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私の読む「源氏物語」 ー9-

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 若紫も様子がおかしいので泣きだしてしまい少納言が色々と宥めるのであるが収まらない。少納言は昨夜縫い上げた姫の衣を持って、自分もそれなりの服装で車に姫と共に乗り込んだ。
 源氏の住まいである二条院はそう遠くないので夜が明ける前に到着した。寝殿の西の対を姫の部屋として考えていたので、源氏は車を直接横付けにした。源氏は先に降りて姫を軽々と抱いて下ろした。

 少納言は車の中で
「やはり、今夜のことは、まるで夢を見ているような気持ちです、私はここでどういたしましたらよいのでしょうか」
と、降りるのをためらっているので、源氏は
「それはあなたの考え次第ですよ。姫君はもうこちらの部屋にお移し申し上げてしまったのだから、貴女は帰ろうと思うなら、このまま降りずにいらっしゃい、送って差し上げますよ」
 少納言は仕方なく苦笑して下りた。急な事で、驚きあきれて、心臓がどきどきと鼓動していた。「父宮さまがお叱りになられることや、これから先の姫君のお身の上がどうなるのか、とにもかくにも、姫様の身内の方々が先立たれたことが原因なので、本当にお気の毒な方」と思うと、涙が出てきそうになるが、それはこの場では何と言っても不吉なので、私がしっかりしなければと、少納言はじっと堪えていた。
 西の対は普段は使用していないので、御帳など色々な必要品がない。源氏は惟光を呼んで、御帳や、御屏風など、ここかしこに整えさせる。御几帳の帷子を引き下ろし、姫のご座所など、ちょっと整えるだけで使えるので、そこで源氏は東の対にお寝具類などを取り寄せに人をやって、姫と共に寝ることにした。。
 若紫の君は、初めての広い屋敷に入らされてとても気味悪くて、源氏の君は私をどうなさる気だろうと、ぶるぶると震えずにはいられないが、声を出して泣いてはまた何事が自分に襲いかかるやも知れぬと泣くことも出来なかった。
「少納言と共に寝るの」
 という声がとても可愛らしかった。
「今日からはここでは、もう前のようにお寝みになるものではありませんよ」
 と源氏が諭すと、姫は泣き臥してしまった。少納言は寝ることも出来ずに、考えることも出来ずに几帳の傍らで朝まで起床していた。

 夜が明けて行くにつれて、あたりを見渡すと、御殿の造作や、調度類の様子は、改めて言うまでもなく立派で、庭の白砂も宝石を重ね敷いたように見えて、光り輝くような感じなので、今までの京極の屋敷に住んでいたのがきまり悪い感じがしていたが、こちらの対には女房なども控えていないのであった。たまのお客などが参った折に使う部屋だったので、男たちが御簾の外に控えているのであった。
 このように、夜の内に源氏が女をお迎えになったと、聞いた人は、「誰であろうか。並大抵の人ではあるまい」と、ひそひそ噂をしている。御手水や、お粥などを、こちらの対に配膳の者が持って来てくれた。日が高くなって源氏は起きてきて、
「女房がいなくては不便であろうから、少納言が選んでしかるべき人々を、夕方になってから、京極の屋敷にお迎えなさるとよいだろう」
 と言ってさらに、東の対に童女を呼びに人をやる。「小さい子たちだけ、特別に参れ」と言ったので、とてもかわいらしい格好して、童女が四人参った。
 若紫の君はお召物にくるまって臥せっていらっしゃったのを、無理に起こして、
「早起きをこんな風に嫌がってはなりません。貴女を本当に可愛いと思っている男はいい加減なことは、申しません。私は貴女に真面目に向かっています。女性というものは、気持ちの素直なのが良いのです」
 と、源氏の若紫への躾教育がもう始まっているのだった。
 若紫の姿は、遠くから見ていた時よりも、間近に見ると更に美しいので、源氏は自分の見た目は間違いないと感じながら、優しく若紫に話をしながら、紫が喜びそうな絵や、遊び道具類を取りにやって、これはこうあれはこのようにと二人で遊び始めた。。
 しかりと目が覚めて座っている紫を見ると、祖母の尼君の忌は三ヶ月、まだ開けないので鈍色の色濃い喪服の、ちょっと柔らかくなったのを着て、遊び道具を前にして無心に微笑んでいる紫が、とてもかわいらしいので、源氏もつい微笑んで紫を見つめていた。
 源氏は暫くして東の対に渉っていった。紫は立ち上がって縁の端に出て行って、庭の木立や、池の方などを、覗いてみると、霜枯れの前栽が、絵に描いたように美しくて、京極の家では見たこともない四位や五位の人々がそれぞれの位の色の服装でひっきりなしに出入りしていて、「なるほど、素晴らしい所だわ」と、紫はおもった。屏風やその他の調度品も、とても素晴らしい絵が描かれているのを見て、紫はにこにこと機嫌を良くしているのも、あどけないことであった。
 源氏は、二、三日、宮中へも参内しないで、紫と親しくなろうと相手をしている。そのまま手本にと、手習いや、お絵描きなど、いろいろと書いたり、描いたりしては、紫に見せ、立派に一冊の読本に仕上げた。
さらに、
「武蔵野と言うと文句を言いたくなってしまう」と、言いながら

 紫の一本ゆゑに武蔵野の
 草は見ながらあはれとぞ思ふ
(好きな紫草が一本だけ生えているから、
武蔵野の草は全て懐かしく心引かれて見える)

 という古今集の歌を紫の紙に書きあげた。 

 若紫はそれを取り上げて見て、墨の具合が とても美しいのを感心のまなざしで見ていた。源氏はまた少し小さな字で、

 ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の
 露分けわぶる草のゆかりを
(まだ一緒に寝てはみませんが、若紫、私は愛しく思っています、武蔵野の露に難儀する紫のゆかりのあなたを)
と自分の即興の歌を書いた。「紫のゆかり」は恋しい藤壺のことを思っての言葉であった。
「さあ、あなたもお書きなさい」と言うと、
「まだ、うまく書けません」
 と言って、顔を見上げて源氏を見つめているのが、無邪気でかわいらしいので、つい微笑で、
「うまくなくても、まったく書かなくては上手にはなれません。教えて上げましょうね」
 紫はちょっと横を向いて書く手つきや、筆を持つ様子があどけない、源氏はかわいらしくてたまらない、我ながら不思議だと思う。
「書き損ってしまった」
 紫が恥ずかしがって隠そうとするのを、無理に見ると、

 かこつべき故を知らねばおぼつかな
 いかなる草のゆかりなるらん
(私の境遇は分かりませんが、わたしはどのような方のゆかりなのでしょう)

 子供らしい字ではあるが、将来の上達が予想されるような、ふっくりとしたものだった。死んだ尼君の字にも似ていた。「近頃の手本で習わせたならもっとよくなるだろう」と源氏は思った。
 雛遊びなどもわざわざ屋根のある家なども二人でたくさんに作って、若紫と遊ぶことは源氏の藤壺への思いを紛らすのに最もよい方法のようだった。

 若紫の京極邸に残った女房たちは、兵部卿宮がお越しになって、姫のことをお尋ねになったが、お答え申し上げるすべもなくて、困っていたが、「暫くの間、姫の行く先を教えてはならぬ」と源氏は口止めし、少納言の乳母もそのように考えていることから、女房たちに固く口止めさせていた。兵部卿に聞かれた女房達はただ、
「行く方も知れず、少納言の乳母がお連れしてお隠し申したことで」