小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私の読む「源氏物語」 ー9-

INDEX|1ページ/8ページ|

次のページ
 
源氏は早速翌日、手紙を北山へ使者に持って行かせた。僧都にもそれとなく文をして、若草の祖母の尼君には、
「孫娘さんに対する貴方様の毅然たる態度に気おくれがいたしまして、思っておりますこともほとんどが言葉に現わせませんでした。こう申しますだけでも並み並みでない孫娘さんへの私の執心のほどをおくみ取りくださいましたら有り難いことです。」
 などと書き記してある。その文の中に小さく結んだ少女宛の文があり、
 面影は身をも離れず山桜
     心の限りとめて来しかど 
(あなたの山桜のように美しい面影はわたしの身から離れません、心のすべてをそちらに置いて来たのですが)
 夜の風で花が散ってしまうように貴女が誰かに持って行かれるのが心配です」
 という内容だった。源氏の字が美しくしいと思ったことは当たり前のことで、老人の目には簡単に包まれた手紙の包装の優雅さに感心していた。
「困ってしまう。こんな問題はどうお返事すればいいか」
 と尼君は当惑していた。尼君は、
「山へお登りの時のお話は、まだ遠い未来のことでございましたから、すぐのご返事を申し上げませんでも、と存じておりましたのに、またお手紙で仰せになり恐縮いたしております。まだ初めて手習いをする者の手習い歌であります「難波津の歌」さえも続けて書けない子供でございますから、失礼をお許しくださいませ、それにいたしましても、
 嵐吹く尾の上の桜散らぬ間を
     心とめけるほどのはかなさ
(激しい山風が吹いて散ってしまう峰の桜に
、その散る前に、お気持ちを寄せられ、花が散るようにお言葉も散ってしまうのかと、頼りなく思われます)
 貴方が気掛かりに思う以上に、こちらは一層心配いたしております」
 という返事を受け取った源氏は、頼りにしていた僧都までも同じような返事をくれたので、悔しくて、心が治まらず二三日して惟光を山に差し向けた。


源氏は惟光に、
「少納言の女房というのが幼子の側に仕えている、その者にあって詳しい話を聞いて参れ」ときつく言いつける。惟光は心中、
「どんなことで、事女のことになると、見さかいないお方だ。本当に、あれほどまだまだ幼い子供だったのに」
 源氏とともに覗き見したあんな小さな女の子に、と惟光は源氏の行動がおかしかった。
 
 わざわざ源氏から文を貰って恐縮した僧都は、大変恐縮いたしておりますと、源氏の使者の惟光に申し、惟光を女房の少納言に引き合わせた。惟光は少納言に、源氏が考慮の末に惟光を通しての言づて、日頃の様子などを話す。惟光は口の達者な男であるので、それからそれへと話が進むのであるが、聞いている山の者達は、
「とても年齢から言って無理な話であるが、源氏の君はどうお考えなのであろう」
 みんなが思っている。
 源氏の文も、とても丁寧に事細かに自分の胸中を書き込み、先に尼君の文にあった、「難波津」さへのことを指して、
「尼君の言われる習字の練習のこと、あの子の書き記したもの一字一字見たいものである、」
 と記して、 尼君の「難波津」の言葉から、いま一つの和歌の手習い歌である「浅香山」の歌を踏まえた歌をつづって、

 あさか山浅くも人を思はぬに
 など山の井のかけ離るらむ
(浅香山のように浅い気持ちで思っているのではないのに、どうしてわたしからかけ離れていらっしゃるのでしょう)

 その返歌に尼君は、

 汲み初めてくやしと聞きし
          山の井の
   浅きながらや影を見るべき
(うっかり薄情な人と契りを結んで後悔したという話を聞きました。万葉集に詠われていますように「安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心をわが思はなくに」この山の井のような浅いお心のままのお方に、どうして可愛い孫娘をお見せすることができましょうか、いえとてもできません)

 惟光も同じ意味のことを源氏に報告をした。
惟光のもたらした少納言の女房の文に、
「尼君様のご病気が回復に向かわれたらば、京の屋敷にお帰りになることでしょう。その時にまた考えることに致しましょう」
 とあったので、源氏はその時が来るのが待ち遠しかった。

 帝の最愛の女御である藤壺の宮が、少し体調を崩して、三条の里邸に里帰りした。帝はそのことが気がかりで、そわそわしているのを源氏は、父の帝が気の毒で色々と気を遣う一方、稀にしかない恋しい藤壺の実家住まいである、この機会をとらえないではまたいつあの麗しい藤壺の顔が見られるかと、夢中になって、会う方法を考える。藤壺の里帰りがあってから妻の元はおろか恋人の所へも行かず宮中の宿直所ででも、二条の院ででも、昼間は終日物思いに暮らして、藤壺付きの女房である王命婦に藤壺の宮と会う手引きを迫るのであった。

 王命婦がどのような方法をとったのか分からないが、源氏は三条の藤壺の実家で逢うことが出来た。現実に恋しい藤壺に逢っているにもかかわらず、源氏はこれは夢だ、とばかりしか思えない、それほど気がうわずっていたのであった。
 藤壺も先に一度源氏との夜を思い出していた。それは加冠の儀を終えて左大臣邸に移ってから何年かしての夜であった。その夜は弘徽殿の女御が上がられていて帝のお召しがなかった夜であった。源氏が軽い服装で局に来られた。
 久しく逢うことがなかった源氏が、見事に成長し持ち前の美貌と英知に長けた姿は、藤壺には眩しく映るのであった。幼いときからの源氏との親子のような関係は、自然と二人の座る位置が近いものであり、四、五歳頃の源氏はいつも藤壺の膝に抱かれていたものであった。その癖が未だにあって源氏はともすれば藤壺の身体のどこかに触れている。源氏はすでに葵という妻を持ち、更に巷の声が聞こえて、源氏の女遊びは相当なものであることは、藤壺も心得ているのであるが、彼女も昔からの源氏との接触の仕方が恋しいのか、肩に手を回されても、源氏の胸に抱きしめられてもそう抵抗は感じない、それどころか何となく母性愛が次第に源氏という男性の愛に向かっていくのであった。藤壺の身体からはいつしか甘い香りが漂っていた。

 源氏は、今宵は帝のお召しがないことを弘徽殿の女御が帝の傍に上られたことを聞いたときに察していた。自分も藤壺の宮も共に今晩は身体があいている、恋しい藤壺に逢う機会は今宵を置いて他にないと決心し、前触れもなく彼女の局に押し掛けたのであった。藤壺は驚くこともなくいつものように自然に中に入れてくれ、失礼なほど近くに座を占めても拒否される様子もなかった、源氏は今夜の彼女の様子が少し変わっていると感じるのであったが、恋する女の体臭が薫ってくる近くで話すことが嬉しい、色々の世間の話をするのを聞いている藤壺は源氏を見てにこりとされ、「貴方も世間のことを随分とご存じなのですね、遊びが過ぎるようですが」
 と、源氏の女遊びに口を入れられる。
「そのようなことを、誰がそんなことを宮に告げ口するのでしょう」
「世間か相当噂してますよ」