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私の読む「源氏物語」 ー9-

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 前にも増して帝は藤壺を側から放すことなく一日を過ごされた。秋になって管弦の宴などが色々と催されるのであるが、宴会の度に源氏は呼ばれて、琴を弾いたり笛を吹いたりと帝の命じるままに参列しているのであった。源氏は藤壺の前で気を張って自分たちの秘密が漏れないように努力しているのであるが、それでも時々藤壺と目を合わせたときなどに、悲しげな表情をすると、藤壺もそれを察して我慢をしているのであるが、源氏への感情を抑えようにも抑え切れない気持がいづれ外に現れて、やがて二人の関係が帝に知られるのではないか、心配し続けているのであった。

 源氏の瘧が治りが悪いといって北山に修験者が居ることを人伝に聞いてでかけ、前の按察使大納言の未亡人が弟の僧都を頼って自分の病の治療に孫娘と共に寄宿しているのに出会い、源氏はその孫娘を一目で気に入り歳の差なんかを忘れて尼に妻にと申し込んだのであるが、断られ、かろうじて尼君が体調が戻り京に帰ったならばまたお話をしようという返事を頼りに、不承知ではあるが源氏は山を下りたのであった。
 その尼君が身体が回復して都に戻ったということを聞いて源氏は京のお住まいを尋ねて、時々お手紙などをさしあげていた。尼君からの返事は、先に山寺で往復した手紙の内容から発展することなく、同様なものばかりであった、尤もなことで、源氏もこの頃は藤壺の宮との道に外れた行動の悩み事が大きく、他の事を省みる間もなく日にちが過ぎていった。

 藤壺と道ならぬ男女の仲を踏み越えたことがあったのがこの歳の夏の暑い頃で、彼女が妊娠をしたということを聞いたのが仲秋、そして秋も終わりころとなった。源氏はとても物寂しく感じため息ばかりついている。月の美しい夜に、その月に誘われたかのように隠し女の処へ行こうと思い立った。時雨がさっと降る中を出発して行き先は六条の貴婦人のもとで、あの亡き夕顔の女と会ったときがこの女の許に行こうとしていたのであった、六条京極辺りで内裏から少し遠い。途中で荒れた邸で年を経た木立がとても鬱蒼と茂っている前を通過した。いつも供を欠かさない惟光が、
「ここが、故按察大納言の家でございます。尼君が山より帰られたということを人伝に聞きましたので寄ってみますと、あの尼さんから、病気に弱ってしまって今は何も考えられませんという挨拶がありました」
「それはお気の毒なことである。お見舞いをしなければ。どうしてそれを早く言わぬ。さあ、お前行って案内を告げなさい」
 と惟光に言って、案内させる。六条へ行く途中などと言わせずに、惟光に内裏よりわざわざ見舞いに参ったと告げさした。
 源氏が入ってゆくと、惟光から告げられた尼君の女房が。
「とても困ったことですわ。ここ数日、ひど
くご衰弱あそばされましたので、お目にかかることなどはとてもできそうにありません」
 という答えをしながらも、源氏のような貴公子が見舞いに来ているのを押し返すことは失礼に当たるだろうと、南の廂の処を片づけて整理をして源氏の座を設けて源氏を招き入れた。
「たいそうむさ苦しい所でございますが、尼君様がせめてお礼だけでもと、何の用意もなく、鬱陶しいご座所で恐縮です」
 源氏はこんな廂ようなところで、普通の扱い方ではないと思う。
「常にお見舞いにと存じながら、あまり好いお返事を戴けないものですから、お逢いするのを遠慮しておりましたが、ご病気でいらっしゃることとも、存じませんでした、本当に思い通りにはいかないものです」
 などと申し上げなさる。聞いて尼君は、
「気分のすぐれませんことは、いつも変わらずでございますが、いよいよの際となりまして、まことにもったいなくも、お立ち寄りいただきましたのに、自分自身でお礼申し上げられませんこと申し訳ありません。仰せられます源氏様のご要望のことは、お気持ちが変わらないようでしたら、このような頑是ない時期が過ぎましてから、必ずお目をかけて下さいませ。あの子をひどく頼りない身の上のまま残して逝きますのが、私の願っております仏道の妨げになることと存ぜずにはいられません」
 などと尼君は女房を通して源氏に申し上げなさった。
 尼君の病床はごく近いところなので、女房に自分の言葉を伝える声が弱々しくとぎれとぎれに聞こえてくる。更に続けて、
「まことに、もったいないことでございます。せめてこの姫君が、お礼申し上げなされるお年でありましたならよいのに」
 と横に控えているらしい若紫のことを言う。源氏は、しみじみと尼君の言葉を聞いていた、「今さらそんな心配はなさらないでください。私が通り一遍な考えでご相談しているのなら、女狂いの酔狂者と誤解されるのも溝わずに、こんな御相談はとてもすることができません。どんな前生からの因縁でしょうか、お孫さんをちよっとお見かけいたしました時から、私の心の中でどうしても忘れられない存在になりまして不思議なほど、現世だけでなく来世までの約束事としか思われません」
 などと源氏は言って、また、
「この自分を理解していただけない点で私は苦しんでおります。あの小さい方が何か一言お言いになるのを伺えればと思うのですが」
 尼君に懇願した。女房が、
「これはこれは、何も知らずにもうお休みになりました」
 と言うのに、向こうの方から子供が走ってくる音がして、
「お祖母様、山でお逢いした源氏様がお出でになってるでしょう、どうしてお会いさらないの、お逢いしたい」
 と言うので女房達は、これは困ったことと、「お静かにしてください」
 と紫をたしなめる。
「さあ、『源氏の君にお会いしtら気分の悪いのが無くなってしまった』とおしゃったではありませんか」
 と一寸かしこぶっていう。
 源氏はとてもおもしろいと聞いたが、女房たちが困っているので、聞かないふりして、行き届いたお見舞いを尼君に申し上げて、帰ることにした。そうして若紫のことを
「なるほど、まるで子供っぽい。けれども、よく教育しよう」
 と考えていた。
 次の日もまた丁寧なお見舞の品を使いに持たして、小さな歌の結び文を添えた。 

 いはけなき鶴の一声聞きしより
 葦間になづむ舟ぞえならぬ
(かわいい鶴のような若紫の一声を聞いてから、葦の間を行き悩む舟の私はただならぬ思いをしています)
 同じ人を慕い続けているのですよ」
 と特に易しく読みやすい字で書いたのであるが、なかなかの能筆であると。女房達は
「姫様お手本になさいませ」
 と誰もが姫に言う。少納言の女房が返事を認めた。
「お見舞いいただきました尼君様は、今日一日も危いような状態でありますので、山寺に移るところでした。このような暖かいお見舞いを頂きましたお礼は、多分あの世からでもさせていただきましょう」
 とあったので、源氏は大変悲しい気持ちになったのである。
 秋の夕べはとても人恋しさがつのってくるもので、源氏の淋しい心には、藤壺はもう再び我が胸に抱くことが出来ないものであるから、せめてその姪であるあの可愛らしい恋しい藤壺に良く似た若紫を、得られるなら得たいという望みが濃くなっていくばかりであった。
 生ひ立たんありかも知らぬ若草を
 おくらす露ぞ消えんそらなき