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私の読む「源氏物語」 ー7-

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「つまらない意地の張り合いであったな。自分は、そのように隠しておく気はなかった。ただ、このように人から許されない忍び歩きを、まだ経験ないこと。帝から叱責されることを始め、憚ることの多い身分で、ちょっと人に冗談を言っても、、大げさに吹聴される身の上なので、ふとした夕方夕顔の花が無性に美しく感じ、それが妙に心にひっかかり、無理算段して通い申したのも、このようなつらい運命の始まりだったのだろうと思うと、彼女が気の毒で。また反対に、早々とあの世に行かれて恨めしく思われてならない。こう長くはない縁であったならば、どうして、あれほど心底から私を愛しく思われなさったのだろう。右近もう少し詳しく話せ。今はもう、何も隠す必要があるまい。七日毎の法事に絵師をして仏画を描かせても、誰のために描かせているのか分からないとは、表に出さないでも、せめて心の中でだれの菩提のためにと思いたいじゃないか」
「どうして、お隠し申し上げましょう。ご自身が、お隠し続けていらしたことを、お亡くなりになった後に、口軽く言い洩らしてはいかがなものか、と存じおりますばかりです。
 ご両親は、早くお亡くなりになりました。三位中将と申しました。とてもかわいい娘とお思い申し上げられていましたが、ご自分の出世が思うにまかせぬのをお嘆きのようでしたが、お命までままならず亡くなってしまわれた後、ふとした縁で、頭中将殿が、まだ少将でいらした時に、お通い申し上げあそばすようになって、三年ほどの間は、ご誠意をもってお通いになりましたが、去年の秋ごろ、頭の中将の夫人であるあの右大臣家から、とても恐ろしい事を言って寄こしたので、神経質でものをむやみに怖がるご性質ゆえに、どうしてよいか分からなく怖がり、西の京に、御乳母が住んでおります所に、こっそりとお隠れなさいました。そこもとてもむさ苦しい所ゆえ、お住まいになりにくくて、山里に移ってしまおうと、お思いになっていたところ、今年からは方塞がりの方角でございましたので、方違えしようと思って、あの夕顔の咲く賤しい家においでになっていたところを、源氏様がお見つけ申されてしまった、こんな貧しい家にお出でになることを、お嘆きのようでした。世間の人と違って、ひどく引っ込み思案の方ですので、他人から恋されている様子を見られるのを、恥ずかしいこととお思いなさって、自分の心を隠してさりげないふうを装って、貴方様にお目にかかっていらっしゃるようでございました」
「そうであったのか」
 右近の話を聞くにつれ夕顔への不憫さが増した。
「かわいい幼い子を行く方知れずにしたと、頭中将が残念がっていたのは、そのような子でもいたのか」
 と、頭の中将から聞いたことのある源氏は右近に尋ねる。


「さようでございます。一昨年の春に、お生まれになりました。女の子で、とてもかわいらしくて」
「それで、いまどこにおられる。誰にもそうとは知らせないで、わたしの養女にして下さい。あっけなく別れてしまい、悲しいと思っている夕顔のお形見として、その子を育てることが出来たらどんなにか嬉しいことだろう」 と右近に言う。
「あの中将にも伝えるべきだが、告げたとして、私があの人の恋人を死なせてしまったと、どうせ恨み言を言われるだろう。私とは縁続きの頭の中将であるし私の恋人であった人の子供であるから、お育てするに不都合はあるまいからね。その一緒にいる乳母などにもこのことを隠して上手く言い繕って、ここへ連れて来てくれ」
 などと右近に相談をする。
「そうしていただければ、とても嬉しいことでございましょう。あの西の京でご成育なさるのは、不憫でございまして。これといった後見人もいないというので、姫様の今後の道に良いことはないと、あちらでは困っておいでのようで」
 などと右近は源氏に申し上げた。

 夕暮の静かなころに、空の様子はとてもしみじみと心に感じられ、お庭先の前栽は枯れ枯れになり、虫の音も鳴き弱りはてて、紅葉がだんだん色づいて行くところが、絵に描いたように美しい。そのような庭の有様を見渡して、右近は思いがけずに結構な宮仕えをさせてもらえることになったと、あの夕顔の花の咲いていた宿を思い出すのも恥ずかしい。 竹薮の中に家鳩という鳥が、太い声で鳴くのを源氏は聞いて、夕顔が亡くなったあの院でこの鳥が鳴いたのを、夕顔はとても怖いと小さく震えていた様子が、まぶたにかわいらしく残っている、右近に
「お前のご主人だったあの夕顔は、歳はいくつにおなりだったか。普通の人とは違って、か弱く見えたのも、このように長生きできなかったからなのだね」
「たしか十九におなりになったのでございましょう。私の母は三位様の奥様のもう一人の乳母でありまして、亡くなりましたので、三位様が私をかわいがってくださいまして、お姫様といっしょに育ててくださいました。そんなことを思いますと、あの姫様がお亡くなりになりましたあとで、平気でよくも生きているものだと恥ずかしくなるのでございます。体の弱かったあの姫様をただ一人のたよりになる御主人と思って右近は仕えて参りました」 と右近は申し上げる。
「頼りなく弱そうな女はかわいらしいのだ。自分が賢くないせいか、あまり聡明で、利口で我の強い人は、とても好きになれないものだ。感情にに動かされないような女はいやなものだ。どうかすれば人の誘惑にもかかりそうな人でありながら、さすがに慎ましくて恋人になった男に全生命を任せているというような人が私は好きで、おとなしいそうした人を自分の思うように教えて成長させていげればよいと思う」
「源氏様のお好みには、亡き主人はきっとお似合いだったでしょうと、私は思いますがそれにつけても、あのようなことになって残念なことでございますわ」
 と言って右近は泣く。
 空が少し曇って、晩秋の風も冷たく感じられる折柄、二人は亡き夕顔のことを語るうちに、とても感慨深く物思いに沈んでいった。源氏は独り、
 見し人の煙を雲と眺むれば
夕べの空もむつましきかな
(結婚を契った人の火葬の煙をあの雲かと思って見ると、この夕方の淋しい空も親しく思われるよ)
 と詠う、右近は胸が苦しくとても源氏の歌に返歌することが出来なかった。このように源氏に思われて姫が生きていらしたならば、と思うと、胸が一杯になる。遠く砧の音が耳に入ってきた。あの五条の貧しい家で夕顔と愛を語っていると、耳障りであった砧の音を、源氏が思い出して右近に語る、するとまた夕顔が恋しくなってきて、
「八月九月正に長い夜 千声万声了む時なし」
 と白氏文集の一句を口ずさんで、逃げるようにして床に入った。右近はそんな源氏が気の毒でありまた、可愛く感じ、いそいで後を追い帳台の外でかがみこみ、着ている襲の紐を解いて体をするりと起こし襲を蝉殻のように置いたまま、下着だけの姿となて帳台にはいり源氏の横に静かに臥した。