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私の読む「源氏物語」 ー8-

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 源氏が頼っていった寺の大徳修検者が、体が不自由にもかかわらず、どうにか源氏に別れの護身法を授けることが出来た。歳をとり歯が欠けているすき間から声を漏らしながら聞き取りにくい経を嗄れた声で唱えるが、それも年功の有り難さがあり、陀羅尼経を唱えてくれた。

 源氏邸からの迎えの人が上ってきて、源氏の回復をそれぞれ祝ってくれた。内裏からも帝の使者が見えていた。昨夜世話になった寺の僧都が、珍しい果物があるからとわざわざ谷底まで採りに行ってくれた。
 「私の修行はにねんになりまして三年目の今年で終わりになります。お送りも出来ませんのは、源氏様とお会いしたために、かえって別れが辛くなりましたものですから、」
 と僧都が源氏に別れの言葉を言う。そうして別れの酒が酌み交わされた。杯を受けて源氏は、
「山の空気や風景に心がとけ込みましてこのまま留まりたいのですが、内裏より帝がご心配されているご様子などが聞こえて参りましたので、どうしても帰らねばなりません。帰りましたら御礼の御挨拶をいたします。

 宮人に行きて語らむ山桜
 風よりさきに来ても見るべく
(都に戻りましたら大宮人に話して聞かせましょう、この山桜の美しいさを、風が吹き散らす前に来て見るようにと)」
 と詠う源氏の態度は、声、姿ともに素晴らしく眩しいように人に映った。
 
 優曇華の花待ち得たる心地して
 深山桜に目こそ移らね
(貴方にお会いできたことは、三千年に一度咲くという仏の世界の優曇華の花の
咲くのにめぐり逢ったような気がしています、とてもとてもこんな深山桜には目も移りません)

 と僧都は答える。優曇華は花ではなくて虫の卵とは知っているのだろうか。源氏は僧都の返歌を聞きにっこりと笑い、
「本当に時節が来て開くという花に巡り会うなんて、簡単には出来ませんものね」
 と答える。土器に酒を充たして大徳聖に差し出す、聖は受けて
 
 奥山の松のとぼそをまれに開けて
 まだ見ぬ花の顔を見るかな
(めったに開けることがない奥山の松の扉を珍しく開けましたところ、見たこともない花のようなご容姿の美しい源氏様のお顔を拝見致しました)

 と、涙を流して源氏に会えた喜びを歌に託す。大徳聖は源氏に、お守りにと独鈷を差し上げた。
 それを見て僧都は聖徳太子が百済の国から貰われた金剛子の数珠に宝玉の飾りのついたのを、その当時のいかにも日本の物らしくない箱に入れたままで薄物の袋に包んだのを五葉の木の枝につけた物と、紺瑠璃などの宝石の壼へ薬を詰めた幾個かを藤や桜の枝に 独鈷
つけた物と、山寺の僧都の贈り物らしい物を源氏に差し出した。
 源氏は大徳聖人をはじめとして、上の寺で源氏のために経を読んだ僧たちへの布施の品々、料理の詰め合わせなどを前もって京へ取りにやってあった。それらの品が届いた時、山の仕事をする下級労働者までが相当な贈り物を受けたのである。源氏は更に、僧都に誦経をしてもらうための寄進もして山を下りることにした。僧都は源氏が出発する前に、僧都は姉の尼君の所に行って源氏から頼まれた彼の希望である尼の孫娘を源氏に預ける話を取り次ぎしたが、姉の尼君は、
「とにかく、今のところは源氏様のご希望を、お受けするわけには参らない。源氏様のご希望が変わらないようであれば、この先四、五年過ぎてのことです、その頃であれば」
 と言う尼君の答えである。何回も同じような答えを聞いている源氏は、どうしょうもないと思うのであった。
 源氏は僧都の処の子童を呼び寄せて

 夕まぐれほのかに花の色を見て
 今朝は霞の立ちぞわづらふ
(昨日の夕暮時にわずかに美しい花のような孫娘さんを拝見しましたので、今朝は霞のかかった空の中に立ち去りがたい気がします)

 と歌を尼君へとことずけた。
 尼君からは即座に返事の歌が返ってきた。

 まことにや花のあたりは
         立ち憂きと
  霞むる空の気色をも見む
(本当に花の辺りを立ち去りにくいのでしょうか 霞のかかった空をだしにして、そのようなことをおっしゃるお気持ちを見たいものです)

 無造作に書き殴っておられるが、尼君の筆跡は教養がありしかも優美な筆の運びであった。


 尼君が源氏の申し出に首を縦に振らないのは、孫娘をなぜ源氏がこのように求めてくるのか、その真意が分からないからであった。
源氏がこの孫娘に、自分の心に秘めた愛する人、藤壺の宮に似ているということなどは、知るよしもない。葵の上という左大臣の娘の本妻があり、自分は帝の第二皇子という立派な後見があり、現在は宮家を離れて臣下になっているが何不自由することもない、そんな高貴な人が何故まだ十歳にも満たないあの子を自分の許に呼ぶ、と言うことは妻にしたいと希望されているのである。
 現在の本妻である葵の上は彼よりも年上であり、男と女の間ですることは良く了解されている、しかし孫はまだそんな男女が行う秘め事を知るよしもない、源氏の許に差し上げて、源氏が性急にまだ何も知らないあの子に、夜の閨での行為でもしたならば、孫は驚いて気が狂ってしまう。そうして源氏に疎まれてしまえば、彼女の一生はそこで終わりになる。立派な後見人があれば、男に捨てられても次の機会というものがあるが、彼女にはその後見人となる人物が居ない。
 尼君は自分のたどった人生を顧みて、源氏の申し出にすぐには返事が出来なかったのであった。

 源氏が山を下りようと車に乗り込むところに左大臣のお迎えが山に登ってきた。
「何処へ行くともおしゃらずにお出かけになって、どちらに居られることやと思っていました」
 お迎えは、葵の上の姉弟達がみな上ってきた。頭の中将、左中弁、その他のご子息も源氏を心配して同行していた、
「このようなお出かけには是非同行したいものです、ほっとかれて、恨みますよ。そこで、こんなに綺麗に咲いている桜の木の下で、遊ばずにすぐに帰ってしまうのは、ほんとに惜しいものだ」
 と言って何となくもう少し桜を愛でたいとおもう。そこで誰が言い出したか、桜見をすることになった。
 岩陰の苔の上に座を作ってみんな並び座って酒を酌み交わす。頭上から滝が落ちてきてなかなか眺めと雰囲気がいいところである。頭の中将は懐から愛用の笛を取り出して、吹き出した。弁の君がその曲に合わせて扇で拍子を取りながら、催馬楽「葛城」の一節、
「葛城の 寺の前なるや 豊浦の寺の 西なるや 榎の葉井に 白璧沈くや 真白璧沈くや おおしとと おしとど しかしては 国ぞ栄えむや 我家らぞ 富せむや おおしとと としとんど おおしとんど としとんど」 と歌う。
 普通の人よりは優れた貴人達が並んで歌う姿は、並々ならないものであるが、源氏が悩み事を抱えたような姿で岩に寄りかかっている様子が、この貴公子達に目を移すことが出来ないほど飛び抜けて美しく優雅に見えるのであった。いつものように、篳篥を吹く随身、に混じって笙の笛を持って合奏する風流人などもいる。
 これを見て僧都が急いで琴を持参して、源氏に差しだして
「これをお弾きになって、山鳥に聞かせてやってください」
「まだ体調は良くないのだが」