私の読む「源氏物語」 ー9-
とばかりお答え申し上げるので、兵部卿の宮もしょうがないと思いになって、「亡くなった尼君も、私の処へ姫君が移ることを、とても嫌だとお思いであったことなので、少納言が、ひどく出過ぎた考えから、姫が移ることは不都合だ、などと私に言わないで、自分の一存で、連れ出してどこかへやってしまったのだろう」
と、萎れてお帰りになった。
「もし、消息を聞きつけたら、知らせなさい」とおっしゃる、厄介なことである。
兵部卿は、北山の尼君の弟の僧都の所にも、お尋ね申し上げなさるが、僧都もはっきり分からず、若紫姫の惜しいほどの器量など、父宮は恋しく悲しいとお思いになる。
兵部卿の北の方も、前々から若紫の母親を憎いと思っていた感情も今は消えて、美しく成るであろう若紫を、自分の思いどおりに育て上げて、良い夫を持たせ自分は満足のある生活が出来ると、思っていた当てが外れたのは、残念なのであった。
京極邸にいた女房達も次第に主人の若紫が居る二条院に集まって来た。源氏が与えた遊び相手の童女や、幼子たち、源氏と若紫がとても珍しく、また現代風にきらびやかな様子なので、何の屈託もなくお互い遊び合っていた。
紫の君は、源氏が内裏に昇られて留守の時、寂しい夕暮時などだけは、亡くなった祖母の尼君を思い出し、つい涙ぐんでしまうことがあるが、父宮兵部卿のことは特に思い出すこともないようであった。最初から一緒に過ごしてこなかったので、今ではすっかりこの後の親と思っている源氏と、たいそう馴れ親しんでしまっている。源氏が外出から帰ると、まっさきに出迎えして、親しく話をなさって、源氏の胸に抱かれて、少しも嫌がったり恥ずかしいとは思っていない。そうしたことでは、ひどくかわいらしい態度なのであった。
少し大きくなって小賢しい智恵がつき、何かとうっとうしい関係となってしまうと、自分の気持ちと多少合わないところが出て来たのかと、心配になり、相手の方も嫉妬しがちになり、そこから意外なもめ事が自然と出て来るものであるが、まだ今のところはまことにかわいらしい遊び相手である。自分の娘でも、これほどの歳になったら、父親と気安く振る舞ったり、一緒に寝起きなどは、とてもできないものだろうに、源氏は若紫をとても風変わりな大切な娘であると、思っていた。
(若紫終わり)
作品名:私の読む「源氏物語」 ー9- 作家名:陽高慈雨