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私の読む「源氏物語」 ー9-

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 と源氏を見つめる目が潤んでいる。源氏は側により肩に手を添え藤壺を胸に抱き寄せた。藤壺は抵抗するでもなく源氏の胸に体を預けた。藤壺の身体からは好い香りの薫香の匂いがして源氏の心を麻痺させていった。同時に藤壺も帝のお呼びがなく少し火照っていた体が源氏の若い男の香りで更にかき立てられていた。こうなったら今までの母親と子のような関係が消滅し、二人は男と女の世界に入り込んでしまう。口が塞がれ、胸があい、そして身体が、男の命がはき出され女はそれを喜んで全て受け入れた。
「源氏様このことは決して他言なさらないで、二人だけの秘密ですよ、そしてこれが最後」
「最後なんて」
 源氏は不服そうに言う。
「駄目ですそれだけは固く守って、早くお下がりなさい、命婦が来ますよ」

 このことは、藤壺にとって生涯忘れることのできない淡い懐かしさと、悩みの種なので、せめてあの夜で終わりにしたいと深く決心されていた。源氏はそんな藤壺をひどく辛そうな様子でありながらも、優しくいじらしくて、そうかといって馴れ馴れしくなく、奥ゆかしく気品のある物腰などが、やはり普通の女人とは違っている、源氏は思う、
「宮はどうしてどうしてこうのように欠点というものがないのだろう、あれば私の恋心も断つことが出来るのに」と。 
 それが源氏にとっては辛いことでもある。今宵はどんな話をしようかと考えるが、あいにくの短夜なので、充分語ることも出来ない情けなく、源氏は逢う喜びと共に辛い逢瀬である。源氏は詠う、

 見てもまた逢ふ夜まれなる
         夢のうちに
  やがて紛るる我が身ともがな
(お逢いしても再び逢うことの難しい夢のようなこの世なので、夢の中にそのまま消えて
しまいとうございます)

 と涙にむせんでいる源氏を見て藤壺は、子供が駄々をこねているように思い、つい可愛くなり

 世語りに人や伝へむたぐひなく
 憂き身を覚めぬ夢になしても
(世間の語り草として私たち二人のことを語り伝えるのではないでしょうか、二人のこの仲を覚めることのない夢の中のこととしても) 
 藤壺はやはり源氏の持つ男の魅力と、幼いときからの気の許し合った仲ということもあって、源氏の身体を受け入れてしまった。短い時間であったが二人には長い契りの時であった。源氏は溜まりに溜まっていた藤壺への思いを一気にはき出し、藤壺はそれに充分答えるのであった。
 王命婦が源氏の脱ぎ捨てた衣類を持って帳台の外から声をかけるまで、二人の身体は固く結び合っていた。もうこの場から離れなければ人がうるさく言うであろうと、藤壺は源氏の身体を無理に引き離した。両乳の谷間を汗が流れた。

 源氏は二条の屋敷に戻ってからは涙が止まることがなかった。王命婦から藤壺は源氏からの文があっても読まれませんよ、という伝言があったので、恋しい藤壺に文も書くことが出来ず、事ある毎に、特に女のことでうまく事が進まないときに見せる、茫然自失の様子のまま、内裏に昇殿することもなく、屋敷に籠もったきりであった。帝が、昇殿しない源氏のことを気にして
「体の具合でもまた悪くなったのか」
 と、心配されていることを聞いても、恐れ多いことと思うだけであった。 

 源氏と一夜の逢瀬で心の芯まで源氏を受け入れた藤壺は、源氏を思う気持ちから抜け出すことが出来ず、気分が益々優れなくなって、内裏から帝が
「早く参内するように」
 との使者が毎日来るのであるが、藤壺は内裏に戻る気がしなかった。


 藤壺は実際からだがどうも怠いような気力が出ないし食事も喉を通らない、しかもその体の怠さの中に月の物の訪れがない女の生理的な現象が止まってしまっていた。、藤壺自身だけには思いあたることなので、情けなくて、これで自分は源氏の子を産むのであろうかと煩悶をしていた。まして夏の暑い間はつわりが酷く、起き上がることもできずに横になったきりだった。妊娠が三月になるから女房たちも気がついてきたようである。女の性の恐ろしさを藤壺は身に沁みて思った。源氏との関係がここまで深いものとは人は知らぬことであったから、帝にはこんなに月が重なるまでどうして知らせないのかと女房達藤壺の周りの女は、不思議がってささやき合った。
 お湯殿などで藤壺の身近で世話をして、裸の藤壺と接している、乳母の子の弁や、源氏と密かに逢う段取りをした王命婦などは、藤壺の体の線が変ってきているのを知りながら、お互いに口にすべきことではないので、黙しているし、王命婦は自分の取り持ちではあるが、源氏との仲はやはり逃れられなかった藤壺を、帝の寵愛を受けまた源氏との歳の差などから、よもや身体の関係までなどとは、命婦は予想もせず、自分の取った行為が意外な結果と、驚きあきれていた。
 帝には藤壺妊娠のことを、物の怪のせいで、兆候に気づくのが遅れたと奏上したのであろうか、周囲の人もそうとばかり思っていた。帝は妊娠のことを聞き、大変な喜びようで、ますます藤壺をこの上なく愛しくお思い、勅使などがひっきりなしに藤壺の許に来る。藤壺は隠してある事実が空恐ろしく、毎日そのことばかりを考えて気が重かった。。
 源氏も、そのころ異常な夢を見て、夢解きをする者を呼んで相談する。すると、夢解の者が思いもかけないことを判断したのであった。
「貴方が帝の父親となる」
 と言うのであった。更にこう付け加えた、
「その夢を見た人の運勢の中には一時順調に行かないことがある」  
 源氏は何を言っているのだ、
「お前の申すことは自分の夢ではない、他人の夢を申しておるのだ。だが、この夢占いのことを絶対に他人に漏らしてはならない、固く口止めをしておく」
 と占い師に言い渡した。
 しかし源氏は、心中では、「どのようなことなのだろう」考えめぐらしていると、藤壺の宮の懐妊の噂を聞き、藤壺の里帰りの時にこっそりと逢い、二人とも現実を忘れたかというほど愛し合った、「あの夢はもしやそのようなことか」と、思うと、王命婦に言葉尽くして事実を確かめようとするが、命婦もあのときの自分がなした源氏の手引きを考えると、まことに恐ろしく、源氏がしきりに藤壺に合わせよとせかれるが、まったく逢瀬を手立てする方法がない。藤壺からほんの一行のお返事がまれにはあったが、それもすっかり絶えてしまった。 

 七月になってから藤壺は内裏の帝の許へと参内した。久しぶりに藤壺にあった帝は最愛の女に再会し感動深く、以前にも増す寵愛ぶりである。帝は内裏を下がったときより藤壺は少しふっくらとし、ちょっと悩ましげに、面痩せしているのは、それはそれでまた、比類ないほど美しく素晴らしいと思った。