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私の読む「源氏物語」 ー9-

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「この先いつか、姫様は源氏様とご一緒になるというご縁から、はずれることは出来ないかも知れませんが、今は、まったくお歳から言っても不釣り合いなお話と思っています。何かこう源氏様はそれとなく仰ってくださいますのを、どのようなお気持ちからかと、私たちは判断つかないで悩んでおります。今日も、兵部卿の宮さまがお越しあそばして、『娘のこと故注意して仕えてくれ。うっかり油断をしてはならないよ』と仰せられたものですから、私ども何だか平気でいられなく思いました。昨晩源氏様のなされたことなどを思い出すものですからとても穏やかな気分になれないでいます」
 少納言はこう惟光に話しながらも、「この人はきっと源氏と姫が男と女の関係になっていると思っているのではないか」と、考えて余り嘆かわしいことを言うのもかえっておかしなことになると思う、この先話を続けなかった。聞いていた惟光も。
「どのようなことを言っているのだろう」と腑に落ちなかった。
 翌日惟光は二条院の源氏の元に戻って。昨日の京極邸のことを話すと、源氏はとても心配してすぐにも出かけようとするが、さすがに少し行き過ぎた行動であると自制して、「あまり軽はずみな行動をすると、また人々が何と言うか分からない」と考えて。「この際いっそここへ連れてこよう」と気持ちを決めた。
 源氏は手紙を頻繁に送り、暮れると、いつものように惟光大夫を差し向ける。
「差し障りがあって参れませんのを、心が余所にあると思わないで下さい」などと、惟光を通じて伝言させた。 
 少納言が惟光に
「父宮さまから、明日急にお迎えに参ると言う連絡がありましたので、気ぜわしくしております。長年住みなれたこんな荒れた住まいではありますが宿を離れますのは、何と言っても心細く、若紫の姫様にお仕えする女房たちもそわそわして落ち着かずに気持ちを乱しております」
 と、言葉数少なに言って、ろくに惟光の相手もしてくれずに、繕い物をする様子が御簾ごしにはっきり分かるので、惟光は急いで源氏の許に帰参した。

 源氏は左大臣邸帰っていたが、いつものように、葵の上は迎えにも出ず会おうともしない。源氏は葵と会ってもどうということもないのだが、それでも何となく面白くなくて、和琴を取り上げてけだるそうに即興に掻き鳴らして、「常陸にも 田をこそ作れ あだ心 や かぬとや君が 山を越え 雨夜来ませる」という歌を本来は女性側から男を誘う内容の歌であるが、葵の上に対しての皮肉なあてこすりで、声はとても優艶に、口ずさんでいた。
 そこへ惟光が参上したということで、呼び寄せてあちらの様子を聞く。「これこれしかじかです」と惟光が昨日のことを申し上げるので、残念でたまらない、惟光に、
「あの兵部卿の家にあの姫が移ってしまったら、わざわざ私が迎えることは好色めいたことであろう。世間は私が子供を盗み出したと、きっと非難するだろう。移る前に、暫くの間、女房の口を封じさせて、姫を無理にでも連れて来てしまおう」
 と自分の気持ちを話す。

「明日の朝暁方にここへ来るように、車は余り派手にせずに、供の者は二人か三人」 と、惟光に告げた。
 源氏はこう惟光に明日の準備を告げたのであるが、ではどのように行動するかと考えた。
「どうしようか。噂が広がって私が浮気を通り越して好色な稚児遊びにはしった事よ。浮気ならば相手の年齢が物の分別ができ、女の方も男に情を通じてのことだというのが、世間一般にある男女の浮気であるもし兵部卿が姫を探し出された場合、体裁が悪く、格好もつかないことになるだろう」と、悩むのであるが、この機会を逃したらもう二度とあの可愛らしい姫に会えないし、自分のものにすることが出来ない、大変後悔することになるにちがいない」
 とまだ夜の深いうちに出かけた。
 葵の上は我が夫の源氏が何故にこんなに朝早くから出かけるのかと、不思議に思いながらも見送りにしぶしぶ出てきた。その葵に源氏は、
「二条院の方に急いで見なければならない書類があるのを思い出すしたので、出かけるよ、すぐにこちらに帰ってくるから」
 といって源氏が出かけたので近従の人は誰も源氏の真意は分からなかった。源氏は自分の部屋で直衣などを着られて衣装を整えると、自分は車に惟光は馬で出発した。 荒れた京極邸に到着して門を叩くと知らない男が出てきて門を開けてくれた。源氏は車を門内に入れて、惟光大夫は、殿舎の出入口に設けた、両開きの板製の妻戸を敲いて、「えへんえへん」と合図をすると、少納言が惟光であると聞いて戸を開けて出てきた。
「源氏の君がこちらにお出でになります」
 と惟光が言う。
「姫様はもうお休みになって居られますが、どうしてこのように夜更けにお出であそばされたのですか」
 と少納言は源氏がお好きな女の処からの帰りと思って言う。源氏は、
「父宮の兵部卿が姫をお連れ帰りになるということを聞き、その前に話さなくてはならないと思って」
「どのようなことで御座います、私からはっきりしたお答えは出来ませぬが」
 と少納言は微笑んでいる。源氏が中に入っていくと、とても困ってしまい、
「乱れた様で、年寄たちが寝ておりますので」
 と彼女は源氏を制し申し上げる。
「まだ姫様は、お目覚めではありますまいね。どれ、お目を覚ましてあげましょう。今朝のこのような素晴らしい朝霧を知らないで、寝ていて勿体ないですよ」
 源氏はそんな少納言を無視して姫の几帳の中に入っていく、「もし」という声もかけられなかった。
 若紫は何事もなく熟睡していたが、源氏が急いで抱き起こしたのに驚いて父宮のお迎えと寝ぼけて思っていた。
 源氏は優しく若紫の髪をなぜて寝乱れを直してあげなさって、
「さあ、いらっしゃい。父宮さまのお使いとして参ったのですよ」
 と言う源氏の声に、若紫は「違う人だ」と、びっくりして、恐いと思っているので、
「ああ、情けない。わたしも同じ人ですよ」
 と言って、源氏は姫を抱いて出てしまうので、大輔女房や少納言の乳母などは、
「これは、姫様をどうなさいますか」
 と源氏に尋ねる。
「ここには、私が常に参れないのが気がかりなので、以前私が気楽にお逢いできるところへと申し上げたが、それより先に残念なことに、父宮邸にお移りになるそうなので、それではますます姫とお話し申し上げにくくなるだろうから。誰か一人付いて参られよ」
 とおっしゃるので、気がせかれて、少納言は
「今日は、まことに都合が悪うございましょう。父宮さまがお越しあそばした時には、どのようにお答え申し上げましょう。自然と、年月をへて、姫様のお歳も女として相応しいお歳になられ、ご縁があって源氏様と、ともかくなられましょうが、今は何とも考える暇もない急な事でございますので、私ども姫様にお仕えする者どもも大変困ります」
 と申し上げるのであるが、源氏は、
「よし、それでは女房達は後から参れ」
 と源氏は車を呼び寄せる。それを見いて女房達は驚きあきれて、どうしたらよいものかとうろうろするばかりで源氏のこの素早い行動に対抗する名案が浮かばなかった。