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私の読む「源氏物語」-10-

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 これ以上この女達の愚痴を聞いているのも、気が咎めるので、源氏はまた入り口に戻って、ちょうど今来たようにして、戸口を叩いた。
「これはこれは、ようこそのお越しで」 などと言って燈火の向きを変え、格子を外して源氏を中に入れた。
 侍従は、斎院の女房でもあるので不在で、姫の側には若い女房はいないのであった。それで、ますます奇妙で野暮ったい女ばかりで、勝手の違った感じがする。
 年取った女房が、ますます辛いと、言っていた雪が、空を閉ざして激しく降って来た。空模様は険しく、風が吹き荒れて、大殿油が消えてしまったのを点火し直す人もいない。あの夕顔を連れ出して、魔物に襲われた時のことを源氏は自然と思い出して、ここの荒れた様子はあのときと劣らないようだが、邸の狭い感じや、人気が少しあるなどで安心していたが、ぞっとするように怖く、寝つかれそうにない夜の有様である。
 このような夜は、男と女が共にあれば却って心と心が結び逢って。しみじみと胸を打つものが湧き上がり、普通とは違って、心に印象深く残るのであるが、姫はひどく引っ込み思案で源氏に寄り添おうともしないすげない素振りである。源氏は何の張り合いもないのを、気が抜けたように感じていた。

 男と女が押し黙ったまま固く心を閉ざしたまま味気ない夜がやっと明けたようなので、源氏は自分で立って格子を上げて、前の前栽の雪を見る。踏みしめた跡もなく、広々と荒れわたって、ひどく寂しそうなので、このまま姫を振り捨てて帰って行くのも気の毒なので、
「雪の朝の綺麗な空を御覧なさい。いつまでもそのように固くなっておらずに、私の側によりなさいませ」
 と、不満な気持ちを少し込めて言う。まだほの暗いが、雪の光に照らされてますます美しく若々しく源氏の姿が見えるので、年老いた女房たちは、こんなお方がこの家に来てくださったと喜色満面に見つめている。
「姫様、早くお出であそばしませ。いけませんわ。素直なのが一番ですよ」
 などと教えるように女房が言うと、姫は人の申すことを拒まない性質なので、何やかやと身繕いして、いざり出できた。
 源氏は寄ってくる姫を見ないようにして、外の方を見ていたが、横目は敏感に働かして、「どんな女であろうか、深い関係になったときに、少しでも良いところを見つければ嬉しかろうが」と、思う。身勝手な源氏の考えである。
 源氏の目に姫はまず第一に、座高が高くて、胴長に見えた、「やはりそうであったか」と、暗闇なかで手で触れた時に異様に感じていたのが現実で源氏は失望した。引き続いて、ああみっともないと見えるのは、姫の鼻なのであった。ふと目がとまる。普賢菩薩の乗物と思われる。あきれて高く長くて、先の方がすこし垂れ下がって色づいていること、特に異様である「象の鼻華有り、其の茎譬へば赤真珠色の如し」と『観普賢菩薩行法経』の一節を思っていた。顔色は、雪も恥じるほど白くまっ青で、額の具合がとても広いうえに、それでも下ぶくれの容貌は、おおよそ驚く程の面長なのであろう。痩せ細っていらっしゃること、気の毒なくらい骨ばって、肩の骨など痛々しそうに着物の上から透けて見える。源氏は「どうしてすっかり見てしまったのだろう」と目を逸らそうと思う一方で、あまりにも異様な姫の姿に、そうはいっても、ついつい目が行ってしまう。
 頭の恰好、髪の垂れ具合は、源氏が今までに美しい素晴らしいと思っている人と、少しも引けを取らず、袿の裾に、一尺ほど余ってたっぷりとした髪を引きずっている。着ている物まで言うのはどうかと思うのだが、昔の物語にも女のお召し物についてはまっ先に述べている。
 姫は天皇・皇族に限られる濃い紫や紅色の、それらの薄い色で「聴し色」と言われている物のひどく古びて色褪せた一襲に、すっかり黒ずんだ袿を重ねて、上着には今では古風となった高貴な男性用物である黒貂の毛皮で作った衣、とてもつやつやとして香を焚きしめたのを着ている。それは昔風の由緒ある御装束であるが、やはり若い女性のお召し物としては、似つかわしくなく仰々しいことが、まことに目立つ。しかし、なるほど、この皮衣がなくては、さぞ寒いことだろう、と見えるお顔色なのを、源氏はお気の毒にと見ている。
 姫は何も言わない、源氏は自分までが口が利けなくなった気持ち、姫のいつもの沈黙を何とか口を開けさせようと、あれこれと面白おかしく話しかけるが、ひどく恥じらって、扇で口を覆っている、その姿が野暮ったく古風、大げさで、朝廷の儀式を司る太政官の役人が儀式の際に笏を持って肘を張っている様子に似ている、それでも源氏の言葉にちょっと微笑んでいる表情、源氏は中途半端で落ち着かない。このまま姫と居るのが、気の毒でかわいそうに思えて、ますます急いで帰ろうとする。
「姫は頼りになる人がいないご境遇ですから、縁を結んだわたしには、心を隔てず打ち解けて下さいましたら、私は大満足なのです。打ち解けて下さらないご態度なので、情けなくて」
 などと、姫君のせいにして、

 朝日さす軒の垂氷は解けながら
 などかつららの結ぼほるらむ
(朝日がさしている軒のつららは解けましたのに、どうして氷は解けないでいるのでしょう)

 と源氏が詠うが、姫はただ「うふふっ」とちょっと笑って、とても容易に返歌も詠めそうにないので、源氏は帰途についた。
 車を寄せてある中門が、とてもひどく傾いていて、夜目には、傾いているとは判るがそのほかは目立たないことが多かったが、とても寂しく荒廃しているなかで、松の雪だけが暖かそうに降り積もっている、山里のような感じがして、気の毒と思うが、「あの雨の日に内裏で語った人たちが言っていた荒れた宿とは、このような所だったのだろう。なるほど、気の毒でかわいらしい女性をここに囲っておいて、気がかりで恋しいと思いたいものだ。藤壺の宮を思う大それた恋は、そのことで気が紛れるだろう」と、「姫のように、理想的な荒れた宿に不似合いなご器量は、取柄がない」と思う一方で、「自分以外の人は、なおさら我慢できようか。わたしがこのように通うようになったのは、故親王が心配に思って結び付けた霊の導きによるようである」と思うのである。
 橘の木が埋もれているのを、源氏は随身を呼んで払わせる。松の木が独りで起き返って、ささっとこぼれる雪も、「我が袖は名に立つ末の松山か空より波の越えぬ日はなし」という後撰集の歌を思い出す。「さほど歌の道に深くなくとも、多少分かってくれる人がいたら」と思いながら見ていた。
 お車が出るはずの門は、まだ開けてなかったので、鍵の番人を探し出すしたところ、老人でとてもひどく年とった者が出て来た。その娘だろうか、孫であろうか、どちらともつかない大きさの女が、着物は雪に映えて黒くくすみ、寒がっている様子、深くて奇妙な物に火をわずかに入れて、袖で覆うようにして持っていた。老人が、中門を開けられないので、近寄って手伝うのが、女がこんな事をしては不体裁である。源氏のお供の人が、近寄って助けて開けた。源氏は独り口ずさむ。

 降りにける頭の雪を見る人も
 劣らず濡らす朝の袖かな
(老人の白髪頭に積もった雪を見ると、
その人以上に、今朝は涙で袖を濡らすことだ)