は姫を末摘花と密かに呼んでいた。
「源氏が空蝉の弟の小君の案内で紀伊邸を訪れた折りに、襖の隙間から覗いた灯影に写る軒端荻と碁をしている空蝉の横顔が、美しいとは思わなかったが、姿態の優美さは十分に魅カがあった。この末摘花は空蝉よりも高い身分の人ではないか、そう思うと上品であるということは家の格式によらない。男に対する洗練された態度、正義の観念の強さ、そしてついには負けて退却をした」などと源氏は何かのことにつけて空蝉が思い出された。

 その年も暮れになった。源氏は内裏のいつもの宿直所にいると、大輔の命婦がやってきた。源氏の髪を櫛梳きをするなどの時には、異性の乳母子であるので色恋抜きに、気安い関係なので、冗談などを言い合いながら源氏は命婦を召し使っているので、彼女も源氏が呼ばない時にも、話すことがあると、源氏の前に現れ
るのである。今日も、
「妙な事がございますが、申し上げずにいるのもどうかとおもいまして、判断に困りまして」
 と、源氏に微笑みながらみなまで言わないのを、
「どのような事だ。わたしには隠すこともあるまいと、思うが」
「どういたしまして。自分自身の困った事ならば、恐れ多くとも、まっ先に。これは、とても申し上げにくくて」
 と、例になく命婦はひどく口ごもっているので、
「いつものように、勿体ぶって」
 と源氏はすねたように言う。
「あちらの宮からございましたお手紙で」と言って、命婦は取り出した。
「なおいっそう、それは隠すことではないではないか」
 源氏が命婦の手から取り上げるが、どきりとする。
 恋文には用いない。普通は薄様の紙を用いるのであるが、陸奥紙の厚ぼったい紙に、薫香だけは深くたきしめてある。文面はとてもよく書き上げてある。和歌も、

 唐衣君が心のつらければ
 袂はかくぞそぼちつつのみ
(あなたの冷たい心がつらいので、わたしの袂は涙でこんなにただもう濡れております)
 源氏が歌の意味に合点がゆかず首を傾けていると、命婦は上包みに、衣装箱の重そうで古めかしいのを置いて、源氏に押し出した。命婦は差し出して、
 「これを、このような見苦しい物をと思いますが。けれども、姫が、元日のご衣装にと言って、わざわざ送ってこられた物ですから、無愛想にはお返しできません。私が源氏様に告げずに勝手にしまい込んで置きますのも、姫君のお気持ちに背きましょうから、御覧に入れた上で」と申し上げると、
「しまい込んでしまったら、つらいことだったろうよ。袖を抱いて乾かしてくれる人もいないわたしには、とても嬉しいお心遣いだ」
 末摘花は彼女なりに、しきたりを守り夫の正月の衣装の世話をしようとした、その気持ちを源氏は察したのであるが、源氏は命婦には何も言わなかった。
「それにしても、何とまあ、あきれた詠みぶりであることか。これがご自身の精一杯のようだ。侍従が直すべきところだろう。他に、手を取って教える先生はいないのだろう」と、何とも言いようなくお思いになる。精魂こめて詠み出された苦労を想像なさると、
 「まことに恐れ多い歌とは、きっとこのようなのを言うのであろうよ」
 と、苦笑しながら御覧になるのを、命婦、赤面して拝する。
 源氏は胸の中で、
「それにしても、何とまあ、あきれた詠みぶりであることか。これが末摘花の精一杯の歌ようだ。侍従の女房が直すべきところだろうが今は居ない。他に、手を取って教える先生はいないのだろう」
 と、何とも言いようがない。だが彼女が精魂こめて詠んだ苦労を想像すると、
「まことに恐れ多い歌とは、きっとこのようなのを言うのであろうよ」
 と、一人苦笑しながら見ているのを、命婦は自分の歌が見られているように赤面していた。
 直衣は流行色の濃いい紅色だが、どうしようもないほど我慢できない艶の無い古めいたもので、裏表同じく濃く染めてあり、いかにも平凡な感じで、端々が見えている。「あきれた」と思うと、この手紙を広げながら、端の方にいたずら書きをする、命婦が横から見ると、

 なつかしき色ともなしに何にこの
 すゑつむ花を袖に触れけむ
(格別親しみを感じる花でもないのに、
どうしてこの末摘花を手にすることになったのだろう)
 色の濃い「はな」だと思っていたのだが」
 などと、お書き汚しなさる。すゑつむはなとは紅花こと、それをことさらお書きになるのには、やはりわけがあるのだろうと命婦は思う。そして折々の月見のさいに輝く月光で見た姫の容貌などを、気の毒に思う一方で、またおかしくも思った。大輔の命婦は源氏の端に書いた歌に答えて
 
 紅のひと花衣うすくとも
 ひたすら朽す名をし立てずは
(紅色に一度染めた衣は色が薄くても、
どうぞ悪い評判をお立てなさることさえなければ、) 
 と、とてももの馴れたように独り言をいうのを、源氏は聞いていて、この命婦は歌は上手とは言えないが、末摘花の姫も「せめてこの程度に通り一遍にでもできたならば」と、源氏は返す返すも残念であるとおもう。姫は常陸宮の血筋である、身分が高い方だけに気の毒なので、名前に傷がつくのは何といってもおいたわしい。女房たちが源氏の許に集まってきたので、源氏は命婦に
 「隠すとしようよ。このようなことは、常識のある人のすることでないから」
 と、つい偉い物を手に入れたと思う。
 命婦は
「どうして、御覧に入れてしまったのだろうか。自分までが考えがないように思われてしまった」
 と、とても恥ずかしくて、静かに源氏の前から下がった。
 翌日、命婦は出仕していると、源氏が女房の詰所の台盤所に立ち寄って、
 「そらよ。昨日の返事だ。妙に心づかいされてならないよ」
 と言って、お投げ入れになった。女房たち、何事だろうかと、見たがる。源氏は台盤所から去りながら、