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私の読む「源氏物語」 ー7-

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「その覚悟はもっともだと思うが、世の中の出来事はそのような無慈悲なものである。特に死に別れというものはその最も大きな出来事である、悲しくないものはない。先立つのも残されるのも、前世から与えられた寿命というもので定まったものである。気を取り直して、わたしを頼利にしてくれ」
 と、右近を慰めながらも、
「このように言う我が身こそが、生きながらえられそうにない気がする」
 と源氏がつけたように言うのも、頼りない話である。 

 惟光が、
「ゆっくりなさると夜は、明け方になってしまいますよ。早くお帰り下さい」
 と申し上げるので、源氏は何回も何回も振り返り、胸をひしと締め付けられた思いで外に出て帰途につくことにした。
 帰りは露が降りて身体が湿るところに、更に大変な朝霧で、どこがどこだか分からない。夕顔が生前の姿のままで横たわっていた様子、その上に、知り合って何回も共に寝たその二人の上掛けに使用された夕顔の紅の衣装がそのまま遺体に着せ掛けてあったことなど、二人はどのような前世の因縁であったのかと、またもや源氏は道すがら思い出すのであった。そんなだから源氏は馬にも、しっかりと乗ることができそうにない様子なので、再び、惟光が介添えしていくと、堤の辺りで、馬からすべり落ちて泥だらけになる。
 源氏はひどく驚き、
 「こんな道端で、野垂れ死んでしまうのだろうか。まったく、帰り着けそうにない気がする」
 と言うので、惟光も困って、
「山へ行くと言われた時にもうすこし自分がしっかりしていて、あのようにおっしゃっても、無理にでも引き留めて、このような所にお連れ出し申し上げるべきではなかった」
 と反省すると、何とも心が焦って落ち着いていられないので、鴨川の水で手を洗い清めて、清水の観音をお拝み申しても、どうしようもなく途方に暮れる。
源氏も、頑張って気を取り直し、心中に仏を拝み、再び、あれこれ助けられて、二条院へやっと帰宅することが出来た。

 源氏が密かに夜屋敷を出ては何処かにお忍びで行くということを、源氏の世話をする女房たちは、
「みっともないことをなさるものだ。特に最近は、いつもより落ち着きのないお忍び歩きが、多いのだがそれでも、昨日のご様子が、お帰りになってとてもお苦しそうでした。どうしてこのように、毎夜ふらふらお出歩きなさるのでしょう」
 と、嘆き合っていた。
 源氏は女房達の心配するとおりにほんとうに、臥せったままになって、とてもひどく苦しみ、そうしたまま二、三日にもなると、すっかり衰弱してしまったようである。帝も、源氏の様態が悪いということをお聞きになり、この上なく心配された。御祈祷をするようにと、方々の寺々に次々に命じられるので、各寺は太騒ぎとなった。祭り、祓い、修法など、命ぜられた祈祷の方法は数え上げたらきりがないほどであった。この世にまたとない美男の源氏であるから、長生きあそばされないのではないかと、源氏を知る国中の人々心配をする。
 源氏は病床に気分がもう一つであるが、あの夕顔の女の付き人である右近を呼び寄せて、彼女の住む部屋を自分の部屋近くに与えて、自分の女房として仕えさせるように計らった。そんな源氏のやり方を、惟光は主人の源氏の大変な病気衰弱ということで気が気でないが、気を落ち着けて、この右近が主人の夕顔を亡くして悲しんでいるのを、支え助けてやりながら右近を源氏の身の回りの仕事をさせる。
 源氏は、少し気分がよい時は、右近を呼び寄せて用を言いつけたりする、そうする内に二人はなさぬ仲となった。右近は、黒い喪服を主人の喪に服すという意味で常に着ていて、もともと器量がよいという女ではないが、見苦しいというほどでもなく、夕顔とは乳姉妹という関係であろうからまだ若い女性で、女性としての魅力は充分にあった。源氏は親しくなった右近に、
「あの夕顔が思いもかけない短かった命に引かれて、わたしもこの世そんなに長く生きていられそうもない気がする。そなたは、長年の主人を亡くして、心細く思っていることだろう、その慰めにも、私がもしこのまま生きながらえたら、お前の面倒を充分に見たいと思ったが、まもなく自分も夕顔の後を追ってこの世を去るとおもうと、残念なことだなあ」
 と、ひっそりと右近に告げては、弱々しく泣くので、右近は自分の主人夕顔の死を今更言っても仕方がないが、源氏の自分への想いは
「はなはだもったいないことだ」
 と右近は思うのであった。
 二条邸の人々は、源氏の病が重いので足も地に着かないほどどうしてよいか分からないでいる。内裏から、御勅使が、雨降るように頻繁にある。帝がご心配あそばされていらっしゃるのをお聞きになると、源氏はまことに恐れ多くて、何とかして病を克服しなければと気を強く持つ。左大臣邸でも妻の葵の上を始めとして懸命に看病する、左大臣は、毎日源氏を見舞いに来る、さまざまな加持祈祷を命じになる、そのようなみんなの効果があってか、二十余日間、ひどく重く患っていた源氏は、格別な余病の発生もなく、回復にむかうようにみえた。


 夕顔の死は、八月十六日の夜、それから三十日忌中となる、その間籠っていた忌中明けの日が、源氏の病気回復の床上げの日と同じ日の夜になった。帝が源氏の病気を御心配あそばされていらっしゃるお気持ちが、どうにも恐れ多いので、源氏は宮中のご宿直所である桐壺の淑景舎の自室に参内する。左大臣は、そのことを聞いて、自分のお車で源氏を迎えなさって、左大臣邸に源氏を連れて帰って病後の過ごし方を何やかやと、うるさく申し上げなさる。源氏は、ぼんやりとして、別世界にでも生き返ったように、暫くの間感じていた。

 九月二十日のころに、源氏の病状がすっかり回復したが、ひどく面やつれしてそれが、かえって、たいそう優美に見えるようであるが、源氏はまだ物思いに沈みがちに、時には声を立てて泣いている。それを見ていた女房が、
「お物の怪がお憑きのようだわ」
 などとひそひそ言う者もいる。

 右近を呼び出して、気分もゆったりとした夕暮に、色々と話をする、
「やはり、どう考えても合点がいかない。どうして自分のことを誰にも知られないように、夕顔は隠していたのか。本当に賤しい身分であったとしても、私があれほど愛しているのに、隠していたのがとても辛かった」
 と右近に言うと、
「どうして、深く隠すようなことが御座いましょう。いつの折にか、たいした名でもないお名前を申し上げることが出来ますでしょう。源氏様とお会いした時から、不思議な思いもかけなかったご関係になったので、『現実の事とは思えない』と主人はおっしゃって、『お名前を隠していらしたのも、あなた様でいらっしゃるからでしょう』と源氏様と存じ上げておられながら、この関係は、私との単なる女遊びだから『いい加減な遊び事として、あのお方はお名前を隠していらっしゃるのだろう』とそれは辛いことと、お思いになっていました」
 と源氏に右近は二人が知り合い関係が出来た頃のことを振り返って話す。源氏は